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流行語大賞候補「ひき肉です」のミーム化をデータ可視化してみる

「ひき肉です!」って聞いたことありますか?2023年の流行語大賞候補にもなっています。様々な人がこのフレーズに取り憑かれたかのように、「ひき肉です!」を連呼する楽曲に合わせて踊っている動画を投稿しています。この記事ではソーシャルメディアのデータを分析しながら、「ひき肉です!」がどうように生まれ、連歌や変奏曲のようなユーザー間リレーから変異体が生まれていったのかを探ってみます。一見特別な意味がないような言葉に新たな意味が付与され、連鎖的なユーザーの共作によって育てられ、社会に広がっていくプロセスは非常に興味深いものでした。

TikTokやYouTube、Instgagraをよく使われる方なら、下記のような動画を一度はみかけたことがあるかもしれません。

@anovamos

挽肉やりにtiktok帰ってきたのに載せるの忘れてました

♬ ひき肉が覚醒した時に流れるやつ - マヨネーズ.exe【Nekotaro】

これはJ-POPの人気アーティストの一人であるanoさんが、楽曲にのせて踊っている動画です。2023年8月29日に投稿されたもので、11月11日現在40万2千回視聴されています。

他にも、膨大な数のTikTokユーザーが、思い思いの「ひき肉です」動画やパロディ動画などを投稿しています。

TikTokでの「ひき肉です」検索結果の画面から一部抜粋(2023年11月11日検索)

例えば「#ひき肉です」が付加されてTikTokに投稿された動画は、直近一年間で2万1千本あり、その合計視聴回数は5億7千万回にのぼっています(2023年11月11日現在)。

そこでTikTokにおける「ひき肉」関連のハッシュタグの視聴回数推移を時間軸上に可視化してみましょう。対象とするのは「#ひき肉」「#ひき肉です」そしてこのフレーズのオリジナルと言われる中学生YouTuberさんのハッシュタグ「#ちょんまげ小僧」です。

ご覧のように3つのハッシュタグは7月中旬までまったくといっていいほど存在してませんでした。グラフ中のオレンジの「#ひき肉」のみ、4月などにわずかに確認できますが、これはひき肉を使ったレシピ動画にすぎません。

それが7月下旬以降、前触れなく増加を始めます。当初は「#ちょんまげ小僧」 の立ち上がりが鋭いですが、その後「#ひき肉」、そして「#ひき肉です」 へと波が波及していく様子が確認できます。

次にYouTubeで、タイトルに「ひき肉」を含む動画の投稿数の推移を同じく時間軸上に可視化してみましょう。

やはりTikTokでの動向と同様に、7月中旬までその投稿数や視聴回数は極めて限られています。5月19日に投稿された動画は446万回視聴されていますが、これはピーマンとひき肉を使ったレシピのショート動画でした。

ではレシピ動画以外で、最初に多数の視聴回数を集めたのは一体いつの、どんな動画なのでしょうか。それは7月25日にぅʓ‪‪さんの投稿したショート動画

「ちょんまげ小僧のひき肉くん推しです!(るぅころ推しは辞めないよっ!)#ちょんまげ小僧#ひき肉くん」

であることが確認できます。

このショート動画を確認してみると、ちょんまげ小僧さんのメンバーの一人、ひき肉くんさんの画像をいくつも繋げて音楽に乗せて編集した動画です。

ここでは、ひき肉くんさんが自己紹介する際に繰り出すフレーズ「ひき肉です!」の音声が冒頭に挿入されています。ただし音楽はその後に私達が何度も耳にすることになる楽曲ではなく、拳智さんの『なんだかなぁ』という楽曲です。

