発掘された昔の文章その2

「ギムレットにはまだ早すぎるね」と、テリーは言った。違う、遅すぎるのだ。マーロウはすでに長いさよならをいい終わっていた。足と腕っ節で稼ぐ探偵フィリップ・マーロウは、ギムレットに一家言ある友だちテリーの妻殺しと死の真相に、別件から巻き込まれた事件を通して迫っていく。長く効率に欠ける捜査と暴力の日々を、マーロウは淡々と、ときに儀式的にこなしていく。ここで、思考や内面によらず行動の描写によって展開するハードボイルド・ミステリという形式は、さよならをいうための葬送の式次第となる。事件の真相にたどり着き、テリーとの別れを済ませたマーロウのもとを、顔を変えたテリーが訪れる。しかしマーロウにとってのテリーはすでに永遠に彼のもとを去っていて、再会は宙に浮いたまま、ギムレットはもう飲まれない。ひとりになったマーロウは、警官にさよならをいう方法も、ほんとのお別れをいってしまった友だちともう一度酒を飲む方法も、まだ見つけられないでいる。

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