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習近平が仕掛ける虚偽と幻想の宣伝戦略

世界各国の報道を監視する国境なき記者団は、中国共産党の宣伝の悪影響について民主主義各国に繰り返し警告を発してきた。

たとえば5月3日は国連が定めた報道の自由の日だが、2020年5月3日、国境なき記者団は中国共産党のことを「報道の自由の最大の敵」として強く非難し、各国に対応を求めた。


これは一党独裁のもとで弾圧される中国人たちにとって「最大の敵」というだけでなく、民主主義各国にとっても中国共産党の宣伝は「最大の敵」だという警告である。国境なき記者団で東アジア事務局主任を務めるアルビアーニは、中国共産党の宣伝が民主主義各国の報道言論空間にも浸透していることを指摘し、各国に中国共産党の外宣工作への対応を呼びかけている。


国境なき記者団の警告から既に1年が過ぎた。この間、習近平は感染対策と並行して、中国国内では過剰なほど愛党愛国の精神発揚を行い、国際社会に対しては戦狼外交を強力に推し進めた。欺瞞性と共に危険度は益々増しており、そして宣伝はこれらの最大の要なのだ。

この稿では、そんな習近平の宣伝戦略の模様について、数多くのヴィジュアル資料も活用して詳しく解説する。中国語が読めない読者の方々でも、ヴィジュアルを通して見る宣伝はよく理解できるはずだ。

「火神山医院」のやらせと隠蔽された残虐な真相

習近平は新型コロナウイルスの感染対策を通して、自らの権力を大幅に強化することに成功した。確かに中国では概ね感染は封じ込められているが、しかしその一方で、習近平の命令でなされた一連の宣伝は虚偽と幻想に満ちている。

国境なき記者団は先程の報告書の中で、習近平が「メディアと社会統制のために新型コロナウイルスを利用し、極めて権威主義的なシステムを強化した」と厳しく批判している(注1)。更に、人権団体も感染対策のことで習近平を強烈批判している。たとえば、以下はヒューマン・ライツ・ウオッチで中国調査員を務める王亜秋が今年の1月26に発表した報告書で、タイトルにあるように「中国は新型コロナウイルスのサクセスストーリーもまた人権の悲劇だ」と告発している。


私たちは決して中国共産党の感染対策を褒めてはならない。中国共産党の宣伝の裏で、数々の残虐な悲劇が起こっているのだ。

宣伝の欺瞞性を暴くことから始めよう。武漢の封鎖が実行された当時、重症患者の治療のため10日間の突貫工事で完成させたと中国共産党が大々的に宣伝した「病院」があった。「中国は10日間でこんな大きな病院を作るなんて凄い」と日本でも話題になったので、覚えている方もいるだろう。「火神山医院」と名付けられたこの施設は、習近平が指揮する対ウイルス人民戦争の象徴の一つである。

2020年3月10日、習近平が武漢に入り、その「火神山医院」を視察したのだが、ここで虚偽に基づく壮大なやらせが実行された。まずはこのやらせの解析を行う。

習近平が武漢に入るということで、当然ながら中国の国営メディアはその模様を大きく取り上げた。以下は国営中央テレビが放映した「習近平、火神山医院視察」の画面を写真に撮り、人権活動家の曾錚がツイッターから投稿したものだ。


何がやらせなのか? 画面中央には「火神山医院」の玄関前に立つ習近平とその護衛の兵士、そして向かって左には複数の兵士たちが並んでいるが、注目すべきは赤ペンで囲まれた「影の向き」だ。この画面、自然界ではまずあり得ない光景となっている。というのも、日が差しているのでどの人物も影が伸びているわけだが、習近平の影の向きと、すぐ傍の護衛兵士の影の向きと、左側の兵士たちの影の向き、見ればわかるように、なんと別の方向に影が向いている。これは自然界では、絶対にあり得ない。疑いなく、合成である。

