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萬御悩解決致〼 第三話⑧

 梶さん以外のスタッフ二人が、猫に餌を与え始めた。ケージの中に、一皿ずつ餌を入れていく。扉は開け放しにされた。食べ終わったら、外に出てもいい、ということだろうか。その間にケージの掃除をするんだろうか。
「捨て猫を拾って、学校に持って行ったんだよね」
「はい」
梶さんが翔子に話しかける。奈央も隣で頷いている。圭介は飽きて、猫の朝ご飯を興味深げに眺めている。
「学校に持って行けば、なんとかなると思ったのかな」
「はい」
「それって、猫を捨てることと、どこが違うの」
えっ。聞き間違い? いや、梶さんの顔は、変わりなく穏やかだった。だから、梶さんの尋ねたことがピンとこない。捨てることと拾うこと。当たり前に違うだろ。梶さんは何を訊きたい? 翔子も戸惑ってる。助けを求めて、俺たちを見てた。
「怒ってるんじゃないよ。問い詰めようとしてるわけでもない。純粋に知りたいんだ。どう思ってるのか。
 昨日、学校の先生からお電話頂いて、登校途中で猫を拾ってきた子がいるって聞いた。捨て猫の預かりはもうしてないんだけど、ふっと疑問と興味がわいたんだ。その子は、どうしてそんなことをするのかなって。もしかして、自分ではいいことをしたと思ってるのかなって」
 また、違和感。いいこと?  そうじゃないのか? 梶さんの言おうとしてることがわからない。
「わからないって顔をだね。そう、たぶん君たちはわかってないんだ。このことって、とても大事なことだと私は思う。放っておけないことだってね。
 だから聞きたいんだ。猫を受け入れる代わりに、訊きたいと思ったんだよ。あなたたちのやったことって、拾ってくださいって書いて猫を捨てることと、どう違うのかな」
「それは違うと思います。翔子は仔猫を助けようとしたんです。ほったらかしにして捨てたのとは、ぜんぜん違います」
横から奈央が口を出す。翔子は少しホッとした顔をする。俺もホッとした。そうだ、ぜんぜん違う。さっきから何言ってんだ、この人。こんな当たり前とこと。
「君はお友達だよね」梶さんは、奈央に向き直る。「ありがとう、話してくれて。思ったことを言ってくれていい。私は、単純に知りたいだけなんだ。君たちがどう考えているか。男の子たちも、言いたいことがあったら、なんでも言っていいよ。
 じゃあ、お友達の意見に回答しようか。私は"もらってください"って、書いて仔猫を捨てた人も、やっぱり仔猫を助けたいと思っていたと思うな。助けたいから、書いた」
「そんなの無責任です」
奈央の声が高くなる。猫を捨てた人と拾った者を一緒くたにされたらたまらない。俺もそう思う。
「無責任か。そうだよね、捨てた人は無責任だ」梶さんは盛んに頷く。でも、引き下がらなかった。「それじゃあ、訊いてもいいかな。君たちはなぜ仔猫を引き取らなかったの。飼わないの。君はどうして」
と翔子に訊く。
「それは、うちはマンションがペット禁止だからです」
梶さんは奈央の顔を見る。
「うちは食べ物屋だから」
俺を見る。
「うちの母ちゃんは大の動物嫌いで」
圭介を見るが、圭介は猫に夢中で話に参加してない。
「あいつん家には、ピットブルがいるんです」
梶さんは、ピットブルでちょっと驚いた。気を取り直して言う。
「ここにいる全員が猫は飼えない。でも、猫は助けたい。自分じゃない誰かに助けてほしい。それで、学校に持っていって訊いたのかな。私は飼えませんけど、誰か飼ってくださいって」
まあ、そうだ。翔子はそうした。何か問題あるか?
「それって、無責任じゃないかな」
これって、やっぱり責められてる? いや、いいことしてるだろ、俺たち。無責任? どゆことだ。
「捨て猫を見てしまった罪悪感から、自分だけ逃れて、責任を他の人に持って行こうとしてるだけじゃないのかな。違うかな」
「違います」
反射的に翔子が言う。
「どう違うんだい?」
しかし、梶さんにそう問われると、言葉がなかった。逃げ場がなかった。確かに、俺たちのやったことは、猫の入った段ボールをこの施設の玄関に置いて、後はよろしくと言ってるようなもんだった。現に今そうしてる。気づかなかった。それで、自分はいいことした、と自己満足に浸っていた。翔子も奈央も今それに気づいて青くなっている。俺たちは全員無責任だった。
圭介の言っていた"知ったら傷つくこと"とは、このことだったのか。
 だが、待てよ。俺たち? いや、違うな。思い出した。圭介だけは、責任を引き受けようとした。そうだ。俺たちとは違う。何ニコニコして猫見てんだ。話に参加しろよ! 何か言ってくれよ。そう思ったとき、口をついて言葉が出た。
「こいつは、圭介は違うんです。こいつは、学校で飼うとなったら、自分が世話すると言いました」
全員で、圭介を見た。圭介が振り返る。

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