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【小説】 変える、変われる。 : 69

言った手前、指から血が出そうなくらいゴシゴシと湯舟と洗面器を入念に磨くように洗った。洗い終わって、浴室に小汚さが無いか目を皿のようにしてチェックした。額に小汗が浮かぶ位で大丈夫だろうと風呂場から出たら、30分位過ぎていた。

どうせヘンな感じだから、思い切っておかしい状態で突っ走ってしまおう。石黒さんの部屋にあった、かなりペラペラっぽい布団を思い出した。


「掃除終わりました。物凄く洗ったので、キレイになっていると思います。はははっ!」

乾燥した笑い声と、30分経っても真っ赤なままで、石黒さんが麦茶をちびちびと飲んでいる。

おかしさを貫くもの良いかもしれない、嫌なら嫌と言うはずだ。言わなくてもそんな感じなら、ここでもう家に送ろう。


「・・泊まって行きます?」

麦茶の入ったマグカップをガチャンとテーブルに落とすように置いて、目を見開いて見てくる。表情に嫌悪感は無い、それどころか表情が無い。

「ベッド使って下さい。僕はあの、、玄関に布団引いて寝ますので。お風呂入って、またスーツ着るのも、あんまり疲れが取れないかなぁ、なんて。」

「・・・」

眉間にシワの寄った感じの表情に変わった。顔の赤さが収まりきらずに、目に染み入るように赤さが復活してきた。そうだよね、そりゃそうだわ。「そんなつもり」が自分に無くても、そうとしか聞こえないはず。

「・・すいません、ヘンな話ですね。ゆっくり出来る訳無いですよね。すいません、送ります。」

カバンの中にある車のキーを取りに行こうとしたときに、石黒さんが心なしかスっと避けたような感じがした。そうなりますよね。。

「やっぱり、駅まで送ります。」

「・・・」

キーをカバンに戻して、玄関へ向かって、鍵を開けて振り返ると、そこにいるはずの石黒さんがいない。

部屋に残ってこっちを見ている。相当気分を悪くしたに違いない。

玄関でさよならが最良なのかもしれない。

良かれと思ったことだけど、立場が変われば弱みに付け込んで来て、何なら蕎麦を渡すところから計画的に・・・と思われて当然だ。

蕎麦までの楽しい時間は帳消しだし、またひとつ余計な記憶を刻ませてしまった。上手く話せないんだから、余計なことをしなければ良かった。

話すのもイヤだろうなと思いながら、部屋に戻った。


「行きましょう。。」

自分の全部が情けない。

石黒さんが少し大きく息を吸って、強張った感じの表情になった。

何を言われるのか怖くなって来て、大丈夫になったはずの顔がまた見られない。

「お風呂をお借りしても、泊っても良いんですか?」

「ええっ??」 こっちから色々言ったくせに驚いてしまった。

「本当に、泊まります?」

「木村さんが、良いんでしたら。。」

「そうしたら、着替え用意します。ちょっと大きいかもしれませんけど。」

「・・・助かります。」

「じゃ、ゆっくりしていって下さい。」

「・・・はい。」

無表情から、少しだけ緩んだ表情に戻った。

悪い記憶じゃなくて、民宿に泊まったくらいの記憶を持ち帰って貰えるように気を付けよう。

それにしても、石黒さんが着ても大丈夫そうな服があったっけ?


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