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◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店7「ジャナイカ先輩」

このは「あー、もうめんどくせーなぁ」

スマホをいじりながら、このはは小さく毒づいた。
寝転がって漫画を読んでいたはなびが、怪訝そうな目を向ける。

はなび「なに? どったの」

このは「え? うそ、口に出てた?」

はなび「姉ちゃんって、そういうお漏らし多いよな」

このは「あのさー、バスケ部の先輩なんだけど」

はなび「姉ちゃんバスケやってたっけ?」

このは「練習がきつくて一週間でやめたやつ。
あと身長とかセンスとか、色々足りてないということがわかったので。
ていうか『お漏らし』て。言い方よ」

はなび「思ってることが勝手に口から漏れるし、人前で平気で屁ぇこくし。姉ちゃん、コ〇ナ禍でよかったね。口にもオムツできるもん」

このは「はなびお前やけに元気だな。いいことあった? さなえとチューした?」

はなび「なっ、おまっ、そんなことするわけねーだろ! なんであんなやつと! バッカじゃねーの!」

このは「すぐムッキーするから振られちゃったかー」

はなび「むっきぃーっ!」

このは「でさぁ、なんか電話かかってきたんだよね、先輩から。
『着信があったのでかけ直してみたんですが……』って。
こっちからかけるわけないじゃん。なんなの」

はなび「あー、そういう……」

このは「その時は、アーソウナンデスカーとか言って切ったんだけど。
二、三日してから『かけてもないのに着信があるなんて、なんだか運命めいたものを感じました』ってLINEが来た」

はなび「こわ」

このは「なんか、バスケ部のグループにLINE残ってたらしい。ほんとかね。
一応先輩だし無視もできないから、ソウデスカー? とか返したんだけど、それからちょくちょくLINEがくる。
『ご両親はおいくつなんですか?』
『え? いませんけど?』
『すみません、変な事を聞いてしまって……複雑な家庭の事情がおありなんですね』」

はなび「スタンプでいいんじゃねえのめんどくせえ」

このは「基本スタンプで返してるんだけど、すごい話を広げてくんのよ。
『俺も両親が離婚してしまって、片親で苦労して育ててもらったんです。
感謝の気持ちって大事ですよね。
このはさんは、おじい様やおばあ様と暮らしてるんですか?』」

はなび「聞いてもいない自分語りからのパワープレイきたー」

このは「さりげにファーストネーム呼びだし、このガッツは見習うところがあるよね。スタンプで返せない質問してくるし、ほんとくそウザいけどさりげにすごいと思う。
『いちおう祖母と暮らしてます』
『そうなんですか。おばあ様はおいくつなんですか?』」

はなび「なぜ年齢にこだわるのか」

このは「『72くらいだと思います』
『ああ、団塊の世代ですね。あの世代は日教組に洗脳されてますから。
朝日新聞しか読まないんですよね』」

はなび「すげー球投げてきたなオイ」

このは「『うち東京新聞なんですけど』
『ああ、朝日系ですね、やっぱり。
情報は広く取り入れないと駄目ですよ。
ニュースが真実を語るとは限りませんから。
ご存じないとは思いますが、今回の戦争だって』」

はなび「ちょ、マジかー! とんでもない逸材だわ、超高校級だろ完全に」

このは「マジなんだなあ。世の中にはまだまだすげぇやつらがいっぱいいるようだ。まだ距離があるなーとアウトファイトで様子見してたら、一瞬で目の前まで距離を詰められた感じ」

はなび「バスケ部の瞬発力舐めてたわ。学校でも会うの?」

このは「会う。クラスにバスケ部の男子がいて、昼休みには必ず来てる。
あたしの方を向いて手を上げて『やぁ!』って言う。
あたしはうつろな瞳で小さく頷くのみである」

はなび「つらい」

このは「見た目はイケメンなんだよね。
髪サラッサラだし、背ぇ高いし、目鼻立ち整ってるし、ぜってぇモテるだろってやつ。
喋り方が特徴的で『さぁ、頑張ろうじゃないか』とか『諸君、行こうじゃないか』とか、なんかジャナイカの圧が強い」

はなび「諸君て。オレむしろ結構興味湧いてきたんだけど。付き合っちゃえばいいんジャナイカ?」

このは「お前、他人事だと思って。ジャナイカのニュアンス違うし」

はなび「同調圧力みたいな方のやつだよな。『一緒にやろうぜ』みたいなニュアンスなんジャナイカ」

このは「うぜぇやつが一人増えてしまったジャナイカ」

はなび「ジャナイカ先輩、遠くから見てるだけなら楽しそう」

このは「ジャナイカ先輩とあたしが結婚したら、お前のお義兄さんになるんやで」

はなび「『やぁ、このはさん、結婚しようじゃないか』」

このは「つらい」



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