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Rainbow㉕

渇望②

 選考合宿は、佳境を迎えていた。第二ステージからは、「ダンス」「アクト」「コーラス」に分かれて審査が行われた。現在は第三ステージに入り、合宿は五日目の終わりを迎えていた。
 ダンスでは、宏太が頭角を現し、注目を浴びていた。その下には、百合や琴美が必死にもがいて練習や試験を通過していた。
 アクトやコーラスにも、子ども劇団のメンバーが名を連ねた。琴美は、劇団のメンバーから再結成を求められるようになり、内心それを嬉しく思った。だが、「真里落選」のショックが大きく、未だにエリーシャの判断に納得できていなかった。琴美は再度真里を合宿に呼び戻すように直談判しようと意を決して、エリーシャの休む部屋の前に立った。すると、先客がいるらしく、ドアから話し声が聞こえてきた。琴美はすぐにその声の主が百合だと分かった。琴美よりも先に百合が直談判に来ていたのだ。
 「どうして私を落とさないんですか?私は真里先輩やみんなにバレエ経験者だってことを黙って試験を受けました。本当なら、始めに分けたカテゴリーで私はバレエ経験者のところを選んで、そこのメンバーのうちの一人と踊らなければならなかったはずです。私は、ルールを破って試験に臨みました!真里先輩に本当のことを言って、もう一度呼び戻してください!」百合の声は少し震えていた。
 「あなたの嘘は、練習の時から知っていたわ。未経験者がやらない予備動作をしてたしね。ジャンプにしてもピケやピルエットにしても、その前の予備動作で技の完成度が決まる。そんなのは常識よ。私が知らないとでも思ったの?」エリーシャは、椅子に座ったまま前に立っている百合と話をしている。
 「分かっているのなら尚更、真里先輩の凄さを理解しているはずですよね?なぜ、真里先輩を除外するようなことをするんですか?」百合は語気を荒げた。
 「キーキー、キーキーと猿みたいにうるさいわね。いいわ、一つだけ教えてあげる。そのあとは、あなたたちでどうにかしなさい」
 「あなたたち?」エリーシャは、ドアを開けるように百合に合図を送った。百合が指示されるままにドアを開けると、そこには聞き耳を立てる琴美がいて、百合と琴美はお互いに驚いた。
 「先輩!びっくりさせないでくださいよ。何してるんですか?」百合が胸に手を当て、ホッと一息ついた。
 「ごめん、聞く気はなかった。……は、嘘だけど。本当は、真里をもう一度この合宿に戻してもらいたくて。そしたら、先に百合がその話をしてたから。つい、聞き耳を立てちゃった」琴美は顔の前で両手を合わせて、百合を見た。
 「似た者同士ね、あなたたち。……もう時間よ。一回だけしか言わないからよく聞きなさい。……『真里がここにいては手が余る』それだけ言えば理解できるでしょ。さ、早く部屋から出ていきなさい。邪魔よ邪魔」エリーシャは、二人を追い払うように部屋から出し、ドアを勢いよく閉めた。
 「もう!せっかちでわがままな人ね」琴美と百合は、顔を見合って笑った。二人は、翌日にでも劇団のメンバーを集めて真里をショーに出られるよう策を練ることにした。
 琴美は帰り際に、エリーシャの部屋のドアの方を見た。先程のエリーシャの様子に違和感を感じていたからだ。しかし、それも杞憂だと思い自分の部屋へと足を向けた。

 暗闇を掻き分け差し込む月の光が、床を照らしている。そこに散乱している錠剤や横たわるペットボトルの口から流れ出る水が、床に小川を築くかのように入り口の方を目指して進んでいく。その途中には細い指があり、流れを二つに分けるかのように、動かない。
 エリーシャは、床を這いながら口元に転がる錠剤を何とか口に入れて飲み込んだ。次第に遠退く意識の中で、「今宵の寝床は、公園のベンチよりはマシな方ね」と思うのであった。
 脳裏に浮かんだのは、豪華絢爛で歓声が注がれる舞台の上に立つエリーシャ。それを朋樹は、羨ましいのか誇らしいのか、どちらとも判別できない心持ちで観客席の後ろから見ている姿だった。

 ふいに、過去の親しい友人から言われた言葉が聞こえてきた。「私ね、姐さんみたいに、ジャズのように生き、ブルースのように語られる人生を夢見てた。……姐さんは、私の誇りよ。ありがとう」彼女は、死の床でエリーシャにそう言って十年前に息を引き取った。
「そんなに、かっこよく生きられる訳ないじゃない。……今も床に這いつくばって何とか生きてるのよ。私も直にそっちへ行くわ。でも、今じゃないの。今ではないのよ。……」エリーシャは月の光にそう嘆き、そのまま深い眠りに落ちた。
(つづく)

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