次の着目したいのが、その三日後の7月28日に投稿された

終わらない粉さんの
「ひき肉です!「ちょんまげ小僧」」

というショート動画です。

この動画をみてみると、中学生YouTuberちょんまげ小僧さんのメンバーの自己紹介シーンを編集して繋げたものであることがわかります。

その最後に、ひき肉くんさんの自己紹介シーン「ひき肉です!」が出てきますが、音楽はやはりその後に増加していくものとは異なってます。

この動画が投稿された7月28日以降、8月14日ごろまでちょんまげ小僧さんのひき肉くんさんに言及する動画が十数本投稿され一定の視聴回数を獲得しているのですが、いずれも現在の「ひき肉です」動画の原型を確認することはできません。

ところが8月15日、ひき肉くんさんの「ひき肉です!」という自己紹介音声だけをサンプリングし、竹内まりやさんの「OH NO,OH YES!」とマッシュアップした、

マヨネーズ.exe【Nekotaro】さんによるショート動画
「「ひき肉です」を音MADにしてみた #ちょんまげ小僧 #shorts」

が投稿されるのです。

TikTokの方を確認すると、マヨネーズ.exeさんのアカウントから同様の動画が投稿されていますが、こちらの投稿日は一日遅い8月16日となっています。

YouTubeのデータを分析すると、このマヨネーズ.exeさんのMADショート動画をきっかけとしたかのように、タイトルに「ひき肉」を含む動画が凄い勢いで急増していきます。

TikTokでも11月12日現在、この楽曲を使った動画が8万4千本投稿されています。

では、この「ひき肉が覚醒したときに流れるやつ」という音MADに、現在よくみかけるようになった独特のダンスが振り付けされていくのは、どのような過程なのでしょうか。

TikTokのデータを遡ってみると、マヨーネズさんが音MADをYouTubeとTikTokに投稿した8月15日以降、いくつかダンスを組み合わせた動画が出現するのですが、その中でも次のような動画に、現在主流となっている振り付けの起源を読み取ることができるかもしれません。

まず8月21日、高校生ダンサーRIONさんによって、座ったまま上半身だけを使い、外側に突き出した両肘をリズミカルに上下させて踊る動画が投稿されます。この動画は23年11月11日現在、45万再生されています。

その2日後の8月22日、ストリートダンサーの分離ヨーグルトさんが、膝をリズミカルに上下させつつ、外側に突き出した両肘を激しく上下させて踊る動画を投稿します。この動画は23年11月11日現在、70万再生されています。

その6日後の8月28日、TikTokクリエイターの髭達磨さんが、外側に突き出した両肘をキレよく上下させながら、膝や足首を外側に回転させながら踊る動画を投稿します。この動画は23年11月11日現在、33万再生されています。

そこでRIONさんが座って踊る動画を投稿した8月21日から、髭達磨さんが動画を投稿した8月28日の期間を、先程ご覧いただいたTikTokにおけるハッシュタグ視聴回数推移のグラフに重ねてみましょう。

この期間は「#ちょんまげ小僧」がピークアウトに転じ、「#ひき肉です」が増加していく期間と重なります。実際のところ、RIONさん、分離ヨーグルトさんの投稿には「#ちょんまげ小僧」のハッシュタグが付加されていますが、髭達磨さんの投稿には付けられていません。

こうした状況からは、この期間を通じて、現在主流となっている、

”両肘と両膝でゆるやかにリズムをとりながら「ひき肉です!」の瞬間だけ上半身と腕を反復的に激しく動かす振り付け”

が、元のちょんまげ小僧さんの文脈とは切り離されながら独自の表現として確立されていったのではないかと考えられます。

ここでTikTokから得られた上記データと、同期間のGoogle検索ボリューム推移を並べてみましょう。

ご覧のように、TikTokで「#ちょんまげ小僧」の視聴回数がピークとなる8月下旬の直前であり、RIONさんが座って踊る動画を投稿した8月21日に、Google検索では「ちょんまげ小僧」の検索がピークを記録してることが確認できます。この段階では、ダンスというより中学生YouTuberちょんまげ小僧さん本人に対する興味関心が高まっていたと考えられます。

その後、「ちょんまげ小僧」の検索は徐々に減少するのですが、代わって「ひき肉です」の検索数がじわじわと増加し、9月6日に一旦ピークを記録し、この時点で「ちょんまげ小僧」と並びます。

