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Everyday's Fool

「結婚しようか、ただし僕の髪が肩まで伸びて、君と一緒になったら」

某有名増毛メーカーのチラシを持ちながら、僕は彼女にプロポーズした。

父方母方の両方の禿的遺伝子と、普段のストレスで、すっかり薄くなってしまったオデコを撫でながら、彼女は、目を糸のように細くして笑いながら言った。

「それじゃあ、何年も待つことになっちゃうよー。私が、あなたの髪の代わりになってあげるから、一緒に生きていこう」

抱き合う二人。
そして画面に流れるエンドロール。
その最中、映写室の最後列から、罵声が飛んできた。

「関口―!おまえ、こんな馬鹿みたいな映画撮りたくて、サークルに入ったのかよ」

口の周りを、砂鉄のような髭で覆った、ずんぐりむっくりした体型の癖に、つぶらな瞳の童貞生活22年、乙女座B型の篠田部長の怒声が聞こえてくる。

「しのっぴさん。いいですか、こんな映画っていいますけど、映画にくだらないも、高尚も本来はないんですよ?。だいたい、これ、自由製作ですよね?課題の。何を撮ろうが、僕の勝手じゃないですか」

「馬鹿者!軟弱な男女の交際風景をテーマにしているというだけでも、苛々して見ていたと言うのに、この終わり方は何だ。馬鹿にしとるのか」

「そうですよ。馬鹿にしてるんです」
僕は、つまらなそうに答えた。

「今回の課題って、【不条理】がテーマですよね?だから、こんな馬鹿馬鹿しい、しかも古い歌の文句まで持ち出した物を作った。そこに何の不満があるんですか」

「ば、馬鹿野郎。不条理ってのはだな。もっと、こう、見終わった後に、自分なりの解釈ができるように、ぼかしてだなあ」

「あ、つまんないっすね。そんなの。定義できるなら、不条理なんかじゃないんじゃないっすか。よく、芸人でもシュールな芸を武器にしているなんて紹介されている人いるじゃないですか。あれって、矛盾してますよね。不条理を理解されるって、その時点で破綻してませんか?」

「う、そんなことは、ど、どうでもいいんだ。わざわざ、こんな映画撮るために、お前は京子を、さ、誘ったのか」

京子ってのは、映画の中の【彼女】であり、実生活上の僕の彼女でもある、篠田京子のこと。つまり、部長の妹である。

「ええ。シナリオ見せたら、喜んでやってくれましたよ。馬鹿みたいで、いいねって言ってくれました」

「で、でだ、それはいいとして、映画の中での、そ、そのキスシーンとか、べ、ベットシーンは、もちろん、あれって、演技だよな」

「は?何言っているんですか?しのっぴさん、普段から、テレビに出る女優ってのは、女優じゃない。ベットシーンなのに、下着姿にならないなんて、女優を名乗る資格はないって憤ってたじゃないですか。あ、混私混同ですか。うわ、サイテー」

ちなみに、僕の名誉のために言っておくと、京子は、自称母親似らしく、お前映画関係よりモデルとか、そっち方面行った方いいんじゃないかって思うほど、スレンダーな体型と、やけに挑発的な視線の女だ。遺伝子の力って、恐ろしい。
漫画みたいに、血の繋がってない兄弟だったりしないかって聞いた事があったけど、だったらいいのにねえってため息ついてたな。

「そ、それもそうか。いや、だが、しかし、健全なる男女交際というものはだな・・・」
しのっぴさんが言い終わる前に、後ろの部屋から声が飛んできた。

「もう、うざったいですよ、何うだうだ言っているんですか。次、俺の上映の順番ですよ。早くしてください」

後輩の吉川が、声を荒立てつつも、僕に向かってばれないようにウインクをしてきた。

援護射撃というか、あとで飯おごって下さいねというサインなのか、判断に苦しむが、可愛い後輩のアシストを、【急にボールが来たので】なんて言ってしまう訳にはいくまい。

「お、お、おお。そうだったな。よしっ、じゃあ、次行ってみよう!!」

お前は萩本欣一かっ、心の中でそう呟きながら、僕は、視聴覚室の座席に座った。
隣には、京子が、くすくすと、映画の中のラストシーン同様に、目を糸のように細めて笑っている。

