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【短編小説】男子会

何の話しするかって?
「ほとんど仕事の話題」、
「嫁もしくは彼女の愚痴」、
「ギャンブル」、
「下ネタ」。

俺達は、月に一度、集まる。
「男子会」と謳っているが…
ソコソコ良い年齢である。
コイツらとは、学生時代の付き合いで、
あの頃は…「夢」を語り合っていた…。
いつしか、口を開けば…
目の前の「現実」のことばかり…
これと言った変わりネタや刺激もなく、
毎回、同じ話ばかりで、少々マンネリ気味だ。
本音をいえば、
「もう参加したくない…。」

ところが!
二十代の新参者の加入により、
新しい風が吹いた。

長引く新型ウイルスの影響で、
お店ではなく、ここ数ヶ月、祐次(ゆうじ)の家で、
男子会が行われている。
彼の奥さんが、我々のために、
大量の肴をこしらえてくれる。
料理の腕も申し分無く、酒や会話よりも、
つい、食に魅了されてしまう。
前回のおでんも美味しかった!
おでんなんて食べ慣れているし、
誰が作っても、同じ味だと思っていたが、
格別に違った。
さて、本日は「どんなメニューなのか?」、
好奇心に煽られ、足早に友人宅に向かった。
俺達は、酒担当。
ビール、焼酎、日本酒、ワイン…
それと、奥さんとその子供達に手土産を持って行く。

心踊りながら、二十分前に着いてしまった。
(ちょっと早すぎたか…)
心のなかで、呟いていたら、自分の目を疑った。
なんと!駐車場には、全員の車が停まっている。
急ぎ足で、チャイムを鳴らし、
「遅いぞ~。」等のツッコミをされながら、
いつもの定位置に腰を下ろした。
各自、飲み物が準備出来たところで、
常に仕切り役の火月(かづき)が乾杯の音頭をとる。
カチーンと、グラスを勢い良く合わせたところで、
ある異変に気づく!
先ほどは、祐次の奥さんと挨拶がてら、
世間話していたので、わからなかったが…
見たことのない若者が二名いる…。
一人は、イケメンで今風の感じだ。
もう片っ方は、眼鏡をかけたオタクっぽい風貌。
目が合い、軽く頭を下げたら、
向こうも同じ反応を示してきた。
無言なやり取りを一部始終みていた祐次が、
紹介がてら、ことの経緯を述べた。
「あっ、彼らは、息子の知人で、YouTuberの春輝君と、高尾君。ウチラの男子会に興味あるみたいで、本日参加するけど、良いよね?」
「あぁ、それは全然いいけど。」
どこかで見たことあると思ったら、
YouTuberだったとは…
しかも、彼らのチャンネルは、人気ある。
駐車場で見たことないハデな車と、
玄関に高級そうな靴があった疑問が解消された。
ファッションから時計、ハンドバッグ等アイテムも、
ブランド物で身を固め、成金丸出し見え見えだが、
何か、勝ち組のオーラがプンプン匂う…。
聴けば、イケメンの春輝が、MCで、何時間でも、
喋り倒す自信があると言う。
奥さんの料理を事細かく絶賛していた。
その褒め方に、説得力があった。
一方、撮影と動画編集担当の高尾君は、
無口で、正反対な性格だ。
しかし、礼儀正しい物腰で、彼の方が好感触だ。
春輝の要望で、「男子会を撮影したい。」ということで、全員気乗りしなかったが、
祐次の奥さんも「私も、いつもどんなこと話しているか知りた~い!」と、身を乗り出して、
断れない空気に…
だが、頑として、俺らの仲で一番悪だったヒサシが、
口を開く。「オッサン達の飲み会なんてつまらないぜ。」その言葉を皮切りに、家の主である祐次も加勢する。「そうだよ、喜美…お前居たら腹わって話せねぇだろ!いつものようにアッチ行ってろよ。」
奥さんの表情が険しくなり反論する。
「何!私に隠し事でもあるの?」
「そうじゃねぇけどよ…」
いつも仲裁に入ってくれるお人好しの寛一(ひろかず)が、「まぁまぁ」と割って入り、
こんな台詞を呟いた。
「たまには、喜美さんも良いじゃん。いつもこんな美味しいご馳走用意してくれるしさ。」
言い出しっぺの春輝も、フォローする。
「それに、YouTubeのネタも、最近マンネリ気味で、こういう画を撮りたかったんですよ。」
いくら、変わりダネとは言え、
中年の飲み会なんて誰も興味ないと思われるが…?
逆に、ファンが減るのではないかと心配してしまう。
不穏とぎこちない空気のなか、
撮影はスタートした…。

