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VUCA時代の医療機関と臨床検査技師01「人口構造の変化①需要を考える」

前回、第0回ではVUCAについての概略をご説明し、これから取り上げていくテーマについてご紹介しました。いよいよ今回より実際の中身に入っていきたいと思います。

第0回が気になる方はこちらもどうぞ

※本内容は2023.5.28に臨床検査技師向けに講演した内容をベースに文章にしております。


はじめに

図表1「西暦600年からの日本の人口推移」

日本の人口は平安、鎌倉と微増していたものが、江戸時代に入り大きく増加します。その後、明治維新により西洋文化や海外技術が積極的に取り入れられ、社会制度としても確立していく中で、寿命も延伸し、人口も大きく増加していきました。そして、現在の日本の人口は上の図表でいうところの凸の付近に位置しています。

しかしながら、出生率は近代に入ってから減少傾向をたどり、国立社会保障・人口問題研究所(以降、社人研と呼ぶ)の調査でも、人口は今後も減少の一途をたどるとされています。

社人研による未来に向けた人口推計はかなり信憑性の高いデータとして、国の制度設計やビジネス構築においても多様に利用されているものです。今後、ますます進む人口減少の実態を知ると国力の弱体化を懸念する声は少なくありません。

2045年と2020年の総人口の対比では約15%減となると考えられ、これは約1,890万人にあたります (1)。また、直近2022年10月1日と前年同月の日本人人口の比較では、約75万人が減少しております。実に、1年間で福井県人口に匹敵する規模で人口減少が起きていることは、大きなインパクトだと思います(2)。

<出所>
1 社人研「日本の将来推計人口(平成29年推計)」
2 総務省「人口推計(令和4年(2022年)10月確定値」

3つの人口区分から医療の需要・供給を考える

人口推計においては、日本全体の人口も重要となりますが、医療や介護業界としては、3つ区分で分けた人口の推移をみることが特に重要です。

図表2「年齢別人口から予測する」

65歳以上人口は、いわゆる高齢者人口のことを指しますが、これは医療の需要(ニーズ)を考えるのに参考になります。医療機関にかかる割合を表す受療率という指標があり、この数値を見ると高齢者世代が働き世代に比べて入院では約9倍、外来では約3倍と高くなっています(3)。つまりは、高齢者が増えることで医療にかかる人が増え、敷いては医療費増加に繋がる構図になっているわけです。

次に、15-64歳人口は、いわゆる生産年齢人口と言われ、医療の供給を見るのに参考になります。将来又は現在の働き世代を示すデータとして考えることができるため、医療に従事できる人材がどの程度いるのかを間接的に予測できます。ただし、注意が必要なのは医療機関に勤める多くの国家資格保持・医療従事者は、養成する段階で定員数など調整する仕組みがあるため、企業勤めなどの一般的な労働力とは異なった流動を示すと考えられます。事実、以前とある県の臨床検査技師の年齢別人口を確認したところ、均等に分布しており今後の生産年齢人口の変化にも影響を受けにくそうな分布を示していました。一方で、今後は国家資格保持者の働く場も医療機関だけでなく企業をはじめとして多様化していくことが予想されます。その意味でも、生産年齢人口は重要な指標の1つとしては変わりありません。

最後が、14歳以下人口です。いわゆる年少人口と言われますが、医療の視点でみると、これから高等教育を受け、医療従事者となる養成学校へ入学する人数となります。これも間接的に医療の供給を予測するのに参考になるかと思います。

そんなわけで、今回はまずは65歳以上人口のデータを基に、医療の需要について考えてみたいと思います。

<出所>
3 厚生労働省「令和2年患者調査」より筆者が計算

人口構造の変化

1.2045年には65歳以上人口は108.3%に

社人研の将来推計人口では、2045年の日本における65歳以上人口は、2020年に比べて108.3%となり、これは約300万人の高齢者数増加に相当します。前述したとおり、高齢者数は医療の需要の参考になるため、日本全体としてはまだまだ医療のニーズが伸びそうだと考えることができます。

