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夫と子供と私の話⑫

我々が友人達にお願いした事は主に3つ。
・外出の補助(できれば車で)
・通院で帰りが遅い時の保育園のお迎え
・土日など保育園がない日の子供の遊び相手


どれも育児と看護の同時並行による困難から出てきたお願いだった。
元気いっぱいの4歳児と超末期のがん患者の相性は水と油で、それなのにどちらも非常に手がかかる。
「そんな所でタイミング合わせてくるのかい」と言いたくなることの連続で、物理的にキャパオーバーの毎日だった。
それもこれも、私が夫を家に連れて帰ると宣言した為。
今なら自分でも「お前正気かよ」と止めたくなる。
当たり前だけど正気じゃなかった。
正気でいられるもんですか。


LINEグループで事前にこちらの希望を伝える。
皆の予定とすり合わせた上で「買い物は誰と誰」「子供の相手は誰と誰」とメンバーを振り分けていく。
夫の意見も聞きながら、頭を振り絞って考える。
それをほぼ毎日繰り返す。

それはそれでヘトヘトになるのだけど、とにかく人手が足りない中、みんな本当に快く私たちに付き合ってくれる。
もう本当に、めっちゃくちゃありがたかった。

全員が車椅子を使えるように取り扱い方を動画におさめる。
真夏の日差しが眩しくてサングラス姿で撮影に臨んだら、不審者っぽい映像になってしまった。

賑やかで品揃え豊富なスーパーに、車で向かう。
車椅子を押す係、買い物カートを押す係、車でサッと出迎える係と役割分担をして、
疾風のように現れて疾風のように去っていく。

買い物に付き合ってもらうだけだったのに、皆が帰ってしまって寂しくて泣き出してしまった夫の為に、大慌てで呼び戻して皆で韓国冷麺を食べた。
体が弱ってからというもの、すっかり寂しがりの泣き虫になってしまった夫は本当に嬉しそうにしていた。

最初の内こそ「皆にお願いしたい事はあるけど、家族3人だけで過ごす時間も大事にしたい」と割とクールに構えていた夫だったけど、結局友人達と一緒に過ごす時間はどんどん増えていった。
自分が食べられなくなっていっても、皆でわいわいと食卓を囲める事は本当に嬉しいみたいだった。

あの日々。
彼らがいてくれて色んな事を皆でゲラゲラと笑い飛ばせたからこそ、不安で目の前が真っ暗になりそうだったあの日々を、私達は進む事ができた。


皆の協力のもと夫が最後に作ってくれたアスパラとじゃこのペンネの味は正直まあまあだったけど、多分死ぬまで忘れない。

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