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岩手移住1年目の私がめざす、伝えること、つながること。

あまのさくやさんは絵はんこ作家。2011年1月から活動を始め、今年で10年目です。ずっと「好きなことに専念してきた」とにこやかに話されます。ご縁があり訪れた岩手県紫波町。人と暮らしに魅せられて、2021年3月、東京都中野区から移住し、4月には地域おこし協力隊に就任しました。絵はんこ作家と地域おこし協力隊。兼業フリーランス作家として、紫波町で活動するあまのさんにお話をうかがいました。

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「絵はんこ」とは消しゴムなどでつくる、小さな版画のこと。

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不定期ながら、約7年間、続けている絵はんこ日記。

絵はんこで彫り上げる
私でなければ描けない線

あまのさんが「絵はんこ」に初めて作ったのは2008年でした。
雑誌「広告批評」で憧れた、インターネット広告業界に新卒で入社した年です。広告とは商品の魅力を他人に伝える仕事。ときに自分の趣味嗜好から離れ、自分をなくして取り組まなくてはなりません。就業時間も長く、終電で帰るとご飯を食べ、お風呂に入って寝るだけの毎日。
望んで進んだ道でしたが、精神的にも、肉体的にも、仕事に縛られることは、想定した以上に苦しい状況でした。
当時「消しゴムはんこ」は雑貨として注目され、書店には関連書籍が並んでいました。調べると、学校で使った彫刻刀など家にある道具で制作でき、写真の上にトレーシングペーパーを重ねてなぞるだけで図案にできる、と書いてあります。
初めての作品は、うねる波と小舟のはんこ。読んでいたヘミングウェイの「老人と海」をモチーフにしました。
思い通りにはできませんでした。けれど、鉛筆とは違う、自分で作った手応えのある線が気に入ったといいます。
以来、時間を見つけては制作に取り組みました。
それでも「はんこは趣味。作家になろうとは思ってもみませんでした」。

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迷いのない動きで彫り進む。

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はんこの印面。削られた勢いが感じられます。

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上写真のはんこを押した絵はんこ日記。

傷心の旅行で気付かされた
絵はんこ作家という生き方

退職を選んだ2010年9月。過労で体調が悪くなり始めていました。
疲れ切った心身を癒すため、翌月から旅行へ出ます。石川県では輪島塗、佐賀県では有田焼など各地の伝統工芸品に触れていると、体調も次第に整いました。
就活を始めますが思うように進まず、出掛けた香川県高松市。滞在中に通ったバーで、マスターに祖母の似顔絵はんこを見せる機会がありました。
とても褒めてくれたといいます。
「できることをやってみたらいいよ」というマスターの言葉に「絵はんこを仕事にできるのかもしれないと気付きました」。
背中を押されて東京に戻ると、2011年1月に消しゴムはんこ工房「さくはんじょ」を立ち上げます。
伯母の開設する就労支援施設で週に3~4日働きながら、週末は手づくり市で作品販売を行いました。
販売といっても出来合いのものを売るのではなく、その場でリクエストを受け、1時間で彫るという実演販売。多い時には1日に6~7個ほどの注文を受けました。

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2011年、東京都豊島区の「手創り市」にて、実演中。

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スマホに映した画像から、図案をトレース。
一から描き起こさなくていい手軽さが、はんこの始めやすさでもある。

「何もできない」ではいけない
やれることを探して、得た自信

活動を始めた矢先、東日本大震災に見舞われます。
施設での仕事が休みになり、手づくり市も中止になるなど、やっと幕が上がった自分の人生が、急に暗転したような気持ちになりました。
毎日ニュースで流れる被災地の状況。同じ日本人でありながら遠く東京にいる自分の無力感、焦燥感の中、見つけたのが「DJせいこう」のツイッターアカウントでした。
ツイートの内容は、被災地で音楽を聴けない方々に向け、曲名の後に「どうぞ」と書かれた140字のMC。
いとうせいこうさんは、やれることを探し出してやっている。
このツイッターに感銘を受け、せいこうさんの似顔絵はんこを彫って送りました。すると、いつの間にかアイコンになっていたといいます。
無我夢中で彫った作品が採用され「始めたばかりの活動が認められたようで、自信につながりました」。
しばらくして再開した手づくり市に参加するうちに、ワークショップや個展の誘いが増えました。
作品はネット販売の他、ロフトなどの催事に出品。仕事も、書籍や連載記事の挿し絵、少女雑誌の消しゴムはんこコーナーを担当するなど、現在も活動の場を広げています。

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2019年、東京都渋谷区の「gallery and shop 山小屋」での個展。

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個展のテーマは「小書店」。
はんこの他に、チェコすごろくやしおり、冊子なども販売。

彫ったら二度と元に戻せない
だから一つひとつが愛おしい

あまのさんの作品の多くは「消しゴムはんこ」。
はんこ用の消しゴムを彫って作る一点ものです。
ザクザクと彫られ、山脈のように隆起した印面が、制作の息遣いを残します。木製の持ち手は、角がなくなめらか肌触り。手の中でずっと撫でていたくなるような作品です。
制作に使う道具は、大小の三角刀とデザインカッター、カッターナイフなど。10年以上使っているものもあり、手に馴染んだ愛用品です。
木版画では彫刻刀だけでも切り出し刀、平刀、三角刀、丸刀などがあり、刃を変えて線に変化を加えます。比べて、あまのさんの道具が少ない理由は「素材が柔らかいから」。道具ではなく「力加減を変えるだけで、線に違った表情を与えられます」。
制作で難しいところも「簡単に削れてしまうところ」です。
ワークショップで教えるときは、コツとして「80%彫れたら、一度押してみてください」と声を掛けます。人によっては、120%も彫ってから失敗に気付くことがあるからです。
「はんこは引き算の連続。削ってしまうと、元に戻すことはできません」
作家として順調にキャリアを積んでいましたが、新型コロナウィルス感染症の感染拡大から、思うように活動できなくなりました。

