たべ

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悪魔の所業

 私は悪魔である。  願望の成就と引き換えに特定の対価を得るべく、日々人間に接触をしている。  三つの願いを、私は叶える。  真昼間の繁華街である。  某有名カフェチェーン店。スクランブル交差点の見える席に陣取り、気怠そうな、生意気そうな表情で、半ば寝そべるような姿勢で男がソファに腰掛けている。  サイドを刈り上げ、トップをジェルで固めたヘアスタイル。色黒で、肥満気味で、やたら高そうな紺ストライプのスーツを着用している。  ローテーブルを挟んだ向かいの席へ腰を下ろして私は言

    • もういないけど(1376字)

       夜も更けたファミレスでのこと。  地球は平坦だ、と三宅が言うので、私たちは顔を見合わせた。 「知らなかった」と斎藤が言って、「そうなの?」と私が聞き返した。 「『地球は丸い』と初めて教わった時は逆のことを言われたじゃない。地球が地球なんて呼ばれてな」かった頃はそれこそ大地は平面だと思われていて、海のずっと向こうに「端」と「奈落」があると。  地球は丸いというのは、現代に生きる大多数の人間にとって疑う機会すらなかったことだろう。電気や音や光が「ある」ということぐらい、地球が

      • 療治(1247字)

        「どけよババァ」  私の財布から紙幣を数枚抜き取った息子は、立ち塞がる私を突き飛ばして家を出た。  随分と粗暴な子だった。  思い返してみても、いつからそうだったのか、いつからその兆候が表れたのかもわからない。といっても昔からこうだったわけではなく、幼児期はそれこそ珠のようで、少なくとも小学生の一~二年生の頃まではどこを切り取っても鮮やかな思い出にできた。  それなら三年生の頃から変わっていったのではないかと言われても曖昧で、むしろ中学や高校生だった頃を思い出しても優しかっ

        • 魚で(1497字)

          「うちの魚が喋ったわよ」と友恵さんが言うので、舞さんと二人で見に行くことにした。 「喋るってどういうことかしらね。ミキちゃん、聞いたことある?」 「いえ、全く」  パート先で手に入れた手土産を持って、友恵さん宅へ向かう。 「犬とか猫とかだったらわかるけど」  犬とか猫とかでも喋るのは見たことがないけれど、無粋だと思って「そうですねえ」と返す。  友恵さんはエプロン姿で私たちを出迎えた。なにやら作りこんでくれているらしい。 「お土産あるからいいのに、ほら」と舞さんが言うと、

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        悪魔の所業

          時代(1876字)

           地球の46億年の歴史の中で、一度人類が絶滅していることはご存知でしょうか。約二億一千年前のことです。  アウストラロピテクスよりも、もちろんホモ類よりもずっとずっと前の時代。  知らなくて当然です。なにせどこを探しても現代の資料には載っていませんから。  なに、信じて下さいとは言いません。あったことをただ話すだけですから。  その昔、海中で生まれた哺乳類は陸上へと活動の場を広げ、やがて猿人へと進化しました。  二足歩行を覚え、手指を発達させた彼らの知能は代を重ねるごとに向

          時代(1876字)

          私の灼熱(931字)

           自室でパソコンに向かっていると、ベランダの方からなにやら落下するような音が聞こえた。  かかっ、かしゃん。  記憶の中のベランダで、音の正体を探す。  金属感がなくて、軽い。物干し用のプラハンガーが浮かぶ。いや、もしかすると、黒い樹脂でコーティングされた針金ハンガーかもしれない。いやいややはりあれは芯のない音だったか。  ほんの少し、記憶の中に視線を巡らせて考える。違うな。  ハンガーにせよ、他の何かにせよ、恐らく我が家の物ではない。落ちそうな置き方をしているものが思い浮

          私の灼熱(931字)

          教育こそ学び (701字)

          「どうしたら涙を流さずに済むの」  と息子の声。手には玉葱。  後ろ向きに走りながら切りなさい、と教える。  小学校で使っている首掛けの画板を出してきて、後ろ向きに走りながら玉葱を切る息子。  壁にぶつかり、ローテーブルにこかされ、みじん切った玉葱はフローリングに散らばった。 「狭いよ」  と息子。  外でやりなさい、と教える。  玄関を出ると、庭先を後ろ走りでぐるぐる回りながら玉葱を切る息子。  調子よく切っていたかと思いきや、数周するとぽろぽろと落涙。プランターに足をと

          教育こそ学び (701字)

          頭っからそう言われている(914字)

           妙に暑い秋だった。  オフィス街、駅近くのマンションは、出勤時も帰宅時もスーツ姿の人々が目に付く。かっちりと着込んだその姿は暑苦しく、見ているだけでこちらまで暑くなってくる。  帰宅し自室に入ると、身に着けていた物を一つずつ外してリビングへと向かう。姿見に向かい合う頃には、私はパンツとブラだけの格好になっている。  鏡に顔を近づけた。目や鼻の下に、汗の粒が並んでいる。マスクのせいで化粧がほぼとれかかっている。  冷蔵庫を開ける。 「顔崩れてるんだけど」  目の前に置かれた

          頭っからそう言われている(914字)

          驚愕の事実に驚愕せよ(1293字)

