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小説・短編&ショートショート

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5分程度で読める短編&ショートショートです。
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記事一覧

孤島のワンザ

海水に浸りながら丸木舟を、バタ足で沖へと運んでいた。
眼下の海底の砂地は、キラキラと陽光を反射させて輝き、黄と青のまだら模様のハコフグがワンザの視界を横切った。
丸木舟に収まっているカチュアがふいに泣き出した。
「どうしたんだい。カチュア?」
まだ喋れない女の子は、首を振りながら泣く事しか出来ない。
それでも、父親の顔を見つめ、何かを訴えていた。
丸木舟の縁に身を乗り上げ中を覗くと、娘はお漏らしを

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黄昏の告白

病院はゆるやかな坂の上にあった。

自宅からは一駅先の、そこからバス停2つ分先だ。

循環バスは運転手不足なのか、以前に比べダイヤに鬆が入っているようで、時刻表のいくつかの時刻は背景と同じ色のシールで隠されていた。

だから時間が噛み合わなかった時は、足腰の鍛錬も兼ねて、その坂を上った。

齢70も過ぎると、意識して体を動かさないと、どんどん衰えて行く。

もう顔見知りの病院受付は、私の顔を見ると

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ショートショート・誰でも昔は赤ん坊

四十九日の法要は、自宅から千代田線で6駅先の菩提寺で執り行った。夫は89歳まで生きたので、大往生と言っていいと思う。最近の日本の離婚家庭の多さを考えると、こうして亡くなった伴侶の法要を行えたのは、恵まれているのかもしれない。私にとっても、亡くなった夫にとっても。いくつかの波風はあったけれど、概ねいい夫婦だったのじゃないかしら。お世辞にも私や子供たちに気遣いが出来ていた、とは言えないけれど、それでも

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僕の先輩

大学になっても体育の授業があるなんて知らなかった。
しかも異学年合同で、かつキャンパス外の運動場まで出向かないといけないなんて。

授業の後はそのまま現地解散で、都心方面に住まいがある他のメンバーと違い、地下鉄・東西線で浦安方面の車両に乗り込んだのは、僕と先輩の2人だけだった。
夕方のサラリーマンの退勤時間と重なって、車内はちょうど満席になる位だ。

授業は半分遊びのような野球の紅白戦で、野球部経

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