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愛用の道具。ブリキのカンペンに入っている。

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大きさの違う三角刀とデザインカッター。

地域おこし協力隊
都会から地方への移住を促し、定住を図る制度。協力隊になるには、通常、ホームページに掲載される自治体の募集情報から選んで応募し、採用される必要があります。
紫波町では企画提案型の採用方法。応募者自身が自分の経験やスキルが生かせる企画を考え、提案します。
現在、紫波町では新たな地域おこし協力隊を募集中です。
https://shiwa-town-innovators.com/

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紫波町図書館のPR用の写真を撮るあまのさん。
「紫波町図書館は、人とのつながりを大事にしていると感じます」。

元同僚との縁に導かれて
紫波町地域おこし協力隊

感染者の多い東京では個展やワークショップなどのイベントは自粛となり、あまのさんは収入源であり、人と触れ合うための大切な場所を失ってしまいました。
身の振り方に悩んでいたとき、広告代理店時代の同僚から連絡が入ります。
「あまり連絡は取っていませんでした。SNSで作品を見てくれたようです」
元同僚は紫波町役場に勤務、提案資料のイラストを依頼してくれました。
このご縁で、創業したい若者向けにワークショップと講演も依頼されます。
初めて紫波町を訪れたのは2020年12月。実際に会って話をすると、元同僚や役場職員の方が町づくりにとても熱心なのが印象的でした。
講演後に「地域おこし協力隊」への参加を誘われます。
町づくりに参加できると思うと「自分でも驚くほどうれしかったです」。加えて、コロナ蔓延以来の悩みであった経済と閉塞感が、協力隊への参加で解消できるとも考えました。
2021年1月に面接し、協力隊として採用されます。
あまのさんの仕事は、町図書館のSNS更新やイベントの企画開催など町内の広報活動。
面接では「町内の出来事、人同士の関わり、郷土文化など、そこに息づく物語を取材し、言語化、時にはイラストやはんこで表現して発表する。今までの経験や技術を組み合わせたような仕事」を提案しました。

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紫波町図書館の企画展。
町の方々の声を聞き情報を集め、毎回丁寧に作られる。

紫波町に支えられながら
「好き」を役立てる活動

「紫波町の人たちや暮らしが好きだから、仕事は楽しいし、全力で取り組めます」
縄文時代の舟久保洞窟や平安時代から続く志和稲荷神社など、長い歴史を有する紫波町。基幹産業の農業では果樹の栽培が盛んで、リンゴ、ブドウなど総合果樹産地として県内一の生産量を誇ります。南部杜氏の発祥の地として4軒の蔵元、ワイナリーやサイダリーもあり、地酒製造にも熱心です。
「魅力は十分過ぎるほどあります。あとはどう発信するか、です」
現在は「ふるさとCM大賞」に出品するCMを制作しているあまのさん。移住して以来、平日は協力隊として、休日は絵はんこ作家、エッセイストとして充実した毎日を過ごしています。
「ここで活動できることをありがたく思っています」
町と自分をつないでくれた元同僚や、仲間に誘ってくれた職員の方々への深い感謝は言葉の端々に上ります。
あまのさんにとって、紫波町は「自分らしくいられる」という特別な魅力を持つ街。10年間続けてきた創作活動と今年から取り組む町づくりとが結び付いています。
「紫波町の暮らしをイラストや言葉で伝えるのが、私のミッション。まだ表には見えない活動も多くあります」
「熱意があれば、自分の『好き』や『やりたい』に寄り添ってくれる」紫波町での暮らしが、絵はんこ作家として、人として、自分の将来の大きな糧になると信じています。

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あまのさくや
1985年5月5日、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。
2011年1月、消しゴムはんこ工房「さくはんじょ」を立ち上げる。
2019年、エッセイ「時をかける父と、母と」がnoteコミックエッセイ大賞準グランプリ受賞。cakesにて連載開始。チェコ親善アンバサダーに選出。
2021年3月、岩手県紫波町へ移住。
現在は、絵はんこ作家、エッセイスト、地域おこし協力隊として活動中。
Web:
http://www.amanosakuya.com/sakuhanjyo/

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手づくりの上製本。表紙の模様は自作のはんこを重ねて。
チェコの首都プラハの風景に短い文章も添えられている。

編集後記
noteの投稿を発見し、知ったあまのさん。
素敵なはんこ作品の数々を拝見し、読み進めると紫波町の協力隊でいらっしゃることがわかり、取材を依頼しました。
取材場所はオガール広場でした。青空を背景に、近くのカフェで購入したメロンソーダの写真を撮る姿に、広報をされる方のフットワークの軽さを感じ、私もそうであらねば、と思いました。
                        取材・撮影/前澤梨奈

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