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萬御悩解決致〼 第三話①

萬御悩解決致〼よろずおなやみかいけついたします
第三話 誰か仔猫もらってください。


 朝、教室に入ると、教卓の周りに女子が溜まっていた。何事かと、外から覗いてみると、仔猫がいた。
「あ、悠。あんたの家で猫飼えない?」
佳代から声をかけられる。
「ちょっと無理かな。母ちゃん、異様な動物嫌いなんで。そいつ捨て猫?」
「そう」
「誰よ、拾ってきたの」
輪の端にいた上田翔子が手を上げる。
「誰か飼ってくれるかなぁ、と思って」
「どこいたの」
「駅。踏み切りのとこ。"もらってください"て書いた段ボールの中にいたの。あのままにしてたら危ないし」
「で、持ってきちゃったんだ」
頷く翔子。
「飼ってくれる人見つかんなかったら、どうすんだ」
「私の家、賃貸マンションでペットはだめなの」
それから黙る翔子。反して、女子たちの喧しいお喋りは止まらない。
「でも、仔猫一匹だけってのも不自然よね」
「だから捨て猫なのよ」
「飼い主、見つかるかなあ」
「飼えるお家は、もう飼っちゃってるからねえ」
「やっぱ、難しいよね」
「そうだ、お昼の放送で募集しよう」
「それでもいなかったら」
「そん時は、交番、持ってったら」
「ばか。即、保健所行きよ」
「じゃさあ、学校で飼わない? いつのまにか居着いた猫ですってして」
「あ、それいいかも。で給食の残りとかやるの」
「いいかも」
「夏休み、どうすんのよ」
「当番作るの」
「餌は?」
「猫飼ってるお家からキャットフードをカンパしてもらう!」
「生徒会でクラス費ってあるじゃない。あれ使おう。自由に使えるはずだよ」
「でも、担任の許可がいるよ」
「よし! みんなで交渉だ!」
と威勢がいい。

「いや。たぶん、学校では飼えない」
いつの間にか俺の隣にいた圭介が言う。
「まず、野良猫は感染症を持ってるかもしれない」
「そんな、まだ仔猫だから大丈夫よ」
と言いつつ、女子たちは撫でていた手を思わず引っ込める。
「今持ってないにしても、長く飼うならワクチン接種が必要だ。金は誰が出す? 誰が病院に連れて行く?」
「お金はクラス費よ。足りなきゃカンパでなんとかなるわ。ワクチンて一年一回でしょ。そんなん私が連れてくわ」
「病気でないにしても、ダニやノミがついている可能性もある」
非情な圭介の言葉に、女子たちは更に一歩引く。
「い、今、ダニよけスプレーとかあるのよ。CMでやってたわ」
「そうか。じゃ猫アレルギーの生徒はどうする」
「仔猫一匹なのよ。近寄らなきゃ、いいじゃない。学校は広いんだから」
「その子の行動を制限するんだな」
「そ、そうよ。一匹なのよ。それくらい、なんとかなるわよ」
「じゃあ、また誰かが猫を拾ってきたらどうする。いや、次は犬かもしれない。ケモノ同士仲良くするかな。まさか、一匹目はよくて、二匹目はダメとはいかないだろう」
「・・・」
「猫はすぐ大きくなるぞ。行動範囲も広くなる。サカリがついて、他のノラ猫を連れてきたらどうする。まとめて面倒見れるのかな。この猫がメスなら仔猫も生まれるぞ」
 もう誰もが圭介に反論できなかった。そして、誰もが圭介に反感を持ちはじめていた。
「それでも飼うんなら、僕は止めない。ああ、いい案がある。小学校でウサギを飼うみたいに、狭い檻に入れとけばいい。猫は鳴くから授業の邪魔になる。そうだ、四階奥の清掃倉庫に入れとけばいい。あそこなら、いくら鳴いても教室には聞こえない。そもそも人がいないと猫は鳴かないらしいし。そして、たぶん猫を飼うのは総意にはなりそうもないから、飼いたいと思う生徒が当番制で餌と糞の始末をする。オシッコもするから、そちらもね。そうやって育てていくと、猫はたぶん人間不信になるから、毎日、檻から出して遊んでやる当番も必要だな。それからーー」
 口をふさいで圭介を教卓から引き剥がす。そこにいた女子はみんな、冷たい目で圭介を見ている。しかし、言葉を発するものは誰もいなかった。

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