cs no.003 ひと刷毛

 小説の登場人物たちは、どんな行動も、戸惑いや決意さえも、物語に支配されている。内容がハッピーであろうとなかろうと、すべて運命に織り込み済みだと知っていて彼らを眺める僕たちは、残酷な楽しみを持った人間だ。

 しかしあるとき、自由意志があるはずの自分も実際には、“現実”の磁場によって人生の大部分を操作されているのだと気づく。そんなときに僕たち、被操作者にできることは、アンクがしたこととほとんど同じだ。

おれが首をまわしてなにかを見ようとするたびに痛みがやってきたが、いつもおれはがんばって、とにかく首をまわしつづけた。そうすれば、おれの見てはならないはずのものが見えることを知っていたからだ。

 僕たちの抵抗は、痛みを通じて、自分の運命の輪郭を探ることから始まる。その結果、運命のかたちを変えるだけの力が僕たちになかったとしても、色を上塗りすることはできるはずだ。

 そのひと刷毛をたぶん、意志と呼ぶ。

――カート・ヴォネガット『タイタンの妖女』について

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