          「明日の昼前に遊びに行くね」  深夜に一通のメールが届いた。  誰だかわからない。その証拠に、送り主に名前が割り振られていない。メールアドレスからも近しい友人を連想できなかった。 「わかった」と返して私は電気を消した。  目覚めたのは昼過ぎだった。  昼過ぎまで目覚めなかったということは、誰も来なかったのだ。連絡も来ていない。  朝と昼を兼ねた中途半端なボリュームの食事をとって、仕事に取り掛かる。ダラダラとパソコンに向き合っているうちに、メールのことは忘れていた。  腹が減

          驚愕の事実に驚愕せよ(1293字)

          駆け抜ける魔女が語り掛ける彼女に

           私の街には魔女がいる。  長崎駅沿いを流れる浦上川。そこにかかる旭大橋を渡ってすぐのところに私は住んでいる。  悟真寺という寺があって、目の前の通りを悟真寺前通りというのだが、そこに魔女が現れるのだ。  ママチャリで通りを駆け抜ける姿をたびたび目にする。  格好はと言うとメイド服一丁で、良い風に言えば水彩画のあさがおのような淡い紫色。悪く言えばひどく色あせているように見える。年の頃七十くらいだろうか。痩せていて背は高く、コンクリートみたいな灰色の長髪。服も、髪も、彼女自身

          駆け抜ける魔女が語り掛ける彼女に

          当時の音声データから読み解く江戸時代

          「やったり」という妖怪をご存知でしょうか。  昔話や娯楽作品にもあまり登場することがないので、広く知られた存在ではないでしょう。  子供の姿をしており、宿屋の宿帳を濡らすだとか、家の障子を破るだとか、根も葉もない噂話を流すだとか、しようもないいたずらをするような妖怪として識者の間では知られた存在です。 「してやったり」だとか、「はったり」の語源となっている妖怪です。  大概の妖怪や怪談が何かしらの誤解や話の尾ひれから生まれるように、この「やったり」にも由来となる人物がいました

          当時の音声データから読み解く江戸時代

          長髪の女

           糖尿病である、と診断された。 「そうですか」と言うと、「そうですよ」と医者は厳しい顔を作る。  自制心自体が自制しているようなので、ここ数年は甘いものや濃いものばかり飲み食いしていた。だからその診断結果にも「それはそうなるだろうな」としか思えない。 「見え方には問題ありませんか」医者はモニターと私を交互に見る。「チリやホコリのような、変なモノは目に映っていませんか」  変なモノではないですが、と前置きして、返答する。 「目の端に、長髪の女が映ります」  医者に直々に連れら

          長髪の女

          満里奈

          「かわいいの暴力」  そう言いながら、フリフリの格好をした大きな体型の女が夜職風の男を殴っている。  女の打撃は力任せで、美しいとは言い難い。  腕や体の回転は「ねじれ」でしかなく、着弾したそばからその威力を各関節から逃してしまっている。  それ故女の攻撃力は大幅に減算され、消費熱量は必要以上に大きい。加えて、誤った運動のおかげで体の各部を痛めている。  それでも女が殴ることをやめないのは、交感神経を興奮させる大量の神経伝達物質が分泌されているおかげである。  一度でも止ま

          満里奈

          人形ちゃん

           すっごい可愛い人形を買ったの、と絵美里が嬉しそうに話す。  長引いた女子会で終電を逃し、徒歩圏内にある彼女の家に泊めてもらうことになった。その帰路でのことだった。 「なんかねえ、一目惚れ」言いながら絵美里は眉をひそめる。「この歳で人形に落ちるってやばいよね」  卑下しているようで、明らかに惚気ている。本当に、男に恋に落ちているみたいだ。あるいはペットにメロメロになっているみたいに。  しかし珍しい。絵美里はなにかそういう、いかにも女趣味という感じの女性ではなかった。  ま

          人形ちゃん

          私が負けたのだとしたら、勝者は一体どこにいるのだろうか

           涙は枯らしたはずなのに、まだこんなに泣けてしまう。  私は弱い女じゃない。なんだって跳ね除けてきた。なのに。  脱衣所もメイクボックスもドレッサーもクローゼットも探した。冷蔵庫も電子レンジも食器棚も、無いとは理解しつつも探した。  ベランダにも、玄関先にも、炊飯器の中にもなかった。  なんでなんだろう。  神様がいるなら教えて欲しい。救ってほしいなんて思わない。ただ一つ教えて欲しい。どうして私に試練ばかり与えるのか。  神様がいないなら、この理不尽に説明が付かない。こんな

          私が負けたのだとしたら、勝者は一体どこにいるのだろうか

          ナマケモノが絶滅してさ、名前が空いたらさ、僕がもらうよ

           私は今、座り心地のいい椅子に行儀悪く腰かけて、目線の高さにレモンを掲げている。  何をしているのかと自問自答するならば、その答えは一つ。レモン観察だ。  事の発端は、レモン越しに見える掛け時計にある。私は強烈に重大な真理を知ってしまった。  深夜三時三十五分のこと。ぼうっと、見るともなしに時計を眺めていた。いつか誰かからもらった、木製で二針式の掛け時計だ。  長針が南南西に傾いて、「7」の足(と私は呼んでいる)の斜線とキレイに重なっている。  こういう瞬間・場面がなんと

          ナマケモノが絶滅してさ、名前が空いたらさ、僕がもらうよ