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小説 創世記 8章

8章

雨が止んで、塀の周りの水が引いていった時、鳥たちが飛び立っていった。

そしてそれから動物たちが牧場の外に出ていった。
それで完全に水が引いたのだとわかった。

一雄に声がした。
「外に出よ。
 街に行き、人々に食を分け与えよ。
 家を建て直し、住まわせよ。
 動物の衣を着せよ。
 すべては私が与える。私がおまえと共にいる。」

3人が街に降りたった時、言葉を失った。
建物はことごとく壊れ、人々はへとへとに疲れ座り込んでいた。
死体も転がっている。
一雄とイブキは東京の空襲の後の光景を思い出していた。

とにかく、飯を食わせよう。
3人は持ってきた大鍋を木材の上に置いて火をつけた。
そして肉や野菜を惜しみなくそこに放り投げていった。

その匂いに気づき人々が集まってくる。
ただただ来た人にスープを入れて渡していった。
ノアが作った木の器と木のスプーンと共に人々に行き渡ってゆく。
気がつくとそこには100人近くの人が集まっていた。

食べ終わると人々の表情は少しやわらいだ気がした。
空になった大鍋をどかし、周りにあった木材でさらに火を大きくした。
すると人々が近づいてきて暖を取り始めた。
ノアたちは凍えている人たちに動物の毛皮を着せた。
それは一雄に声がした後に3人の元に来た鳥や動物たちだった。

その後、再び牧場に戻り、木と皮で作ったタイコを持って降りてきた。
イブキに叩いてくれと言うとノアはその前に立ち、タイコの音に合わせて英語の歌を歌い始めた。
そして驚いたことに踊り始めた。

短い歌で、それを繰り返し、何度も何度も踊りながら歌った。
一雄もイブキも集まった人々も、目を丸くして見ていたが、歌が10周目に差し掛かった頃には一緒に踊り、あやふやな英語で歌い、笑っていた。
そして大合唱となって、さらに人が集まってきた。

何度も何度も歌って踊って、笑って叫んだ。
そして次第に涙が流れた。
あちこちから鼻をすする音がする。
歌は静まった。

するとノアが大きな牛を一頭連れてきて、そこで殺し、捌き、火で焼き始めた。
血が流れ、香ばしい香りが空に立ち上っていった。

静まりかえる中、ノアは静かな、しかし響く声で人々に語りかけた。
「みなさん、わたしはノアと言います。外国から来ました。
 この山の上で牧場をしています。

 わたしの国では、この世界を造った神様がいると、小さな時から教えられてきました。
 その神は、世界を愛していると、世界を守られているのだと言います。
 そのすることには何か意味があるのだと言います。
 そしてすべてのことは美しく働くのだと言います。

 神は決して生き物すべてを滅ぼすことはしないと約束されました。
 この地が続く限り、種を蒔く時があり、収穫をする時があり、暑い時と寒い時、昼があり夜があると。
 すべてが無くなったわけではありません。すべてが無駄になったわけではありません。
 今、わたしはみなさんの笑顔を見ました。
 みなさんが歌って踊る姿を見ました。
 みなさんの涙を見ました。
 共に食事をし、共に笑い、そして泣きました。

 わたしはみなさんと生きていきたいと思う。
 この地が続く限り、共に種を蒔き、収穫をし、暑い時も寒い時も、昼も夜も、苦しみも喜びも、共にしていきたいと思う。
 わたしのものはみんなのものです。全部分けましょう。
 わたしと共に生きてくれませんか?

 人には罪がある、とわたしの神は言います。
 幼いときから心に湧いてくる悪があると。
 それを人は隠すのだと。
 しかし、今、わたしたちは見せ合ったじゃないですか。
 もうこれ以上隠すものなんてないじゃないですか。
 わたしと友達になりましょう。
 わたしはできる限りのことをみなさんにしたいと思うのです。
 神様は今日この時のために、わたしをこの国に送ったんだと、今わかりました。

 わたしにあなたの足を洗わせてください」

奥の方から一人の男が近づいてきた。
ノアの前にひざまづき、絞り出した声で言った。
「わしはあんたが地震の前に街に来た時、怒って追い返した者や、、、
 ほんまに悪かった。わしのことは見捨ててもええ。でもこれだけ言いたかったんや。。。」

ノアは真っ直ぐに男の目を見て、男を立ち上がらせ、言った。
「大丈夫。大丈夫。謝ってくれてありがとう。さぁ、食べてください」
男はボロボロと泣きながら、肉を食べた。

その後に続き、みんなもノアに近づき、固く握手をして、肉を食べた。
ノアは湯を沸かし、それを持って人々の足を洗って回った。
一雄とイブキも回った。

洗い終わった頃に、一人の女の子が近づいてきた。
「ノアさん、わたしあなたに救われたんです!
 あなたが街に来て伝えてくれたから、わたしたち家族はいち早く逃げることができたんです。
 ほんとにありがとう!
 あなたの足をわたしに洗わせてください。」

彼女はノアの足を丁寧に洗い、そして口づけをしてにっこりと笑った。

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