一方で、医療においては、「各地域ごと」の医療提供体制が重要視されており、自分たちの「地域」において、高齢者数がどの程度変化するかがポイントとなります。地図はその増減割合を色付けで表示しておりますが、色が濃い地域はそれだけ変化が大きいことを指します。

図表3「日本における65歳以上人口の変化」

そのような視点でみてみると、都道府県レベルで高齢者数が増加するのは24都道府県であり、残りの23県は減少します。中でも、秋田県、高知県、山口県、島根県などでは、その減少割合が大きいです。

2.入院医療のニーズは28県で減少

65歳以上人口を見ることで、今後の医療需要の参考になりますが、65歳以上人口という指標だけでは実は厳密さに欠けます。ご存知の通り、医療は高齢者だけでなく様々な年齢の方が受診します。また、65歳以上人口の中でも年齢によって受療率が異なりますし、性別によっても受療率が異なります。そのため、より正確に追っていくためにはもう少し工夫が必要です。

そこでよく用いられるのが、年齢別・性別の将来推計人口に年齢別・性別の受療率を掛け合わせることで、予想患者数を導き出し、医療ニーズを予測することです。受療率は入院と外来とで指標が分かれているため、入院医療のニーズと外来医療のニーズとで、2つに分けてシミュレーションすることができます

このようにして、入院医療のニーズを出したのが図表4となります。

図表4「入院医療のニーズはどう変わる」

入院患者数が増加するのは、19都道府県で、特に沖縄、東京、神奈川、愛知、埼玉、滋賀などで110%を越える増加が予想されます。このような入院医療のニーズが増加する地域では、規定の病床数を増やしたり、時には病院の新設をする地域もあるかもしれません。例えば、東京都でいえば119.8%の入院ニーズの増加が予想されるわけで、これは2020年の病床数125,867床が2045年には150,773床も必要になる可能性を意味しています。これは200床の病院が約120施設分となります。ただ、あくまで単純計算の話であり、実際は現状のベッドが上手く稼働していない病院も多数あり、効率的に現状の病院ベッドを稼働していくことで調整できる余地が大きいです。そんなことで、シミュレーション通りの未来は考えにくいですが、変化の規模感をイメージするのには良いかと思います。

また、入院患者数が減少するのは、残り28県で、特に秋田、高知、山口、和歌山などで80%代に減少します。このような入院医療のニーズが減少する地域では、規定の病床数を減らしたり、時には病院の統廃合が進んでいくことが予想されます。例えば秋田県でいえば、83.6%の入院ニーズ減少は、2020年の病床数14,362床が2045年には12,010床で足りる可能性を意味しています。2,352床の減少は、200床の病院 約12施設分となります。こちらもあくまで単純計算の話であり、今後は地域の実情など様々な要因を考慮し、地域で必要な規模感に落ち着いていくことと思います。

3.外来医療のニーズが増加するのはたった5都県

次に、外来医療のニーズはどう変わるかについて、前述した年齢別・性別の将来推計人口に年齢別・性別の受療率を掛け合わせることで、予想患者数を導き出し、そのデータを基に考えていきたいと思います。

図表5「外来医療のニーズはどう変わる」

外来患者数が増加するのは、わずか5都県で、沖縄、東京、神奈川、愛知、埼玉となります。その増加割合も沖縄や東京は110%近くで変化は大きいものの、他3県はそこまで大きくありません。

一方で、外来患者数が減少するのは、42道府県で、特に秋田、青森、高知では70%代の減少が予想されます。このような外来医療のニーズが減少する地域では、医療機関としての外来縮小が予想され、外来での採血や検査、スポット利用が想定される健診部門などにも影響がでる可能性が予想されます。

総じて、入院患者数の変化割合と外来患者数の変化割合を比べると、外来患者数の割合の方が約10-20%程度低くなっており、減少割合が大きいことが見て取れます。今後のますます進んでいく人口減少社会においては、外来医療ニーズの変化は大きそうです。

