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カニエ・ウェストとヴェルナー・ヘルツォーク 『フィツカラルド』

 2020年3月末にリリースされたカニエ・ウェストのWall Street Journal Magazineインタビュー。低所得者向け住宅建設プロジェクトやファッションによる支援、ドナルド・トランプ支持を意味するMAGAハットを被ったことで「(周囲から色々決めつけられる)無名時代の黒人男性の気持ち」を思い出したことなど語られているのですが、フォトシュート部分では、カリフォルニア州カラバサスにあるスタジオの一部が公開されております。このとき常時映像が流れつづける大型スクリーンにこ映っていたのは、1982年に公開された西ドイツ映画『フィツカラルド』。監督はヴェルナー・ヘルツォーク。2016年にカニエその人の『Famous』ミュージック・ビデオ論評も話題になった映画作家です(後述)。

 カニエは『フィツカラルド』をじっくり見つめていたそうなのですが……一応、実話をインスピレーションとしたこの映画、かなりカニエ・ウェストっぽいあらすじになっております。

19世紀末。南米ブラジルのマナウスのオペラハウスで行われた世界的オペラ歌手エンリコ・カルーソーの公演を1人の男がうっとりして聞いていた。男はアイルランド出身のブライアン・スウィーニー・フィツジェラルド。しかし、インディオたちには発音が難しいため、“フィツカラルド”と呼ばれていた。彼はペルーのイキトスで粗末な水上小屋に住みながら、この未開の地に文明の光を当てることを夢見ていた。彼は昔、アンデスに鉄道を敷設しようとしたが、破産して中止になったことから、白人社会では奇人と見なされていた。唯一の理解者は、愛人で娼家の女将をしているモリーだけだった。フィツカラルドはカルーソーのオペラにいたく感動、そして今度は、イキトスにオペラハウスを建てることを思いつく。しかし、この破天荒な夢を実現するには莫大な金が必要となるため、彼は前人未踏のジャングルを切り拓いてゴム園を作り、資金を稼ぐことにした (Wikpediaより)

 まずオペラへの挑戦。まさにカニエが2019年終わりごろに行っていたことです。「発音が難しい名前」にしても、バラク・オバマ元大統領から「お互いファニーな名前」と言われているので、珍名ではあると。「白人社会では奇人扱い」箇所は、そのまま「黒人社会」に言い換えられます。なにせ先のWSJインタビューで「黒人といえば民主党員」レッテルに抗う自身の立ち位置を表明したくらいなので。大志を掲げて破産ってあらましにしても、2016年ごろ5,300万ドルの借金を告白するなか「美しいアイデアを実現するために金が必要」と主張しFacebook創始者マーク・ザッカーバーグをゆすったことがあります。絶対的な理解者は妻であるキム・カーダシアンになるわけですが、かつてカニエがラップしたように、彼女はセックス・テープで有名になった境遇を嘲笑されがちなTVスターで、結婚初期は一族まとめて「黒人男性の財産・名声を狙う女系家族」みたいに言われてたりもした。メタファー的な面で『フィツカラルド』の愛人兼娼家の女将と被るっていう。破天荒な夢を叶えるためにまずは資金稼ぎ……ってビジネスの動きも、富の創造と自己所有にこだわり「Yeezy」ラインでたんまり稼いだカニエっぽい。

 The Rolling Stonesミック・ジャガー主演企画も存在した、つまり音楽スターとちょっと関連のある『フィツカラルド』ですが、主演交代を繰り返した挙げ句、乾季入りしたジャングルでの撮影が至極ハードになった経緯を持つ150分超え大作です。ドキュメンタリーっぽさもある劇中では本当に船が山を越えたりするので、早稲田松竹Webが説くように、子どもじみた夢と厳しい現実と狂気がないまぜになった様相。そういうスピリチュアリティ(精神性)こそカニエイズムっぽいと感じるのですが、柳下毅一郎氏による素晴らしい解説を見つけたので、一部引用させていただきます。

そこまでしてヘルツォークは何を証明したかったのか。船が山を越えると言うのはこの映画の中ではメタファーです。映画の中で何度となく言われるのですが、意志によって不可能を可能にする。不可能な夢を叶える。それが船が山を越えることなのだ。ヘルツォークは船が山を越えるのは意志の力によってなんだと言っています。意志の力を証明する。そのために敢えて闘っている。
ヘルツォークは人が知らない世界でこれまで誰も経験したことない感情を見出す。それを映画として表現しようとするわけです。あくまでも感情の表現であって、事実の提出じゃないんですね。
誰も触れたことのない世界に行って、映画をゼロから立ち上げようとしているんだと思います。世界と一対一で対峙する存在になろうとしている。ヘルツォークは、質問だけがあって答えは与えられなくていいんじゃないか。何も知らないまま巨大な謎に直面する。それこそが感動させられる瞬間なんじゃないか、と言っている。

 2020年3月現在、77歳となるヘルツォークですが、じつは、カニエ・ウェストにも触れたことがあります。2016年、テイラー・スウィフトとのバトル再燃のなか大顰蹙を買った『Famous』ミュージック・ビデオを絶賛

 「こんなものは見たことがない」と目を輝かしたヘルツォーク先生いわく、映画のストーリーテラーとして最も関心があることは「物語の開発」。しかしながら、それと同時に、オーディエンスが自発的、断片的に行う「パラレルストーリー」について慎重に考えなければいけない、と。

『Famous』のビデオには、受け手それぞれがパラレルストーリーを創造できる余地がある。この人々は本物なのか? それともドッペルゲンガー? 物語はあるのか? なにが行われているんだ? どんなパーティー? なんで一緒にいるんだ? カニエ・ウェストというラッパーは、唐突に、ワイルドな物語を創造する機会をオーディエンスに授けてみせた。本当に、本当に面白い……とてもワイルドななにかを……深いストーリーテリングの本質の類を見たよ


よろこびます