転職1年目の僕から、就職1年目の君へ

noteで募集中のテーマに「#社会人1年目の私へ」というのがあった。でもまだ道半ばもいいところだし、なんならいまの僕自身が今年1月に転職したての社会人(2度目の)1年生だ。だから社会人1年目の君に、先輩面して言うことなんてない。でも、そうだな、およそ20年前の君に、同輩として聞いてもらいたい四方山話ならある。いまこっちじゃ、終身雇用の神話が終わろうとしてるんだぜ、って話だ。

終身雇用が終わろうとしている

2019年の4月、経団連会長なんて偉い人が「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです」と公言したんだ。しかもその翌月にはトヨタの社長も、日本自動車工業会会長としての立場で「なかなか終身雇用を守っていくというのは難しい局面に入ってきた」と発言した。本当だよ?

でもね、君が勘違いしている(つまり僕が20年ぐらい前に勘違いしていた)のは知っているけど、終身雇用なんてとっくに終わっている。幻想だったんだ。だってね、僕たちの社会人人生の長さより、企業寿命ってやつは短いんだから。

終身雇用って言葉は、1950年頃の好景気の中で生まれた言葉らしい。Wikipediaにはこう書いてある(Wikipediaなんてまだなかったっけ、じゃあ網羅性が高くて信頼性はそこそこの辞典サイトだと思って聞いてくれ)。

ジェイムズ・アベグレンは、 1958年の著書で日本の雇用慣行を「lifetime commitment」と名付けたが、 日本語訳版で「終身の関係」と訳され、 これから終身雇用制と呼ばれるようになった、とされている。 アベグレンは、年功序列、企業別労働組合とともに日本的経営の特徴であるとした。なお、アベグレンの原文は "permanent employment system" であり、「終身雇用」と和訳されたともいう。1959年、日経連労務管理研究会は『定年制度の研究』を出版し、そのなかで「終身雇用こそ日米の企業活動を分かつ決定的な相異点」であるとした。(終身雇用 - Wikipedia

当時は好景気だったし、一方で平均寿命は60歳そこそこだった。1980年頃は55歳定年制度が普通だったし、1985年の法改正でもやっと60歳定年が努力義務になったぐらいだった。終身雇用って、実態は30年程度の長期雇用でしかなかったんだよ。それぐらいだったら、まあ実現可能だろう。

でもこちらではいま「人生100年時代」と言われてる。まもなく70歳定年が努力義務化されそうだし、生涯現役とか定年廃止なんて考え方もなんかこう、少なくとも変なことじゃなくなってきてる。70歳までなら45年、100歳までなら75年間雇用だ。でもさ、そもそも雇う企業の方が、そんなに長続きすると思うかい?

僕らの寿命と企業の寿命

人生100年時代ってのは「2007年に日本で生まれた子供の半数が107歳より長く生きると推計」されたことから言い出されたことだ。もうちょっと早く生まれた僕たちだって、平均寿命は80歳を超えているらしい。終身雇用が誕生した1950年代の60歳前後からしたら、ずいぶんと伸びたものだよね。

でも企業の寿命は、そうはならなかったんだ。むしろ逆だった。1955年頃、米国企業の平均寿命は75年あったけど、2015年には15年にまで短くなったらしい。日本では、日経ビジネスが1983年に「会社寿命は30年」と唱えたけど、同誌は2013年には「現在の会社寿命は18年」と報じたんだ。

1950年代、30年の平均寿命だった企業が30年の雇用期間を「守ってみせる」というのは、そこそこ現実味があったと思う。でもいまや18年しか平均寿命がない企業が、45年とか75年の雇用期間を守るなんて、できるはずがないよね。100年時代の終身雇用、100年雇用は100年続く企業じゃないとそもそも成立しない。日本は実は企業寿命も長寿の国と言われるけど、それでも創業100年の老舗企業は約3万3千社で、総数385万社の1%に満たない。

僕たちの寿命が延びていく中で、終身雇用は成立当初のそれとは全く別物の「100年雇用」になっちゃったんだ。変わったのは企業や日本の経済環境より、終身雇用の意味の方だ。そのために、終身雇用なんて社会のほんの1%でしか成立の可能性もないものになっちゃった。言っておくけど、乖離が激しくなって誰の目にも明らかになったっていうだけで、20年前の君の頃だってそこに乖離はあったはずなんだよ。

役に立つのは「当たり前の力」

君はいまソフトウェア会社に就職したところで、その後100年企業である親会社に転籍し、でも不惑を超えてから初めての転職をする。まあ君が過去の僕ではなく、20年遅れて進むパラレルワールドの僕だとしたら、別の道を歩むかもしれない。でも終身雇用崩壊はもう静かに始まっていたはずだから、避けられないだろう。だから、もしかしたら転職してどんなスキルが役に立っているか、という話ぐらいは、してあげられるかもしれない。

よく中途採用は即戦力採用だなんて言われるけど、僕は半年たってまだ新人が学ぶような技術を学んでいるところだ。僕の場合はテックなスキル、つまり専門知識・専門技術を学んでいる。でもそれが身についていたとしても、その企業なりの仕事の仕方とか強みとかを学ぶ期間は必要になる。企業内特殊熟練というやつだ。君はそろそろ「ザ・ゴール」を読むはずだから、「その企業なりの仕事の仕方」というのも、時に差別化や強みの源泉であることはわかるだろう。