4.臨床検査のメインターゲットは入院か外来か

このように入院医療と外来医療におけるニーズの変化を見てきましたが、そこで気になるのが、「臨床検査のメインターゲットは入院医療なのか外来医療なのか」という事です。

厚生労働省では、レセプト等を基にした診療行為別のデータが公開されておりますが、そのデータベースより臨床検査に関連する指標として臨床検査の「延べ算定回数(回)」と「1日当たり検査点数(点)」を年齢別に確認したのが図表6となります。

図表6「臨床検査のメインターゲット」

延べ算定回数においては、入院と入院外の比較では約14.2倍と入院外が多いことが分かります。また、1日当たり検査点数においては、入院と入院外の比較では約3.1倍と入院外が高いことが分かります。このことから、臨床検査のメインターゲットは外来医療となっていることが示唆されます。

また、捕捉ではありますが、それぞれの指標を年齢別で確認してみると別のおもしろい事実も見えてきます。

延べ算定回数「入院」では、ボリュームゾーンは70歳以降となっていますが、「入院外」では60歳頃から84歳あたりまで「入院」と「入院外」とではズレが生じています。これは80歳以降の高齢者では、外来医療ではなく入院医療、若しくは在宅医療に切り替わるといった別の背景があるのではと考えられます。在宅医療における臨床検査ニーズを如何に掘り起こし、臨床検査技師がコミットしていくかという新たな課題が見え隠れしています。

加えて、1日当たり検査点数においても、点数が高いのは若い世代であり高齢者ではないことも1つのポイントで、高齢者向けの医療が主流となっている現状は薄利多売な部分が見て取れます。

5.臨床検査ニーズは今後大きく〇〇する…

高齢者人口の変化とそれに付随する入院医療と外来医療のニーズ変化、そして臨床検査のメインターゲットは外来医療となっている事実を考慮すると、臨床検査としてのニーズが見えてきます。

今回は、入院患者数及び外来患者数に1日当たり検査点数の2045年・2020年比を掛け合わせることで、2045年にどの程度変化するかをシミュレーションしてみました。

図表7「臨床検査ニーズの今後の推移」

その結果、臨床検査ニーズの増加はわずか4都県で、沖縄、東京、神奈川、愛知でした。東京都でいえば、その割合は108.9%になりますが、もし、この2045年における増加割合がそのまま臨床検査技師の必要性に影響すると仮定したら、現在の東京都の医療機関勤め臨床技師数 約8,264人(2020年)が、2045年は8,999人必要となる計算です。これは、新たに735人の雇用が生まれることを意味し、東京都にますます多くの技師人材が必要となる構図が見て取れます。なお、この計算もとても単純な掛け算で表現しているため、参考程度にみていただくのが良いかもしれませんが、地域によってかなり状況が異なることは、お分かりいただけるのではと思います。

もう一方の、臨床検査ニーズの減少については、43道府県が該当します。特に、秋田、青森、高知、山形では70%代であり、減少割合は大きいです。

このように、今後20年で地域の状況は更に変化していくこととなります。特に臨床検査という分野においては、ニーズ減少による検査室の体制変化が考えられ、常勤職員の非常勤化やブランチラボ化がなども進むことも想定されます。加えて別の視点では、東京一極集中による弊害と地方での技師不足という医師などで現在認められる地域偏在の問題もより顕在化する可能性があります。今後は技師養成の在り方も、地域の現状を見据えて考えていく必要が出てくるのではないかと感じています。

おわりに

今回は、「VUCA時代の医療機関と臨床検査技師」の第1弾として「人口構造の変化①需要を考える」をテーマにまとめてみました。いかがでしたでしょうか。

人口構造の変化は、医療や介護を考える上でベースとなるものです。今後、日本全体はもちろん、地域の人口がどうなるのか、高齢者は?働き世代は?子供たちは?という視点をもって、医療のあり方を考えていくと新たな発見に繋がるかもしれません。

次回は、「人口構造の変化②供給を考える」と題して、つらつらと書いてみようと思います。

それでは今後もよろしくお願いいたします。

今後の投稿予定

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