もう一度見てみよう。赤ペンで囲まれた影の向きに是非とも目を凝らしていただきたい。


左に配列する兵士たちはどれもみんな影が同じ方向に延びているから、彼らは実際にこの場所にいたのだろう。しかし、習近平とその傍の護衛兵士、赤ペンで囲われたところを見れば、影の向きが違う。自然界でこんなことはあり得ない。合成であるのは間違いない。習近平とその傍の護衛は、実際には「火神山医院」にはいなかったのだ。

やらせはこれだけではない。国営メディアは習近平が「火神山医院」の内部に入り、そこで療養中の患者を激励する様子も宣伝しているのだが、ここでもやらせが実行された。以下は反体制の時事評論家・秦鵬が投稿したもので、左下の写真で絨毯の部屋の隅にいるのが習近平である。

この左下の写真をクリックして拡大したのが以下のもので、著名な民主活動家で公民力量副主席の韓連潮による投稿だが、「武漢火神山」という大きなテロップが見える。習近平がいるここは火神山医院ですとアピールしているわけだ。


しかし、ツイートで秦鵬は「假的,假的,全是假的」と書いている(この「假的」という言葉は韓連潮の投稿にもある)。これは日本語で「嘘だ、嘘だ、全部嘘だ」という意味だ。どういう仕掛けの嘘なのか? 

習近平がいるこの絨毯の部屋、ここは「火神山医院」ではなく、武漢職工療養病院という病院の一室なのだ。その指摘が以下の投稿である。


こちらはその武漢職工療養病院の公式サイトだ。ここで写真付きで紹介されている会議室こそ、習近平がいる部屋だ。

http://www.hbzgh.org.cn/info/wcm/20976.htm

要するに、国営メディアは武漢職工療養病院を使って合成し、習近平が「火神山医院」の内部を訪れたことにして、習近平がそこで患者と医師たちを激励したという宣伝を行ったのだ。武漢職工療養病院は習近平のためのスタジオとして使われた。それにしても、なぜこんなやらせを行ったのだろうか? 

答えは簡単で、習近平にはどうしても「火神山医院」を訪れることができない理由があったのである。

その理由とは何か? 多くの読者は、新彊ウイグル自治区にある超巨大な建造物について知っているだろう。中国共産党は「職業訓練センター」だと主張してきたが、もちろん中国共産党によるこの言い分は虚偽であり、人権団体などが指摘してきたように新彊ウイグルにあるのは「強制収容所」だ。中国語では、「強制収容所」のことを「集中营」と呼ぶ。そして、「火神山医院」にもこれと同じ構図がある。

中国共産党が10日間の突貫工事で建設した「火神山医院」の真相について、反体制派「看中国」は国立台湾大学で名誉教授を務める明居正の告発を伝える以下の記事を掲載している。


ここでは、次のような記述がある。「火神山医院根本就是“死亡集中营”」。新彊ウイグルの強制収容所を中国語で「集中营」と呼ぶことを踏まえたうえで、火神山医院について明居正が「火神山医院根本就是“死亡集中营”」だと指摘していることに気を付けてもらいたい。「死亡集中营」、つまり火神山医院は「死亡強制収容所」だというのである。

台湾の大手メディアもまた、この「火神山医院」が実際には病院ではなく、「死亡強制収容所」であることを報じている。以下は台湾の「自由時報」が掲載した記事で、先程挙げた秦鵬の指摘などをもとに報じている。


生きて出る見込みのない「死亡強制収容所」、それが「火神山医院」の正体だと言うのだ。この施設については、勇敢にも内部告発がある。施設の内部の様子を撮影した映像と写真が民主活動家のもとへ届けられている。以下はいずれも、民主救国陣戦で主席を務める唐柏橋のツイートだ。



見れば解るように、廊下は狭く、部屋の扉は分厚い二重扉になっていて、そして扉には小さな窓があって廊下から部屋の中を覗けるようになっており、監獄とそっくりの造りとなっている。そして部屋の中には、ビブスのようなものをつけた人々が集団で座っている。彼らは厳重に監視されている。

