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「おまじない」


僕と彼女は大学の図書館で偶然出会った
西側の窓からは穏やかな陽の光が差し込んでいた
ふっと微笑んだ彼女に引き込まれてしまった

二つ下の学年の彼女。
特別美人ではないけど、華奢で色が白い。天然水のCMに出れそうなピュアなルックス。彼女といると、ゴタゴタとした社会から切り離された特別な世界にいるようだ。

春に歓迎され、夏を満喫し、秋を味わい、冬に包まれて、風のように2年を過ごした。

僕はこの郊外にある大学から車で2時間ほどの地方都市での就職を決めていた。
彼女はまだ大学で2年過ごさないといけない。今までのようには一緒にいられなくなる。それでも会えない距離ではない。彼女は僕の就職について多く語らなかった。

卒業論文も仕上げに近い頃。
僕たちは出会った図書館にいた。
僕は参考にする文献を探しに席を立った。
少し歩きかけて、彼女が何か言ったような気がして振り返った。
彼女は、出会った時のようにふっと微笑んだ。やっぱりこの微笑みには引き込まれてしまう。僕も笑い返して、また文献を探しに戻った。

そして2週間後、僕が卒業論文を提出した日のことだった。
就職する予定の会社から電話が入った。この郊外の街にある子会社が僕の配属先になる、という内容だった。
子会社からのスタートは少なからず僕を不安にさせた。僕は彼女にそのニュースを電話で伝えた。彼女は静かに聞いていた。
そして次の日、卒業論文提出のお祝いと称して、手作りのカップケーキを作ってきてくれた。校内のテラスでカップケーキを食べた。なんだか懐かしいような味だった。少し元気をもらえた気がした。
内定が取り消されたわけではないのだから、気を取り直そう。
彼女はふっと微笑んだ。

その後、いつもの図書館で、彼女が英文のレポートを書き終えると、僕は彼女を駅まで送った。
「それじゃあ!」軽く手を振って、元来た方へ歩いて帰ろうとした。
え?
「トリート…」
僕は振り返った。また彼女が何か言ったように思えたからだ。いや、たしかに何か唱えていた。
「トリート ヒズディ…」
うつむき加減の彼女は僕が振り返った事に気がつかず続けた。
「…スティニー」

「な、何?」
ディスティニー
Destiny?運命…?
「ど、どうしたの?」
恐る恐る声をかけた。
彼女は顔を上げて
「英文の復習よ」と言った。
彼女から、僅かにシナモンのほろ甘くほろ苦い香りが漂った。
そして、僕の顔を見てふっと微笑んだ。

   word by Tsukushi 🍀


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