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需要に応えてそれがなに?

知人を介しスタートアップの相談を受けた。zoom越しに語る若者をぼんやり眺めながら考えたことを以下、いつものようにエッセィ形式にて記述する。

「AIコンサル」というタグを貼れば高いマルチプルを獲得する時代はもう過ぎたと観察される。AIを消費してしまった、ともいえる。そこで各社は「AI」に追加して「SaaS」というタグを貼りはじめた。そこにどんな"AI的テクノロジ"が含まれているかは問われない。元来AIコンサルを主業としていたスタートアップがSaaSをはじめたのだからきっとAI的なのだろうと想像する程度の認知が一般経済社会だ。なるほどこれまで全く関係のなかった情報通信企業が唐突に”AI搭載”などと叫び出すより、多少は良心的ともいえる。

いわゆる「toB-SaaS」について。特色もしくはコアな差別要素が、たとえば”AI的テクノロジ”といった技術にあれば、多少は目新しい。そうでなければ結局、根気を燃料とするコツコツした開発作業だ。業務用管理ツールは要件が細かく面倒。商慣習だけでなく各種法令などの非論理的制約も煩わしい。

ツールが想定する対象顧客が幅広いほうが、当然マーケットは大きい。将来の成長余力は高く見積もられる。逆に、特定業種にフォーカスするツールでは、すぐに頭打ちを迎えてしまう。

目新しい技術によるツールが素晴らしい、と言っているわけではない。根気のいるコツコツした開発作業により生まれた各種ツールに僕は日々助けられている。むしろ、顕在する需要に直接応えられるので、そちらのほうが経済的な期待値は高いのではないか、とも考える。

ただし、である。その会社を構成するメンバの人生にとって、それでいいのかな、と疑問に感じることもある。需要があるから、そこを頑張って埋める。技術起点ではなく、マーケット起点の事業。これまで誰も対処していなかったのはマーケットサイズが小さいからか、もしくは開発が面倒だからかわからないが、ぽっかり空いたスペースを工数によりカバーする日々。そんなことがしたかったのだろうか。

特定業種にフォーカスしたツールも似たような構造にある。汎用型のツールでは対処できないようなカスタマイズが可能である、という1点においてそのツールは特徴づけられる。おそらく困っている想定顧客があって、開発すればその企業は使ってくれることだろう。しかしそれは受託開発とあまり変わらない、当たり前のことである。ツールは、想定顧客数を変数として、受託開発と汎用ツールを両端とする線上に位置づけられる。カバーしなければならない需要が狭いので、受託開発のほうが簡単だ。一方、マーケットは小さく儲からない。

自分たちはその顧客の問題を解決するべきなのか、経営者は考え続けたほうが良い。問題の設定はそもそも正しかったのか、というお決まりの指摘だ。会社の設立趣旨・計画・スケジュールをまず固定して、それを実現するための手段として、例えば前述のような特定業種にフォーカスしたツールは最適なのか。たしかに対象を絞れば、ライバル不在の需要が見つかる。需要に直接応えるツールを作れば、そこでは使用されるだろう。でも、それだけだ。売上とコスト、そして時間と感情。それらの満足は如何に。

議論をもう少し抽象する。そもそも、「何がしたいのか」をよく考えるべきだ。時価総額1,000億円でIPOがしたいのか。特定業種の管理業務の非効率を解決したいのか。もしくは”AI的テクノロジ”の先駆者として確固たる地位を経済社会に証明し続けたいのか。もちろん、択一ではないだろうが、優劣くらいはあるだろう。優先順位によって手段が異なる。時価総額1,000億円に達したいのであれば、特定業種のみに使われるSaaSだけでは少々難しい。AIコンサルバブルが破裂した後、なにかSaaS的要素を付加したい気持ちはわかるが、後続が特定業種専用の根気積上型ツールでは、狭いマーケットとも相まって、高マルチプルは得られない。他方、特定業種の管理業務の非効率を解決したいという意思のもと、そのためのツールを根気よく開発して目の前の人々を満足させるというのは、素晴らしいことだと思う。ただし、その場合は別にスタートアップの形態である必要はないだろう。受託開発と共に専用ツールを粛々と提供する数多くの中小企業のように、リターンをコツコツ稼げば良い。繰り返し、僕はこの形態を全く否定しているわけではなく、むしろきちんとした素晴らしい会社だな、とも思う。

スタートアップ経営者の中には安易に「2024年に時価総額1,000億円で上場します」などと口にする者もいる(多くの経営者は〜などと口にする、から校正時に修正した)。今日2022年1月21日現在、マザーズ421社のうち時価総額1,000億円を超えるのは8社のみ。1.9%だ。どれほどのARRとマルチプルを想定しているのだろうか。参照する企業はどこか。手持ちのツールと展開するマーケットでそのARRとマルチプルは実現可能なのだろうか。「仮に2024年に時価総額1,000億円に至らなかった場合、指を切り落としますが良いですか?」と僕に真顔で言われ「もちろんです」と言い返すほどハラは決まっているのか。

おそらく当人は、「世界平和を実現しよう」などといったスローガン程度にしか考えていないか、もしくは「目標を大きく設定しなければその半分も達成できないぞ」という大まかな思考を前提に置いているものと想像する。浅はかで稚拙で無責任で迷惑な話だな、と僕は思う。僕の専門領域だから騙されることはないけれど、会社に関与する人々は計画を信じ、人生の大切な時間を犠牲にして同社へ参加する。時間を無駄させることの重要性を自覚するべきだろう。

たしかに、どんなに精緻かつ現実的に計画を策定しても失敗することはある。しかし、調べれば・考えればわかることを誠実に網羅した上で、はじめて他者へ伝達するべきだ。計画とは、周囲との約束である。それをおろそかにする態度はそもそもモラルが破綻している。みっともないことであると認識したほうが良い。

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その40分間のzoomは僕にとって極めて無駄な時間だったので、少しでも挽回するように、今日は日記に加えこのエッセイを書いた。1記事分備蓄が増えた。たまにはこんな日もあるね。雪かきをしてカレーを煮込んで夜はゆっくり読書を楽しもう。

スケジュールについてはこちらに書いた。参考に。




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