治療用のベッドなどない、医療機器もない、もちろん医師たちもいない。明らかに監獄の様相である。明居正によると、この火神山収容所は軍が管理する「軍事機密」の扱いで、建物には鉄条網や鎖などもあり、収容された人が絶対に逃げられないよう厳重な体制となっているという。新型コロナウイルスに感染した人々は、こんな医療設備のない監獄のような密閉空間で多くの人と密集して部屋に収容されれば、重症化したらまず生きて帰ることは不可能だ。

だから習近平は「火神山医院」に行かなかったのだ。もし習近平が現地を訪れ、その模様をメディアが報道したなら、ここが病院ではなく強制収容所であることがばれてしまう。それで武漢職工療養病院をスタジオに使って、やらせを実行したのである。

武漢で感染のオーバーシュートが発生した1月、習近平はいかにして患者の命を救うかを考えるのではなく、感染した人々を強制収容所に放り込み、そこから逃げられないように集団隔離し、感染者たちが二度と生きて出ることなく収容所で死去することで外部への感染拡大を封じ込めようとしたのだった。

しかし中国共産党は、表向きはこれを「病院」だということにし、習近平総書記の指導により突貫工事で病院を建設して、人々の治療にあたっていますと、虚偽の大宣伝を行った。

ところが、世界中の多くの人は、この「火神山医院」の報道を見て次のように思った。

「中国共産党は凄い!」
「総力を挙げてわずか10日間でこんな大きな病院を作って患者の治療にあたるなんて!」
「とても自分の国の政府にはできない」
「まさに中国共産党ならではだ」

世界中の多くの人々は、「火神山医院」が本当に病院であると思い込み、中国共産党の危機対応の凄さを語った。しかし、それこそ中国共産党の狙いである。党の総力を結集した突貫工事によりわずか10日間で巨大な病院を建設し、大勢の患者の治療にあたって危機に対処できる、まさに一党独裁体制だから可能な危機対応であると世界中の人々の意識をコントロールすべく、中国共産党は壮大な虚偽の大外宣を行ったのだ。

しかし、実際はまったく違う。新彊ウイグルにある巨大な建物が「職業訓練センター」ではなく「強制収容所」であるように、武漢の火神山施設は「感染症対策の病院」ではなく「強制収容所」なのだ。もしここが本当に病院であったなら、習近平は現地を訪れていたはずだ。強制収容所だからこそ、習近平はやらせで人々を欺く必要があった。

香港で民主派から絶大な支持を受けてきた「蘋果日報」は昨年4月12日、習近平の対ウイルス人民戦争について、これはいにしえの孫子の兵法に基づくやり方だと報じている(この「蘋果日報」は国家安全法を鉾にした中国共産党の弾圧によりこのほど廃刊に追い込まれ、ウェブ版も閉鎖されたが、しかし「蘋果日報」の指摘は鋭いので、このメディアの功績を遺す意味でもここに貼っておこう)。


「蘋果日報」は中国共産党のやり口を実によく解っている。「兵とは詭道なり」、つまりいかに欺くか、これは孫子の兵法の極意である。毛沢東も戦略面でかなり孫子に依拠してきたし、それは習近平も同じである。

ウイルス外来説の大宣伝

中国共産党による数々の隠蔽工作もあり、いまだウイルスが発生した原因については特定されていないが、とはいえ今回のウイルスが武漢で発生したということは厳然たる事実だ。しかし、習近平はこのことでも幻想を振りまく。

いわゆるウイルス外来説である。王毅のように外相の地位にある人物まで、ウイルスが武漢で発生したという諸外国の指摘に噛み付き、各国を強く批判してきた。ウイルスは外国で発生して中国に持ち込まれたと中国共産党が国内で繰り返し宣伝を重ねた結果、中国ではこの宣伝を素直に信じている人がかなりの割合にのぼるとも言われている。

