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セカンドクリエイターというアイデンティティ

セカンドクリエイターとは

先日発売された、キングコング西野さんによる著書、「革命のファンファーレ」の中にセカンドクリエイターという言葉が登場していた。

今の時代、面白い看板があれば写真に撮ってインスタグラムにアップし、政治に意見したければツイッターで呟き、感動したことがあればフェイスブックに書き、日記はブログに書く。

0からデザインする本業クリエイターではなく、1から10に育ててくれるようなユーザーのことを指している。しかも、このセカンドクリエイターの投稿こそが、現代では一番の広告であり伝播力を秘めているといえる。西野さんはセカンドクリエイターを上手に煽り、自身の作品の布教を担う宣教師として自主的に働かせるのが上手な人だなぁと感じた。

クリエイターとしての限界

では私自身はどんなポジションでいたいのかを考えてみた。当初は自分の作品をどんどん作って、どんどん発表することへの意欲に満ちていた。ギャラリーと称したマガジンもnoteの中で発行している。でも、気がついたら最近ものづくりに対する意欲が著しく低下してきている。その理由は単純明快で、貰い手のいない創作物を生み出すことが悲しくなったからだ。西野さんの著書の中では、作品が売れるまでを考えてあげないと「育児放棄」といっった考えが出てくるが、そうはいっても未熟な自分が作ったものを欲しいといってくださる方を見つけるのは骨が折れる。自分にとって創作は感情の排泄であり、カタルシスだから一旦手を止めてしまうと、いろんなものが滞留してしまう。いっそのことものづくりではなく、デジタルでお絵描きの練習をする方にシフトしようかとも考えている。そんなわけで、クリエイターとしてポジショニングすることへの限界を感じたのであった。

セカンドクリエイターという美味しいポジション

しかしながら、上記のセカンドクリエイターという概念が私のクリエイター生命を救出してくれた。ブラックホールに向けてガンガン投球する虚しさはもう終わり。自分が好きなもの・人、応援したいもの・人に向けてする創作活動は継続していきたい。感謝されたいわけでも、届けたいわけでもなく、コミュニケーションがしたい。「へぇ〜そんなの作っているんだね」「それ使い道あるの?」ぐらいの切り返しで十分。でもたまに、「素敵だね!」って言われたら泣くほど嬉しい。なんであれ、コミュニケーションを生む装置を発明することを目的にしていきたいと実感した。そんな私はコミュニケーションに付随する装置を生み出す、なんちゃってクリエイターもしくはセカンドクリエイターとして活動をしていきたいと思っている。

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