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夜の友だち

少し前に起こった素敵なことをここに残しておこうと思う。
前もって「閲覧注意」として伝えておくと「ゴキブリ」についての素敵な出来事を書こうとしてる。
だから、そもそも「ゴキブリに素敵なとこなんかあるか!」という方はここで回れ右をしてください。
ここから先を読んだ人は、文句言っちゃダメよ。約束ね。


先週末のことだった。
制作も大詰めでアトリエに籠って制作をしていた時のこと。
夕方頃、私のアトリエが避難所として解放された。
ご存知の通り、私のアトリエはダムの麓にある廃校の小学校だ。

「まだ、全然降ってないのにな。でも、避難所として開放するように指示が出てるからそうするしかないんだろう」

こういうことは日常茶飯事なので特に気にも留めない。ただ、雨が降るのかは半信半疑。
雨雲レーダーと睨めっこしても大雨が降る気配もない。

アトリエの利用時間には決まりがあって基本的には「22時までの使用」とされている。
とはいえ、事前に事情を話して時間の都合をつけてもらえていたので22時を過ぎても制作を続けた。
ただ、ここは廃校。正直なところ、夜は怖い。
だからいつもは夜まで一人でいることはまず無い。皆無。
他のアーティストがいたら話は別だけど、そんな日に限って誰もいない。
そうこうしているうちにものすごい雨が降ってきた。
このタイミングで車を運転して帰ることは危険だと判断した私はたった1人で廃校のアトリエに泊まることにしたのだ。
避難所として開放してるけど、誰も避難して来ていないことも知っていた。

深夜2時を回った頃、私の左側付近に何かが現れた。
そう、本日の主役「ゴキブリ」だ。
初めて目にした見たこともないとても美しいゴキブリだった。
「ゴキブリに美しいとかそもそもないから」とか思ったあなた。はい、ここで回れ右。
「ゴキブリだから美しくない」とか言わないでほしい。
本当に本当に美しかったんだから。
シルクのような質感の美しい半透明の茶色い羽とアナグマのような2本の濃い線(これ、チャームポイントね)とキラキラ輝くつぶらな瞳。
そして、この子はとても人懐っこい。
私の左側に現れたと思ったら、すぐに紙パレットの下に潜り込んで180度クルリと回転して、紙パレットの下から顔だけ出して私のことをジーッと見ている。
「こんばんは。遊びに来てくれたの?あなた、とても美しいのね。怖がらなくていいから出ておいで」
声をかけると嬉しそうに絵の具がたくさん出された紙パレットの上に足早に登ってきた。
乾いてしまった赤や緑や黄色の絵の具の上をちょこまかと走り回り、黒色の絵の具が気になるのか口を近付けて食べようとしていた。
「あ!ダメだよ!黒色の絵の具は毒だから!」
そう注意すると、素直に黒色の絵の具から離れてくれた。
とても賢い子だ。
その後は、机の上にあるボンドの上に登ってみたり、保存容器の上を走り回ったりしていた。
そして、ひとしきり遊んだ後は私の左手付近に近づいて来て、ジッとこちらを見ている。
「どうしたの?寂しいの?おいで」と声をかけると、私の左腕に登ってきて、しばらく左腕の上を走り回っていた。
ね、人懐っこいゴキブリ。かわいい。

ふと、右側に目をやると今度は2ミリくらいの小さな虫が遊びに来ていた。
小さな体を最大限に駆使して所狭しと並べられた画材の隙間を縦横無尽に駆け抜けていく。

「あぁ、なんて楽しいんだ。こんな小さな世界が私の知らない夜のアトリエで広がっていたなんて。」

そこからは、美しいゴキブリと2ミリくらいの小さな虫と共に制作に向き合った。
締め切りがある時は、いつも孤独だ。
だけど、あの日は美しいゴキブリと小さな虫が仲間になって、眠たい目を擦りながらも4時半まで頑張れた。
夜が明ける前に眠りに就きたかったので(明るいと目が冴えてしまう。そもそも枕が変わると寝られないタイプだけど)2人に「今から寝るから、2人はゆっくりしていってね」と伝えて、畳の上に横になった。

それから数時間後、朝を迎えて、バキバキに固まった体を伸ばす。
数時間前までいた彼らに「おはよう」の挨拶をするために作業机へと向かったが、どこにもその姿は見当たらなかった。
「また会えるといいな。また会いたいな」
そんなことを思いながら、大きなあくびをした。

「廃校=怖い」と思っていたけど実際はそんなことはなくて、夜な夜な虫たちがこうやって自由に遊び回っていることを知って、なんだかとても素敵な夜だったな…と夢見心地で帰りの車を走らせた。

そんな夜の廃校での素敵な出来事。
帰宅して検索したら「チャバネゴキブリ」という名前だということを知った。
検索して出てくるチャバネゴキブリとは全然違う、本当に美しいゴキブリだった。
あの子はきっと「特別」だ。

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