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萬御悩解決致〼 第二話11

 佳代の家は、学校から20分ほどのところにあった。庭付きの普通の一軒家だ。廊下を進んで元気の部屋に行く。
「元気、いる? 入るわよ」
佳代がドアを開け、視界に飛び込んできたのは、並んだ幾つもの水槽ケース。ただしケースの中は魚ではなく、おおむね虫がはいっている。
元気は姉とともに現れた俺たちに驚いていた。知らない上級生が三人もズカズカ部屋には入って来たら、そりゃ驚く。でもしかし、確実に、俺たち三人のほうが元気より驚いた。

そこにいたのは、お相撲さんだったのだ。

別にマワシをしていたわけではない。が、元気はよく肥え、巨大だった。100キロ超級だった。お相撲さんが子供用の椅子に座って俺たちを見て困惑していた。
俺はこの相撲部屋を見回した。水槽の下には本棚があって、虫の図鑑が何冊もあった。図鑑はそれだけでなく、爬虫類や両生類、魚のものもあった。その他、生き物に関する本の数々。どうやら元気は生物全般が好きなようだ。その証拠に、部屋の隅には、バットと一緒に使い込まれた釣竿が立て掛けられていた。
「釣り、やるんだ。いい趣味だね。しかも擬似針とは恐れ入る」
圭介は水槽の横にある白いケースを眺めている。そこには釣り糸で作った小さな虫たちが、きれいに並んでいる。
「姉ちゃん、誰なの」
でかい図体と裏腹に、声は高くうわずっている。巨体の上の顔には気弱そうな下がった眉毛が並んでいた。
「元気くん。初めまして。お姉ちゃんと同じクラスの岡田圭介と言います」
奈央と俺もそれぞれ名乗った。
「実は、お姉さんから、最近元気くんが元気がなくて心配だ、と相談受けました。何か力になれないか、と思って来た次第です」
「姉ちゃん・・・」と元気は言葉に詰まる。
「元気のこと、心配なのよ。最近、ずっとぶつぶつ一人で喋ってて」
元気は下を向く。
「悩みがあるんでしょう。多分僕たちは力になれます」
圭介が一歩近づいて、元気の顔の前に自分の顔を置く。
「元気くん。自分の思う通りにしていいんですよ。後のことは、僕たちが引き受けました」
元気はすがるような顔をした。
「じゃあ、僕、野球部には入らなくていいんですね」
「はい。大丈夫です。ここにいる花田くんは、実は野球部の次期キャプテンです。彼が入らなくていいって言ってます。だから悩まなくていいですよ」
えっ、どゆこと? 野球部? なに、どう繋がる?
俺の?をよそに、元気くんは心底ホッとしたような顔になった。
「ところで元気くん。"元気"って名前は誰がつけてくれたの? 知ってる?」
「亡くなったおじいちゃんです。男の子が産まれたらつけたかった名前だそうです」
「そうか。やっぱりお父さんはマスオさんか。じゃあ、野球を始めたのも、おじいちゃんに勧められたから?」
「はい。小学校3年の時に。もうその時、おじいちゃん体悪くしてて」
「喜ばせてあげようって思ったんだ」
「はい」
「でも、そんなに野球は好きじゃなかった」
申し訳なさそうに、元気くんはまた「はい」と答えた。

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