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小説 詩篇 8篇

8

キャンプにきている。

キャンプと言っても焚き火したりテントをはったりのキャンプじゃなくて、
合宿みたいなやつだ。

聖書研究会みたいな部活は他の大学にもあって、
そのクリスチャンたちが集まってキャンプをする。
面白い文化である。
教会でも話はよく聞いていたけど、なんか苦手そうで行くことはなかった。

「わたしたちの神様」そんな祈りを、
前で自分と同い年の人がしていることが不思議だった。

その中の聖書の話を聞く時間。
初めに司会の人がお話の箇所を音読する。
「それでは、ルカの福音書の、、、」
パラパラとページをめくる音が響く。

「シモン、シモン」

その時、僕の目から涙がダーッと流れた。
手の甲に落ちてから気づいたぐらいに不意にだった。
自分でもなぜ泣いているのかわからない。
「しかし、わたしは、あなたのために、あなたの信仰がなくならないように、祈りました。
 ですから、あなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」

その後の話は何も覚えていない。
ボロボロと泣いて、隣の女の子がハンカチを貸してくれた。
恥ずかしかったけど止まらなかった。

その日の午後は、みんなで山に登った。
ぼーっとしている。
なんの涙だったのか、ずっと考えている。

頂上について驚いた。
あまりの景色の素晴らしさに。
あまりの世界の大きさに。

「主よ。私たちの主よ。
 あなたの御名は全地にわたり、
 なんと力に満ちていることでしょう。
 あなたの栄光は天で讃えられています」

その夜、一人になった時にふと、
小さい頃に、お父さんとお母さんに注目してほしくて、
大きいショッピングモールでわざと迷子になったことを思い出した。

(あの時、がんばってとぼけて、迷子になったことに気づかなかったふりをして、本当はすっごくうれしかったなぁ)
そんなことを心の中でつぶやくと、
そうか、僕は寂しかったんだ、と思った。

ずっと恵まれていると思ってた。
家庭になんの問題もないし、教会にだって真面目に行ってた。
僕は恵まれていると思ってた。でもそれが寂しかったんだ。

そして嬉しかったんだ。
あなたのために、わたしは祈ったんだよってイエス様に言われて、
僕は嬉しかったんだ。

小さい頃の僕が、僕の心の中にいて、
イエス様に甘えていいんだ。
愛されてるって信じていいんだ。って叫んでいた。

ずっと僕の心には冷めた僕がいて、
ずっとブレーキをかけていた。
無駄じゃないか、愚かじゃないか、恥ずかしいんじゃないか、
そんな鎖を心にかけてた。

喜びの泣き声が、そんな鎖を打ち砕いたんだ。

見上げると満天の、本当に満天の星空だった。
初めてこんなにも星を見た。

「あなたの指のわざ、あなたに造られた天、
 あなたが整えられた月や星を見て思う。
 あぁ、人とは何者なのでしょう。
 何者なので、これを心に留められるのですか。
 人の子とは何者なので、これをじっと見つめてくれるのですか」

本当に僕は、神様に愛されてたんだ。
愛してたのは、神様の方だ。

その夜、何人かのグループで聖書を読んで話し合う時間があった。
創世記の2章を読んだ。
神は人を神の形に似せて造られたという。
神と共に働き、この地を管理する仕事を与えたという。
万物を、羊も牛も野の獣も空の鳥も海の魚もすべてを人に任せたという。

人とは何者なんだろう。
こんなに弱いのに、
こんなに愚かなのに、
こんなにバカなのに、
何者なので、神様は心に留めてくれるんだろう。

僕にはないと思ってた。
僕には傷もないし、神様から何かされることもないと思ってた。
僕は迷子にならないから、
神様は僕じゃない誰かのところに探しに行って、
僕のところには来てくれないんだと思ってた。

そうか、僕のところにも来てくれるんだ。

それなら、あなたは、
あなたの御名は全地にわたり、
なんと力に満ちていることだろう。

主よ。わたしたちの主よ。

本当に星が綺麗で、ずっとずっと見ていた。

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