このウイルス外来説は、時間の経過と共にその手法が変わっていった。要するに、一貫性がないのだ。当初中国共産党が実行した宣伝手法は、米軍がウイルスを武漢に持ち込んだというストーリーだった。読者のなかには覚えておられる人も多いだろう。中国外交部報道官の趙立堅は、この米軍持ち込み説で一躍有名人となった。


これは中国共産党のサイバー水軍である五毛党(書き込み1つにつき、報酬として五毛が得られることから五毛党と呼ばれる)がネット上で米軍によるウイルス持ち込み説を盛んに散布して仕込みを行い、そのうえで3月12日、趙立堅が満を持してツイートしたものだ。

もっとも、後に習近平は宣伝を軌道修正し、ウイルスは外国から輸入した冷凍食品に付着していたと方向転換することになるのだが、暫くはかなり力を入れてこの米軍持ち込み説を広く中国国内に広めようとした。ターゲットとなったのは、米軍のフォート・デトリック基地である。

以下はいずれも5月になって新華社、国営中央テレビが報道したもので、米軍フォート・デトリック基地の生物研究所がウイルスの起源ではないかと宣伝している。




官製メディアがこんな調子で米軍のフォート・デトリック起源説を吹聴するものだから、ましてやSNSではこの説が盛んに拡散される。ブロガーたちも我こそはとこの説を書き立てる。以下はその例だ。



更には、実現手前でストップしたものの、高校生を「洗脳」しようと中国共産党は以下のようなものまで準備する。


「中学生」という文字が見えるが、中国での中学は日本の高校にあたる。これは中国で発行されている高校生新聞の紙面だ。この投稿をした曾錚は英語と中国語の両方で書いていて、英語の部分を見ると「the front page of #China's largest newspaper for high school students, the paper says it didn't publish this edition. Someone "stole" its publication permit」とある。発行元によればこの紙面は発行されず、何者かに盗まれて流出したと弁明しているという。

問題なのは、この左上の写真の水色のページだ。それが以下である。


これは新型コロナウイルスによる独白の詩で、要約すると「私は米国から来た、しかし中国に来て後悔している、なぜなら火神山医院などで万全の対策を取られて撃退された」というウイルスの嘆きの詩である。

つまり、米軍によるウイルス持ち込み説を先程取り上げた火神山医院のこととセットにして計画された宣伝で、米軍が中国にウイルスを持ち込んだが火神山医院などの見事な感染対策によって撃退したという詩にして、高校生に向けて配ろうと大量に刷ったのだが、配布直前になってストップがかかった。しかし一部が流出したのだ。

結局配布しなかったとはいえ、ここまで制作していたからには、計画段階では相当本気だったことは間違いない。

この後延期された全人代の開催を挟んで、6月になると北京で集団感染が発生する。ここで中国共産党は、外国から輸入した冷凍食品にウイルスが付着していたとアナウンスする。

もっとも、ただアナウンスしただけでは、宣伝としては弱い。当然ながら、宣伝にもその論拠となる「証拠」が必要になる。秋が深まった11月下旬になると、人民日報は外国で発生したウイルスが冷凍食品によって持ち込まれた「証拠」が続々と出てきたと伝える。


どんな証拠か? 幾つか例を挙げよう。まずこちらは、国営中央テレビが放映したニュースをネット大手の新浪が伝えたもので、「新型コロナウイルスは2019年に既にイタリアで広まっていたのかも」という見出しだ(なお、同様の記事は他にも中国で幾つもある)。


更にこちらは、中国生物技術ネットに掲載された記事で、「『ネイチャー』のトップ! 日本とカンボジアで新型コロナウイルスと密接に関係のあるコロナウイルスが発見!」という見出しだ(これも同様の記事は他にも中国で幾つもある)。


そしてこちらは、中印大同ネットというサイトの記事で、「新型コロナウイルスの起源がインドというのはあり得るか?」という見出しだ(これも同様の記事は他にも中国で幾つもある)。

読者の方々からすれば、何よりも「日本とカンボジアで発見ってなんだよ?」と訝しく思うだろう。これのもとになったのは、科学誌の「ネイチャー」に2020年11月23日に掲載された以下の論文である。


