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こつこつ京都学 

Vol.1 20240111 

はじめに

私には、25%ぐらい京都人としての血が流れている。
残る75%のうち20%が名古屋、50%が大阪、5%が香港が占める。
自分が京都、名古屋、大阪、香港の混血だと思うのは、こんな理由だ。

1960年に生まれてから、小中高予備校の19年間を名古屋で過ごした。今も言葉のベースは名古屋弁にある。
80年に入学した大学で4年間、京都で過ごし、その後も京都で住み、85年に結婚したのを機に住んでいた中京区壬生を新しい本籍とした。京都には7年間ほどは住んでいたと思う。
義父の遺言で、京都でお墓をつくった。西大谷さん(大谷本廟)だ。義父、義母、義兄が鬼籍に入り、しばしば墓参りに京都へ来ている。観劇や夕食やイベントに参加するために京都を訪れる機会も少なくない。

大阪に住み替え、3回引っ越しをし、35年以上「ナニワ」で過ごしている。友達の多くは大阪を中心に増えた。歌舞伎、文楽、落語、お能、常磐津、長唄など折に触れ、伝統芸能に親しむようになったのは、大阪に住んだからだ。

コロナ禍になるまでは、ちょくちょく海外へ出かけ、最も多く出かけたのは香港だと思う。香港に降り立ち、町場に足を入れた瞬間に鼻腔をつく、海産系乾物の香り。あれを嗅ぐと、ああ、ここに「帰ってきた」と思う。香港で一番好きな場所は上環の乾物街だ。

京都検定って何?

こうして、20%が名古屋、25%が京都、50%が大阪、5%が香港という人間が出来上がった。そんな私が2023年、縁あって京都検定を受けることにした。大学の同級生Nさんが先に受けて、2級は合格したけど、続けて受けた「1級が死ぬほど難しい」というのに刺激されたからだ。

Nさんは、京都生まれ京都育ち、京都府に勤務している生粋の京女。
彼女のノートがなければ、私は大学を卒業できなかったと思えるほどの才媛の彼女をして「死ぬほど難しい」と言わせる試験とは何なのか。
好奇心がむくむくと湧いてきた。そもそも私のからだは「好奇心」でできている。

京都検定は通称で、正式には「京都・観光文化検定試験」という。
京都の文化、歴史の継承と観光の振興、人材育成に寄与することを目的に実施されている「京都学」の検定試験だ。
日本のあちこちに「ご当地検定」はたくさんあるが、ブームを続かせるのは案外難しく、生き残る検定はそれほど多くない。


2023年に創業20周年を迎えた京都検定は、検定試験の中でも老舗の一つで、受験者数でもおそらくは日本一だろう。
過去問題をざっとみた感じでは、とりあえず3級は一般常識で解けるだろうと思えたので、図々しくも2級から受けることにした。
公式テキストを買い、過去問題集を解く。

2級は公式テキストから70%以上が出題され、試験問題四社択一問題100題のうち70%以上正解すると合格となる。
テキストから7割出るんだから、楽勝だろうと思った私が甘かった。
390ページに及ぶ公式テキストには、京都の歴史・史跡、神社・寺院、建築・庭園・美術、芸術・文化、生活・行事が網羅され、「京都略年表」だけで23ページもある。
それは、「京都の」ではなく、ほぼ「日本の」年表と言ってもいい。
そうだ、近代までの日本史とはほぼ関西史で、その中でも京都が占める割合は多い。

「こつこつ京都学」発進

私は今、大阪で料理人として働いている。通常は1日に12時間ぐらいは仕事に就き、定休日は火曜と水曜と祝日のみ。
その中で、京都学を楽しんでみようと思えたのは、60代から始まる老いの道での「頭の運動」になると思えたからだ。
運動は何も体のそればかりではない。頭の運動は、知識が増える上で大きな喜びになり、それがボケ防止につながればオンの字だ。
このnoteを書き始めた時点で、まだ2級に合格したかどうかはわからない。今月の26日に合否が知らされる。
合格してようがしていまいが、京都検定の1級に挑むことには変わりがない。
でも、ゴールは1級合格地点ではないのだ。こつこつ京都学を勉強する上での中間地点に検定1級合格があればいいと思っている。
つまり1級は通過点。本当のゴールに何があるか、わくわくしながら見極めていこう(物理的なゴールには西大谷さんがあるに違いないけど)

その「こつこつぶり」を、noteで報告していこうと思う。

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