開始早々、口を開く者は誰ひとりいない…
喜美さんがいる手前、余計なことは喋れないし、
人気YouTuberの撮影ということで、
手のひらが汗でビッショリだ。
お互いがお互いに、(お前が喋れよ)と、
目で合図する…。
泡がなくなったビールをチビチビ飲み、
それをスルーし合う。
放送事故だ。お蔵入りだ…と思いきや、
ここで、春輝が動く。
「どうも皆さんこんにちわ。春樹チャンネルです。」
滑舌とテンポの良い口調で、彼のMCが始まった。
「本日は、お兄さん方の男子会に参加させて頂くことになりまして。」
さすが、人気YouTuber。
台本も無いのに、スラスラと台詞が出る!
カメラ目線と笑顔で、引き続き呟く。
「女子会があるように、男子会もあります。女性の皆様、男子会って何を話すのか、気になりません?しかも、僕のようなペーペーではなく、様々な経験を重ねて来た大人の男性!僕自身も凄く興味があり、色々聞いていきたいと思います。」
なるほど、質問形式か…これなら喋り易い。
まずは、祐次に向けられた。
「男子会って、どれくらいのペースで行われるんですか?」
「月一位かなぁ。」
「場所は、いつも誰かの家でやるんですか?」
「いや、個室のお店や、カラオケ店とかでもやりますよ。ウイルスの影響で、ここ最近は、俺の家で飲みますけど。」
「僕も先程少し頂きましたけど、奥様が作るお料理どれも本当に美味しいですよね。」
春輝がそう言うと、すかさず高尾君が動いた。
グルメレポートのように、視聴者に分かりやすく、
食べたくなるようなアングルでカメラに収めた。
映ってはいないが、自分の料理を褒められた喜美さんは、頬を赤くして舞い上がっていた。
続いて、ムードメーカーの火月にマイクが向けられた。「男子会って、何の話題を話すんですか?」
「まぁー…仕事のことがほとんどだよ。例の新型ウイルスで、所得も減ったしね…。」
ここで、ヒサシが、ツッコミを入れる。
「お前、生々しいこと言うなよ。春輝君のチャンネル、若い女ばかり見ているんだぞ。」
「本当のことだろうが。良く言うぜ、お前なんか、いつも後半下ネタばかりのクセに。」
酒の勢いか?緊張の糸が切れたのか…
いつものやり取りみたいになってきた。
すかさず、春輝は、ヒサシに問いかける。
「ちょっと強面のお兄さん、下ネタ話すんですか?」
「男子会なんて下ネタに始まり下ネタで終わるのよ~。」場は、笑いの渦に巻き込み、
いつの間にか、いつもの男子会が始まった。
具体的な会社名はピーで、露骨過ぎる下ネタはカット。すっかりベロンベロンに酔っ払った祐次が、
嫁の喜美の愚痴を本人の目の前で溢してしまった…。
聞き捨てにならない内容で、堪忍袋の緒が切れた喜美さんは、突如乱入!
カメラを無視した大喧嘩が勃発してしまった…。
全員で仲裁に入り、春輝が上手くまとめて、
撮影は終了した。

後日、祐次夫婦は、仲直りしたみたいだが…
YouTubeの反響が気になっていた。
下世話な下ネタに、収入が落ちた等…暗い話…
挙げ句、ガチ夫婦喧嘩…
自分の予想では、放送事故レベルで、
チャンネル登録解除する輩が増えるのでは?
と思っていたが…

祐次の報告によると!
なんと一千万回再生、神回と殿堂入りされ、
春輝チャンネルは、更に新規ファンが押し寄せた。

祐次は、電話で、こんなことも呟いていた。
「春輝君から、謝礼預かっているけど、いつ渡す?」
「謝礼?そんな物いいよ。それにしても驚いたな…」
「あぁ、世の中、何がバズるかわからないよな。」
バズるとは、注目を浴びるという意味。
若者達の和製英語を良い歳こいた我々オッサンも多用している。


あの日から、一週間後のある日。
俺達は、祐次の家に呼び出された。
春輝と高尾君も居る。
「皆様のおかげで、バズりました!ありがとうございました。これ、お礼です。」
そう言って、銀行の封筒を手渡された。
「いや、いいよ。」と拒みつつも、厚みをチェック。
すると…結構アツい!!
感触では、五十万位ある…。
「それで…その…お願いがあるのですが…」
大体察しはつくが…一応耳を傾ける。
「反響が凄くてですね…再び撮らせて貰えませんか?勿論、報酬は払います。」
そんなことだと思った。
「悪い、会社の連中にもあの動画見られてさぁ、上の方からお叱り受けているから、俺はもうパスだ。」
そう答えたのは、ヒサシ。
強面で、下ネタという強烈なキャラが、
視聴者の大半を魅了したらしい。
次々と、各自の諸事情により、断り、
結局、オーケーが出たのは、俺と祐次夫婦のみだった。


週一で撮影という条件で、
改めて、スタートした。
人気をよんだ、あの夫婦喧嘩も台本ありのやらせで、
シリーズ化するも…
素人のぎこちない演技と不自然さで、
視聴者からは、クレームの嵐…。
俺と祐次だけの二人きり男子会も連日低評価…。
再生数は、下がる一方だった…。