日本で発見されたというウイルスについてはこう書いてある。「That is the case with the other virus, called Rc-o319, identified in a little Japanese horseshoe bat (Rhinolophus cornutus) captured in 2013. That virus shares 81% of its genome with SARS-CoV-2, according to a paper1 published on 2 November — which makes it too distant to provide insights into the pandemic’s origin, says Edward Holmes, a virologist at the University of Sydney in Australia」。

というわけで、「too distant to provide insights into the pandemic’s origin」、「今回のパンデミックの起源への洞察を提供するには程遠い」とあって、要するに日本で発見されたウイルスは無関係ということだ。当たり前の話である。ところが、にも拘わらず、論文のタイトルには「closely related to the pandemic virus discovered in Japan」とある。つまり「パンデミックと密接な関係のあるウイルスが日本で発見」となっているのだ。ずいぶん酷いタイトルだと言わざるを得ない。論文のタイトルと、本文で書いてあること、これがまったく正反対ではないか。

しかも、先程見たように、中国生物技術ネットに掲載された記事では、「日本とカンボジアで新型コロナウイルスと密接に関係のあるコロナウイルスが発見!」とびっくりマーク付きの見出しだ。

イタリア起源説とインド起源説の方も細かく見てみよう。まずイタリア起源説の方だが、中国国営中央テレビが報じたこととして、イタリアでは昨年9月に新型コロナウイルスの抗体が23件確認され、その後10月と11月にもほぼ同数の抗体が確認されたというのだが、具体的にイタリアのどの病院や機関を対象に行った調査なのかなど、そのあたりの詳細は一切ない。

インド起源説の方はというと、これは三人の中国人学者が科学誌の「ランセット」で発表した論文をもとにして、「新型コロナウイルスの起源がインドというのはあり得る」、「2019年の夏ごろにインドで発生した可能性がある」と断じている。

その理由として「2019年の5月から6月にかけて、インド北部とパキスタンは史上2番目の高温となり、水不足が危機的になって、人と野生動物の接触機会が増えたことで新型コロナウイルスが人へ伝播したと推測される」という理屈となっている(从2019年5月到2019年6月,印度中北部和巴基斯坦出现了历史上第二长的高温天气,造成了这些地区严重的水危机。水资源短缺会增加人与野生动物接触的机会。我们推测新冠病毒从动物传播给人类,可能与这种极端的高温天气有关)。

これを読む限り、単にインドが起源だろうというストーリーが書かれているだけで、明確な証拠らしいものはなんら提示されていない。

ちなみに、ウイルス外来説は他にもあって、たとえば2019年秋の時点でフランスで感染者が確認されていたとか、あるいはスペインでも2019年秋に感染が確認されていたとか、とにかく色々な外来説が中国では流布された。

中国共産党は、春の時点ではウイルスは米軍のフォート・デトリック基地の生物実験室が起源と大々的に宣伝しておきながら、秋になると今度はウイルスの起源はイタリアだ、日本だ、カンボジアだ、インドだ、フランスだ、スペインだ・・・と宣伝したのだ。無節操にもほどがあろう。

SNSが全盛のいま、ツイッターやウェイボーなど短文投稿のサイトでは、タイムラインに様々な見出しの記事が次から次へと流れてくる。もちろん、それらの記事の中身を逐一細かくチェックできる人はまずいない。しかも中国の場合、中国共産党の意向を受けた五毛党がSNSで大量に記事を拡散したり、「いいね!」を付けたりして、戦略的に中国人の世論誘導を行っている。

こうして中国では、ウイルスは武漢で発生したのではなく、外国で発生して中国に持ち込まれたという風説が大手を振るって流布されることとなった。

当初は中国国内で武漢ウイルスと呼ばれていた

このように、中国共産党はウイルスが武漢で発生したという事実を何がなんでも否定し、ウイルスの発生は外国だったということにしたいのだが、ところで昨年の春、このウイルスのことを米国のポンペオ国務長官が「武漢ウイルス」と呼んだ。

