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『作業用BGM』としてのClubhouse~誹謗中傷の起こりえないギターの弾き語りを聴きながら~


Clubhouseをはじめています。

好きな起業家やクリエイターの方のお話(おしゃべりに近い)を聞ける新しい音声SNSにわくわくしつつ、これからどのように拡大していくのかが楽しみです。

ただ数日で複数の「クリエイティブ」で「有益」な情報を摂取することに、ちょっぴり疲れてしまった面もありました。

と、いうタイミングで『幼馴染と口語に弾き語りをしてみる』という部屋をLovegraphのコマゲさんのtweetで見かけ、聞いてみました。


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交互に演奏されるアコギの音色と、深い歌声。
ゆるやかに奏でられる耳心地のよい音楽に酔いしれながら、作業をしていると、たまたま私の大好きな曲の演奏が始まりました。

これがもしインスタライブだったら、
♡の連打をしまくるところだし、

「嬉しいです…!最高」
「RADの中でも好きな曲です!聞けてよかった!」

などと、勢いに任せてコメントをするところなのですが、

Clubhouseでは、単純に聞いている人の声やリアクションが発信者に届くことはありません
でも、それこそが新たな価値なのだと感じました。


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発信者側の立場から見れば、Youtubeのようにリスナーが望む曲(もっといえば受けがいい曲)を演奏して、高評価とチャンネル登録者数を増やしていくことは、終わりがない。
責任ない複数の仮面をかぶった人たちから、心ない誹謗中傷を受けるリスクもあります。

受信者側の立場から見れば、正解を求めてコンテンツ探しをしてしまうと、期待値をあげてしまいがち。
「自分の好きな曲がたまたま演奏される」ことと「探して再生する」ことは意味が異なります。後者の場合は、予定調和のためにうま味が少ない印象があります。(だからこそ、少しでも過不足があると「叩く」人がいるのかもしれない。)

Clubhouseでは、リスナーはあくまでリスナーで。
おしゃべりに混ざるには、自分に発言権があるという意識責任をもつ必要があります。

受信者がカジュアルに意見できることは、今までのSNSの価値でもあったし、一方で副作用も生んできたと思います。

だからこそ、ゆるっと集った発信者たちの偶発的なやりとりを聞き、シンパシーを感じる人たちが集まってくるという形は、ヘルシーなのだと感じました。(部屋をふらふらと行き来しつつ、「合わないな」と思ったら、ぬるっと退出すればいい。)


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最後にこぼれ話。


このルームの終わり方が、秀逸でした。

「じゃあ、用事あるからもう行くね」
 (ギターをケースにしまうときのファスナーの音)

「アレクサ、ライト消して」

これは!まさに最先端の「エモさ」!

私もルームを作るときは、絶対この退出方法にしよう、と思いました。
ちなみに我が家にアレクサはない。(笑)




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