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ほねほねザウルス

「がんばったら〇〇」
目の前のニンジンは人間を動かす原動力になる。

子供はいろいろなことにすぐ興味を持ち、いろいろなものをすぐに欲しがるもの。しかしわが息子は、なぜが物欲が少ない。もっと小さいころからずっとそう。すでに満たされているからとかそういうことでは恐らくなく、どうしてもこれが欲しい!という強い意思をあまり見せたことがない。

ある日息子に「ほねほねザウルスが欲しい」と言われた。どうしても欲しいと言われた。

なんだそれは。名前に漂う昭和感。超合金のロボットか何かか。調べてみると、恐竜をテーマにした、組みかえ自由のプラスチック製のおもちゃだった。値段はだいたい数百円で、かなりの人気があるらしい。

ほねほねザウルス

珍しく具体的に自分から欲しいものを指定してきたし、数百円だし、まあ理由もなく買ってあげてもいいかなと思ったが、「がんばったら〇〇」を使えば勉強とか他の何かをがんばってくれるのではないかと考えた。

よし。じゃあ、ほねほねザウルスは何かのごほうびにしよう。どうする?
「えー、たとえばどんなこと?」
学校のテストでも、なんでもいいよ。自分で目標を立てて、それに向かってがんばって、そして達成してほねほねザウルスを手に入れたらすごく気持ちがいいと思うよ。
「よーし、じゃあ、次の漢字50問テストで100点とる!」
しばらく考えたあとに息子が言った。

これまた息子にしては大変珍しく、具体的でかつ目標が高い。かなり高い。なぜ自らそんなに高い目標を。君の目指す点は果てしなく高い。だのになぜ。

テスト前の数日は、息子にしてはこれまた超珍しく、自ら机に向かって漢字テストに向けた勉強をしていた。一日だいたい5分ぐらい(たったの!)。

聞くと、漢字50問テストは定期的に実施されているテストで、90点以上で合格、90点未満は合格するまで再テストというルールがあるらしい。なかなか厳しい。

さて、テストの結果が返ってくる「はずの」日、連絡帳や学校からのお便りなど、帰宅した息子に渡されたものの中に漢字50問テストがない。

あれ?漢字50問テストは今日返ってくるんじゃなかったっけ?
「えーとね、なんかね、丸つけが終わってないから明日だって言ってたよ」

親には親のネットワークがある。特に自分は少年野球コーチのネットワークがあるので、他の子供たちがテスト結果を持って返ってきていることを知っている。うちの子は〇点だったとか、あそこの子はどうだったとか、そういうことを言いたい親はどこにでもいるのだ。私はいつも参加しないけど。

まあでも、合格できず再テストになってしまったことを言いたくないのだなと気持ちを汲み、そっか、じゃあ明日だね。とその場を終わらせた。

翌日。またも漢字50問テストが返ってこない。
「よ、よくわからないけど明日だって」と。
よくわからないってなんだよ。まあいい。待とう。

そしてその翌日も返ってこない。大丈夫か。100点どころか、合格できずに再テストを受け続ける息子。そして再テストを受けていることを必死に隠している。具体的に高い目標を立てたところまでは素晴らしいけど、なんだかかわいそうになってきた。

数日後。ついに漢字50問テストが返ってきた。結果は94点。100点ではないけど、ようやく90点を超えた。よくがんばったと思う。合格おめでとう!と褒めたら、息子が急に泣き始めた。
「がんばったのに。100点取れると思ったのに。ほねほねザウルス欲しかったのに…」

テスト結果を見て泣くなんて、これまたものすごく珍しい。のび太的な点数を何度も見てきたが、いつも無関心だったのに。
息子の成長を目の当たりにし、心を動かされた。一瞬、がんばったで賞的なやつでほねほねザウルスを買ってあげようかと思ったがやはりそれは教育上よくないので、コンビニでお菓子を買ってあげることになった。こうしてわが家の「漢字50問テストほねほねザウルスチャレンジ」は終わった。

後日、学校の先生と話す機会があった。

「息子くん、先日の漢字50問テストではすごくがんばっていましたね。お父さんからも褒めてあげてくださいね」
はい、なかなか合格できず、何度も受けていたみたいですね。お手数かけてすみません。
「え?聞いてないんですか?」
え?何をですか?
「一回目から合格してましたよ。でも、絶対に100点取るんだ!って言って、不合格の子たちと一緒に何度も再テストを受けてたんですよ。受けなくていいって言ってるのに」
え?何ですかそれ。聞いてません。。
「どうしても100点が取れなくて。最後にクラス全員が合格したので、これで終わりですって伝えたらとても悲しそうでした」

後日、息子からテスト結果をまとめて渡された。98点、98点、96点、94点。だんだんと点数が下がっていくのが息子らしい。見ると、毎回違う漢字を間違えている。ひとつ覚えるとふたつ忘れちゃうタイプのようだ。

あの日以来、息子からほねほねザウルスの名前が出ることはなくなった。何かを欲しいと言わない、物欲の少ない子供に戻ってしまった。あの執念はどこかに消えてしまった。テストの点数ものび太的なアレに戻ってしまった。もしかしたら「がんばったら〇〇」がトラウマになってしまったかもしれない。今後どこかでほねほねザウルスを見るたび、胸を痛めるのかもしれない。親のニンジンぶら下げ作戦が結局彼を傷つけてしまったかもしれない。

しかし息子の大きな成長があったのは事実。壁にぶつかって心が折れたかもしれないけど、いい経験をしたと思う。また違う機会にチャレンジして、ぜひほねほねザウルスを手に入れてほしい。

そういえば、息子の誕生日が迫ってきている。もしかしてこれはほねほねチャンス!? 欲しいものを聞けるチャンス!? ほねほねザウルスの提案チャンス!? よし、今晩一緒に湯船につかりながらでも聞いてみよう。

もはや今、ほねほねザウルスを買いたいのは私だ。なんだこれは。

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