このポンペオの発言は中国共産党からの猛反発に遭った。更に日米欧の大手メディアまでポンペオの「武漢ウイルス」という呼び名を強く批判するようになるのだが、しかしこれらの批判はおかしい。というのも、「武漢ウイルス」という呼び名は何よりも中国国内でごく普通に使われていたのだ。感染の拡大から暫くの間、中国国内では当たり前のように「武漢ウイルス」という呼称が使われていた。

たとえば、以下は保険に関する総合サイトの中民網が2020年1月20日に掲載した記事だ。「武漢病毒性肺炎!」という見出しが見えるはず。「病毒」とは中国語でウイルスの意味だ。つまりこれは「武漢ウイルス性肺炎!」という見出しなのである。


「武漢ウイルス」による肺炎だから「武漢ウイルス性肺炎」という呼び名を使っている。もう一つ別の記事も紹介しよう。以下は、生物谷というバイオテクノロジーに関する専門サイトが2020年1月24日に掲載した記事で、ここでも見出しに「武漢病毒性肺炎」つまり「武漢ウイルス性肺炎」という文字がある。

「世界各地确诊武汉病毒性肺炎患者的情况」というのは、「世界各地で確認された武漢ウイルス性肺炎患者の状況」という意味だ。というわけで、保険の総合サイトも、バイオテクノロジーの専門サイトも、今回の感染症のことを「武漢ウイルス性肺炎」と呼んでいたのだ。

更に、以下のような記事もある。これは金融界という投資家向けサイトが1月20日に掲載した記事で、「武汉新型病毒病例增至近200人!」と見出しにあるが、これは「武漢新型ウイルスの病例が200人近くに増加!」という意味だ。「武漢新型ウイルス」と堂々と見出しに使っているのだ。

これだけ挙げれば証拠として十分だろう。中国では感染爆発で武漢が封鎖された頃でも「武漢ウイルス性肺炎」とか「武漢新型ウイルス」という呼称が当たり前のように使われていた。武漢で発生したウイルスと、それに伴う感染症なのだから、このように呼ぶのは当然である。発生した地名からウイルスや症例を名づけるのが従来からの慣習だ。「ノロウイルス」とか、「エボラ出血熱」とか、「アフリカ豚コレラ」などもそうではないか。これらはいずれも発生した地名から名づけられた。このことは小説や映画にも反映されていて、たとえば村上龍に『ヒュウガ・ウイルス』という小説があるが、これは日向村で発生したウイルスの物語だから『ヒュウガ・ウイルス』なのだ。

ちなみに、台湾では今回の感染症を「武漢肺炎」と呼んできた。以下は台湾総督府が公表したものだ。この「武漢肺炎」という呼称も、発生した場所から名づけるという従来のやり方に忠実である。


「武漢肺炎」という呼称は香港の民主派たちも使用している。先程挙げた「蘋果日報」の記事でも、見出しには「武漢肺炎」という文字があった。


そして中国では当初、「武漢ウイルス性肺炎」とか「武漢新型ウイルス」という呼称が使われていたわけだ。ところがやがて中国共産党の指導によって、これらの呼称は使われなくなる。ネット上で五毛党が米軍によるウイルス持ち込み説を盛んに拡散させるようになると、「新型コロナウイルス」あるいは「新型コロナ肺炎」という呼称に統一されていく。

要するに、ウイルスは武漢で発生したのでなく外国から中国に持ち込まれたという宣伝の拡大に合わせて、中国国内では「武漢ウイルス性肺炎」とか「武漢新型ウイルス」という呼称がさっぱり使われなくなるのだ。代わって中国では、「新型コロナウイルス」あるいは「新型コロナ肺炎」という呼称へと完全に塗り替えられる。