「本当に、悟って、兄貴からかうの好きだよね」

「いや、お前の方が一億と二千万年前から好きだよ」

「はいはい。あんまり2ちゃんねるばっかり見ている人、あたしそんなに嫌いじゃないよ」

「お前、そこはベタに嫌いっていう所だろー」

という会話を、読唇術スレスレの音量で交わしながら、僕達は吉川の映画を眺めた。
魚がちくわになるまでのドキュメンタリーで、吉川自身が、ベジタリアンの集会に乗り込んでいって、お前ら、家畜は駄目で、植物は良いってどういう理屈だ、この差別者!!と突撃するシーンまである。【食における平等性】を訴えたかったらしい。
マイケル・ムーアを粗悪にコピーしたような作品だった。
しかも、エンディングには、【忍者ハットリくん】のエンディングテーマの獅子丸のちくわの歌を歌うという徹底振り。

「今夜は、おでんにしよーね」と京子が僕の腕をつかむ。
え、サブリミナル?と一瞬おののきつつも、「うん、冬の見送りに鍋も悪くないなー」と、どさくさまぎれに腕に胸を当てさせる自分自身に座布団一枚。

「なかなか風刺が利いていて、いいじゃないかっ」

しのっぴさん、今度の作品はお気に召した模様。
とにかく、男女関係を描いた描写がある映画は、彼にとっては駄作らしい。

次の後輩が上映準備をしているにも関わらず、しのっぴさんは、やたらと吉川にまとわりついて、作品を誉めている。露骨に迷惑そうな顔をしながら、つきあってやっている吉川は大人だなーと関心しながら、僕と京子は、こっそりと部屋を抜け出した。


「いい人なんだけどなー」

「そう?家でもあの調子で、ご飯の最中に、『この沢庵をつけた職人の技術に、俺は感謝を捧げたい!!』なんて言い出して、家族中呆れてるのよ。それ、スーパーの特価品で、機械でつけたもんだっつうの」

「そういう単純さが、きっと、こ難しい議論を生み出すんだろうねえ。でも、だからこそ、こんな適当な映像サークルに学校側から援助金出させられるんだろうなあ」

あくまでも、あくまでも噂でしかないのだが、予算委員会で、もし我々のサークルに予算を割いていただけないのでしたら、自分はこの場所で朽ちます!と宣言して、実際にその会議場の中心から意地でも動かなかったらしい。
問題児というよりも、熱血漢だと勘違いした学長が、その話に感動して、どうにか援助が受けられたのが奇跡なのか、しのっぴさんの存在自体が奇跡なのか、僕には分からない。

「あんな馬鹿な兄貴持つと、大変なのよね」

「いいじゃん、退屈しなそうで」

「だって、毎日よ。あれと、毎日、顔をあわせなければならないあたしの気にもなってみてよ」

「だからいいんじゃないか。よく、馬鹿も休み休み言えって言うけどさ。本当の馬鹿ってのは、極端に突撃していくか、あるいは、ゆるーりゆるーりマイペースでいくかどちらかじゃないか。しのっぴさん、完全に前者だよ。本物の馬鹿だよ」

「わー、あんな兄貴でも誉められる悟、優しいねー」

「いや、まあ、いつかは、ねえ、本物のお兄さんになったら、馴れとかないといけないでしょ。自己暗示って、期間長いほど効力強くなると思ってさ」

うん、そうだな。男女関係って、一寸先には暗くて深い河があるから、どうなるか分からないから、一概には言えないけど、馬鹿を見るなら、楽しい馬鹿を見るほうがいいやって精神が僕の胸には宿ってきた気がする。


「もー。」

顔を赤らめながら、京子は僕に抱きついてきた。

「せーきーぐーちー!!き、きさま何をしてる」

あ、馬鹿現る。抱きつく馬鹿の妹に、見る馬鹿兄。

「次の映画のリハーサルですけど何か?」

「そ、そうか、い、一応出て行くときには、報告してからいけっ」

しのっぴ、信じるなよ・・・。顔まっかだし、テント張ってるし。

「つうことで、僕ら、お先失礼します」

「うむ、気をつけてかえれよ」

くすくす笑う京子の脇を、こっそりくすぐりながら、僕も馬鹿馬鹿しくて笑った。
笑う角には福来るか。まあ、また馬鹿が来る気もするから、早足で僕らは愛の休息所に向かった。

踊る馬鹿に、踊らぬ馬鹿。どちらも馬鹿だから、若さイコール馬鹿さだから、この瞳と体使って、面白い人生になるようにと思って生活している。
だからまあ、面倒な彼女の兄の馬鹿さ加減も、楽しいなと、逃げながら思った。

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