そんな状況でも、最低限「人手」として役に立ってる、最小限でも成果を上げているから、なんとなく僕はまだ学習に時間を割くのが許されている気がする。あるいは、それほど引け目を覚えずに済んでる。それを可能にしてくれてるのは、専門技術でも企業内特殊熟練でもない、例えば「言われたことを言われた通りにできる」といった、言ってみれば「当たり前の力」だと思う。

「言われたことを言われた通りにできる」というのは、気づいてみると結構難しいことなんだ。観察していて気付いたけど、まず作業を振られたときに、指示を一言一句そのままメモしないといけない。まだある。それをそのまま読み上げて、指示者に確認してもらうこと。そしてメモに「何が」「いつまでに」「どうなってれば」いいのか、明確に含まれているか確認する。それを抜き出して、また指示者に君の思った通りで正しいか、確認する。

初めての作業では、途中で何がゴールか正確にわからないことに気づくことが多い。だって初めてのことだから、明確に「作業後」の状態をイメージできないまま指示を聞いてるからね。だけど、前職ではメモを取らずにこなせるとこまで成長した人は、その成功体験が邪魔してメモを愚直に取るなんてできなかったりする。あるいはダイバーシティの世の中で、メモを取る習慣のない文化圏からきてたりする。

そして、ゴールを見失ったり間違えたまま、作業終了時間を迎えちゃう。そうして最低限「人手」としてでも周りの役に立てないと、引け目を覚えるし、周りからも期待してもらえなくなる。

学びなおしのできる100年人材

どうだろう、君はきちんとメモを取ってるかい?僕はそういうことを、新人研修で教えられたし、配属後も職場のOJTで叩き込まれた。ちなみにいまだに大企業とか老舗企業って、そういうものだ。そういうことを教える企業だから成長するとか言う気はなくて、たぶん逆、次のような説が理由かなと僕は思っている。

ダンバーは、平均的な人間の脳の大きさを計算し、霊長類の結果から推定する事によって、人間が円滑に安定して維持できる関係は150人程度であると提案した。[...]ダンバー数を超えると、大抵の場合で、グループの団結と安定を維持するためには、より拘束性のある規則や法規や強制的なノルマが必要になると考えられている。ダンバー数については、150という値がよく用いられるが、100から250の間であろうと考えられている。(ダンバー数 - Wikipedia

つまり100人を超えるような企業では、同僚をいつでも替えの利く部品のように扱うか、でなければ「ほう・れん・そう」みたいな仕組みを作ってみんなで実行しないと回らないんだ。だからそういうことを教え込むのだけど、その中身はわりとどこの企業でも同じ方法を使っていて、つぶしの利くスキルになってる。

僕がそう言ってるだけじゃない。例えば厚労省の「“ポータブルスキル”活用研修」資料では、人材を測るモノサシを次のように示している。社外でも通用する能力=ポータブルスキルを「専門知識・専門技術」と「仕事の仕方・人との関わり方」に分けているけど、この後者が僕の言う「当たり前の力」の部分だ。「適応可能性」の方は、ポータブルじゃないその会社独自のスキル、つまり企業内特殊熟練(さっき話に出したよね)を入社後にどれだけ早く身につけられるかという習得力と言える。

転職したての時って、企業内特殊熟練のところはゼロから始まるし、専門技術や知識だって、前職とは「大体重なってるけど新しいものも要る」ぐらいになることが多いだろう。学びなおしの期間が要るし、その時間を稼ぐのにまず頼れるのは「当たり前の力」の部分だと思うんだ。たぶん、転職してやっていける人というのは、学びなおせる人、そして学びなおしの時間を作れる人のことなんじゃないかな。それは100歳時代に生涯現役でいられる、100年人材ということだ。

100年雇用より100年人材を目指してほしい

大企業だって次の100年を生き延びられる可能性はそんなにないから、大企業に終身雇用を期待するなんてことは、たぶん空しい。でも大企業はその人数規模で組織を回していくために、従業員に「当たり前の力」を身につけさせてて、それは100年人材を育てているということだと思う。もちろん、中小企業でもやっているところはやっているし、そういうことを知っていれば自分でだって身につけられる。

だから君は、専門知識や技術だけじゃなく、そういう当たり前のことに見える力も軽視せずに身につけていってほしい。そしていくつになっても学びなおしができる100年人材になることを勧めたい。そういえばこの文章を日本の大自動車メーカーであるトヨタ社長の話から始めたけど、米国の大自動車メーカーであるフォードの創始者がこんな言葉を残している。

20歳だろうが80歳だろうが、とにかく学ぶことをやめてしまった者は老人である。(ヘンリー・フォード)

君もいずれ突入する「人生100年時代」に生涯現役であるということは、つまり100歳まで若くあること、学ぶことをやめない者であることだ。それを働き方にあてはめれば、学びをやめても食べていける100年雇用を得ることより、学びなおしを続けられる100年人材であることのを目指すことなんじゃないかな。そう思って、僕はいまチャレンジを始めたところだよ。

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塚本 牧生

クラウドノオト ―― クラウドコンピューティングの話、ときどきソーシャルメディアとnoteの話、ところにより四方山話。

雑記帳

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