この流れに乗って、日本でも「新型コロナウイルス」という呼称が支配的になった。

中国共産党の意図は明らかだ。ウイルスは外国から中国に持ち込まれたのであって、武漢で発生したのではないという宣伝のために、「武漢ウイルス性肺炎」や「武漢新型ウイルス」という呼称を禁止した。のみならず、ポンペオが「武漢ウイルス」と呼んだら、中国共産党は猛烈に噛み付いて、ポンペオのことを強烈に批判した。しかし、この批判は不当である。むしろ批判されるべきは、ウイルスが武漢で発生したという事実を頑なに否定する中国共産党にある。

なぜ中国共産党は、ここまでしてでもウイルスが武漢で発生したという事実を否定したいのだろうか? 武漢で発生したという事実を認めると、中国共産党にとって何か重大な不都合があるのか? 

武漢には、武漢ウイルス研究所がある。今回パンデミックを引き起こしたウイルスはこの研究所で開発され、外部に漏洩したのではないか? 嘗ては陰謀論として退けられることが多かった研究所からの漏洩説だが、この春になって完全に潮目が変わった。いまや、様々な専門家たちが武漢ウイルス研究所への疑念を高めていて、西側諸国のメインストリームメディアも積極的に取り上げている。

幾つか例を挙げよう。

4月7日、世界各国の公共衛生や医学や生態学などの学者たちからデータサイエンティスト24名がニューヨークタイムズで公開書簡を発表し、武漢ウイルス研究所からの漏洩説を陰謀論とするのは不適切で不正確であり、この研究所からの漏洩という仮説を真剣に考慮すべきとして、透明性のある調査を求めた。


5月14日、別の学者たち18名が科学誌の「サイエンス」で公開書簡を発表し、ウイルス発生の原因として武漢ウイルス研究所からの漏洩という仮説も重要に扱い、透明性のある調査をすべきと表明した。

同じく5月14日、フランスのル・モンドは武漢ウイルス研究所からの漏洩という仮説はもはや陰謀論ではないと冒頭で述べ、その理由として武漢ウイルス研究所には公けにされていない論文があること、更に自然発生論を主張する石正麗の論文は事実に反するデータを用いていることを挙げている。

だが、決定的ということでは、著名な科学ジャーナリストのニコラス・ウェイドが5月3日にメディアムに掲載した長文記事だ。


ウェイドは極めて厳密な科学的論証により、ウイルスの自然発生論がいかに穴だらけで砂上の楼閣かを浮き彫りにし、更にウイルスの組成分析を通して武漢ウイルス研究所からの漏洩という可能性がどれだけ高いかを示した。

もちろん、ここに挙げたもの以外にも重要な報告はあるし、ウェイドの記事に関しては短く触れただけでは到底すまない重厚なものだ。なにより、武漢ウイルス研究所に関しては、機能獲得実験にまつわる国際的なウイルス学会のネットワークの闇という深刻な問題に切り込んで論じないといけない。

最近露呈した武漢ウイルス研究所にまつわる詳細については、本稿の最終章で取り上げよう。

対米国の宣伝戦略(1)中国の人々を熱狂させる米国没落論

さて、習近平は感染対策を進めるのと並行して、外交面では急激に戦狼化へと傾斜した。いわゆる戦狼外交である。これは外交政策という以上に、中国国内向けの宣伝という面が色濃い。習近平は過剰なほど愛党愛国の精神発揚を行って自らの求心力を強化する作戦に出て、「強い中国」を演出するために戦狼化は欠かせない要素となった。そして、そのための宣伝で最大の基礎となってきたのが「米国没落論」なのだ。

パンデミックとなって以降、中国国内ではとにかく「中国の台頭、米国の没落」という論調の記事が溢れ、人々の間で熱狂を掻き立てている。

「いまや時代は米国の没落の時代であり、米国が覇権の地位から滑り落ちるのを尻目に中国が台頭して世界を引っ張っていく」という図式のもとで盛んに宣伝がなされていて、だからこそ弱い米国(とその同盟国)への戦狼化、まただからこそ強い中国と共産党への愛党愛国という様相なのだ。

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