こうしたデータからは、RIONさんや分離ヨーグルトさん、髭達磨さんなどの投稿によって独特の振り付けが確立されていくプロセスと並行して、人々の関心も変化し、「元々のちょんまげ小僧さんやひき肉くんさんの自己紹介フレーズそのものを知らない大勢のユーザー」が、

「なんだかわからないけれど『ひき肉です』を連呼する楽曲に合わせてゆるく踊る動画」それ単体を平和に楽しむようになっていった

というミーム化の動的プロセスがみえてきます。
(他にも重要そうな動画や投稿をご存じの方、コメント欄かXへのリプライなどで教えてください🙏)

そして非常に興味深いには、このミーム化のプロセスが、マヨネーズ.exeさんによる8月15日から、9月6日頃までという、わずか22日間で連鎖的に起きているという実態です。

そして「ひき肉です!」は、スポーツ界にも急速に伝播してゆきます。これは8月23日に投稿された、全中陸上800m決勝で選手が「ひき肉です!」のポーズで選手紹介を行う様子です。

8月29日には福岡ソフトバンクホークスのTikTokアカウントから、生海選手が「ひき肉です!」のポーズを行っている様子が投稿されています。

その他、プロサッカー、バレー、バスケットボールなど様々なスポーツでも行わるようになっています。

そして海を超えて、K-POPアーティストの方々にも波及します。こちらは&TEAMさんのメンバーさんによる9月14日の投稿。

以上、2023年の流行語大賞候補にもなっている「ひき肉です」の誕生と増殖のプロセスを、ソーシャルネットワークのデータから追いかけてみました。

大企業の広告予算が投じられたわけでもなく、有名プロデューサーやクリエイターが企画したわけでもなく、インフルエンサーがPRしてわけでもなく、ボーカロイド楽曲でもない、元々はひとりの中学生YouTuberひき肉くんさんの自己紹介の際のフレーズが、1ヶ月前後という極めて短い期間に、もはや起源がわからなくなるくらいに連鎖的にアレンジされ、ネットの内外で広く使われるようになった様子がみえてきました。

この流行を作り出したのは誰なのでしょうか。もちろん本家であるひき肉くんさん、音MADを制作したマヨネーズ.exeさんは重要な役割を担ってと考えられますが、それに加えてプロセス全体を俯瞰した時、それは特定の誰かの創作物というより、「ひき肉です!」の説明不可能な魅力に引き寄せられた無数のボランタリーなユーザーによる、ある種の集合的行為、共作行為であるように思えます。

こうした共作行為は多くの場合「同一のモチーフを無数のユーザーがリレー形式でアレンジしながらリフレインしていく」というものですが、これは鎌倉時代に流行した、複数人が集まって上の句と下の句をリレー形式でつなげて詠んでいく「連歌」を想起させます。

複数人が集まり、共同制作によって完成させる連歌は、言ってみれば「座の文芸」。連歌の楽しみは、詠み継いでいく中で起こる思いも寄らない「変化」にあり、それを一番の旨としています。

刀剣・日本刀の専門サイト 刀剣ワールド 武士と日本のマナー「連歌の基礎知識」

連歌は上の句と下の句をリレーするのに対して、現代のSNSではいわば、同じ句が繰り返されながら短時間で連歌のような変異体が生じていく「変奏曲」のような側面も加わっています。なんと興味深い。

こうした現象を生む無数のSNS投稿は、リアクション動画などの影響力も視野に入れてみると、「二次創作」の元々の定義には収まりきらない実態があるように感じます。「連鎖的ユーザー創作動画」とでも呼べばよいでしょうか。

フェイクニュースなどの伝播媒体となることも多いSNSですが、今回のような現象のメカニズムに触れると、従来の常識では説明できない非常におもしろいことが起きていると感じます。

以上、徒然研究室(仮称)でした。Xでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。どうぞご贔屓に。


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