そんな愚痴を定例の男子会で溢した。
「もう…俺、降りたいな…。」
「あぁ…俺も…。」
ビール片手にタバコをふかしながら、どんよりしている二人に問いかける。
「何で辞めないの?」
「それが…もう少し続けさせてって、春輝君の方から…。」
そこへ、喜美が入って来た。
「まぁ良いじゃない!どんだけ叩かれようと、高額なギャラは入っているんだから。」
「まぁ…そうだけど…。」
「そんなに良い額貰っているの?」
「うん!おかげで家計は大助かり。」
「おい!あまりべらべら喋るな。」
ここまで終始無言な寛一が、ずっとうつ向いたまま、
酒や料理にも一切手を出してない。
気になった火月が問いかける。
「どうした寛一?」
「あっ、いや…ちょっと…相談があって…。また改めて話すよ。俺、今日は帰るわ。」
俺は、すかさず帰り支度をしているところに止めに入った。「悪かった。お前の話聴くよ。」
「ありがとう。でも、又でいいや。YouTube頑張れよ。」
そそくさと、寛一は、その場をあとにした。

あの件以来、何かギクシャクし始めてきた…。

やがて…
大事に発展する…。

いつものように、撮影が終わったある日、
鬼の形相でヒサシと火月が押し掛けて来た!
ヒサシは、いきなり言葉を発せず、
春輝の顔面を思い切り殴り始めた!
一発…
二発…
三発…!
懸命に祐次が止めに入る。彼は運送業を営んでいるせいか、腕っぷしには自信がある。
「やめろー!どうしたんだ?」
状況を理解出来ず、俺と喜美さんもポカーンと立ち往生したままだ。
殴られた等の本人は、泣きながら脅えていた…。
「とぼけんなよ!」
ヒサシの怒鳴り声が、鳴り響く…
筋金入りの元ヤンだけあって迫力がある…
再び、春輝の胸ぐらを掴み、殴りかかろうとするも、
火月がこんな台詞と共に、止める。
「落ち着けヒサシ。」
目は笑ってないが、少し冷静を取り戻したヒサシが、ゆっくり口を開く。
「見たんだよ…俺達…」
「何が?」
「隠し撮りってヤツか?」
「ええ!?」
俺と祐次の声がシンクロした。
春輝チャンネルの最新動画を開くと…
この前の男子会の様子が、ほぼノーカットで盗撮され投稿されていた。
あわてて否定する。「マジで俺は知らない!」
「俺も全く見に覚えが無い!」
春輝と喜美さんは、うつ向いたままだ…。
祐次は、喜美さんに問いかける。
「お前…知っていたのか?」
「…。」
泣きじゃくった声で、春輝がそれに応える。
「僕が頼んだんです。喜美さんに…隠し撮りして初期の頃に人気あった素の男子会を撮りたくて…。」
春輝は、ヒサシと火月の前で突然土下座した。
「申し訳ありませんでした!無断で隠し撮りしてしまって…本当にごめんなさい。」
そして、おもむろにバッグから小切手を取り出し、
こんな台詞を唱えた。
「好きな額、書いて下さい!あの動画、おかげ様で、久しぶりに反響でして!」
再び、ヒサシの雷が落ちる。
「そういう問題じゃねぇーんだよ!!」
「じゃあ…どう償えば…」
「チッ」と舌打ちして、ヒサシは帰って行った…。
彼の背中越しで、春輝は、一生懸命叫んだ。
「動画削除します!YouTubeも辞めます!」
ヒサシが、去ってから火月がボソッとそれに答えた。
「もう…遅えぜ…。」
「は…それは、どういう意味ですか…?」
「あいつ言ってたよな。素行の悪い自分さらけだして、職場もディスるし…上司に怒られたって…。」
「はい…。」
「今回の動画も見られ、あいつクビになっちまった。」
「ええ!?そんなことでー?」
「あの隠し撮り、ピーは入っているが…分かる奴には分かる内容の話だ…。」
「確かに…。」
自然と俺は相槌が出た。
同時に、火月と寛一も気にかけた。
「俺は、大丈夫だったが、寛一は、ずっと連絡とれないんだよ。」
「そういえば、この前の男子会で深刻そうな顔で何か悩み抱えていたよな…。」
「まぁ、とにかくヒサシにケジメつけろよ。」



ある一室のホテル内_______。
「どうしたらいい?」
赤ちゃん言葉で、喜美の膝に頭を乗せ、
仔犬のような目で、救いを求める春輝。
「まさか…こんな大事になるとはね…。」
困り果てた様子で、帰り支度をしながら、
それに答える喜美。
「えっ!帰っちゃうの?」
「旦那が帰る時間だし。」
「ええ~つまんな~い。」

帰り際、ドアを目の前に、
喜美がこんな質問をぶつけた。
「YouTube辞めんの?」
「辞める訳ないじゃ~ん!あのヒサシってオッサンに殺されそうだったから、つい口走っただけ。」
「でも、あんまり大人をナメない方が良いと思うよ。」
「あれ~喜美ちゃんまで説教するの?良いのかなぁ、そんな口聴いて…」

バタンと、力強く開戸を閉めた音は、
怒りをあらわにする勢いだった。

それを目の当たりにした春輝は、
意味深で不気味な笑顔を浮かべ、
その様は、ホテルのテレビのディスプレイに反射されて、写し出されていた。

その姿は…
まるで、「悪魔」だった…。


つづく。


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