雑記(七〇)

 早稲田松竹は、六月九日から三宅唱監督特集で、『THE COCKPIT』、『ケイコ 目を澄ませて』、『きみの鳥はうたえる』、『ワイルドツアー』、『Playback』の五本を上映している。

『THE COCKPIT』は、小さな集合住宅の一室で楽曲制作を続ける若者たちの様子をとらえた、二〇一四年のドキュメンタリー作品。大柄なOMSBが、ターンテーブルの前にどっかと腰を下ろし、レコードを回し、パッドを打ち、トラックを作り上げてゆく。その背後で、小柄なBimが、丸型のサングラスをかけて、OMSBの作業をのぞき込み、仲間たちと談笑し、RedBullを飲み、身体を揺らしてビートに乗り、ときにはOMSBの肩越しに、機材に手を伸ばす。カメラはその様子を、OMSBの正面から、向かいあうようにしてとらえる。前景にOMSBのうつむきがちな表情、遠景にBimと仲間たち。さらにその向こうに、畳敷きの床、陽の差しこむ大きな窓、白い小さなエアコンも見える。

 慎重にレコードを取り出し、仕舞い、両手の指先を細かく動かして機材を操作するOMSBの姿に目を奪われる。観客はその動作の精密さに驚きながら、その手をのぞき込むBimの、ビートに合わせて身体を揺らし、陶酔感に浸ってゆく姿に同化してゆく。観客もBimも、OMSBを見ながら、その姿と音楽とに酔わされてゆくのだが、Bimは観客に、言わばその酔わされ方のお手本を、示してくれているのである。もちろん、まっさきに酔うのはOMSBで、自身は、緊張のなかでほとんど自動的に、むしろ何者かに操作されているような感覚で、手指を動かしているのではないかと思う。

 OMSBは、何度も何度も、休むことなくパッドを打ちなおし、思い通りのトラックを求めつづける。時には、少し投げやりになってか、両手を使っていたのをやめて、右手のみでパッドを打ってみるが、それでうまくいかないと、すぐに「真面目にやろ」とつぶやいて両手に戻す。Bimとリリックの構想を練り、できあがったラップを録音する場面でも、OMSBの態度は一貫している。息が続かなかったり、噛んでしまったり、何度も何度もテイクを重ねることになるが、くり返し、休みなく頭から歌いはじめるのである。

 六十四分の映像のなかで、この一室の外の様子はほとんど映らないにもかかわらず、閉塞感はない。それは、音楽ができあがってゆく過程、それを成立させるための膨大な作業のなかに、実に広大な世界があり、深い陶酔があることを示しえているからだろう。

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