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楽しいお墓

死んだと思っていたお前がふらっと訪ねてきて
またいっしょに暮らそうよって言う
普段飲まないワインを開け
二つっきりのワイングラスにそそぐ
ノーロック シガフタリヲワカツマデ
太陽は随分傾いたけどまだそこにいて
西日を部屋に浴びせている
きっと明日もそうなんだ
ノーロック ザナース

寒い国の外れの町では誰もが彫刻家で
家族の墓を彫っている
愛するものが少しでも安らかでありますようにと
さびしくないようにと
おのおの意匠をこらしている
オウムが林檎にとまっていたり
蒸気船が煙を吐いていたり
夏になれば花も彩り
美しい空と森のたのしいお墓

買ったきり見ていなかったDVDを
お前の作った煮込みを食いながら見る
お前の肩を肩に感じながら
まだ固いジャガ芋をほうばる
モニタに映るのは少し悲しい話だったので
お前は涙ぐんでいる
俺はじゃまをしないよう
腕をまわし
ぬくもりを確かめた

父親は2ヶ月ほとんど仕事もしないで
石の塊に向かっていた
目は寝ていないのか赤く腫れ
とても小さな老人になっていた
あの子のおかげで遺された家族八人
マイナス20度のこの季節
暖かい家で暮らせるんだ
あの子は私たちの夏だった
太陽だったよ

うとうとと眠ったらしい
目を開けるとお前がいたずらな瞳でのぞきこんでいる
広過ぎると思ったベッドも
二人なら調度いい
お前はわざとぎしぎしさせた
眠らないのか
もうあなたの前ではね
天使のように唇で俺にぬるいワインを含ませた
ダバイ ダバイ ザナス

川も凍るこの地に
燃える髪を広げた太陽
黄色く塗られた墓石に
お前の輝く笑顔が浮かぶ
俺が一番愛していた顔
髪の毛一本一本まで
全くお前だ
たのしいお墓の周りに
親戚中あつまって
吹き出すようなきつい酒を回し
聴いた事のない歌をうたう
白い息をもくもくと
大きな声でうたう
ノーロック ザナース
赤ら顔の大宴の中
俺は雪をかぶった杉のようにつっ立ち
十本の指と鼻水まで凍らせて
お前の笑顔に見取れていた


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