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珈狗天林

 太宰府天満宮に一度でも参拝した者であれば、拝殿の彼方に聳える霊峰、宝満山の姿を目にしただろう。もしも目にしていないのであれば、それは拝殿の荘厳さに心と視線を奪われたからか。あるいは単純に注意力の欠如だろう。なんなら西鉄太宰府駅を降りてすぐにでも視界に入るので、よくよく観察して頂きたい。視界に入る中で最も大きな山だ。必ず見つけられるだろう。交番の向こうに見えると思う。
 私の四畳半の自宅の窓からでも、その雄大な姿を見つけることができる。狭い上に古いオンボロアパートだが、窓からの景色だけは悪くない。これで自分の社が見えれば文句はないのだろう、と思う者もいるだろうが、よく想像してみて欲しい。自分の家から勤務している会社が見えたなら、きっと鬱陶しいと思うだろう。それは神も変わらない。自分の社へ通える距離ではあるが、なるべく視界には入れたくないものだ。
 休日の昼下がり、自宅でおかずのイワシ明太を箸で分解していると、唐突に戸を叩く者がいる。わざわざ確かめるまでもない。この叩き方のリズムには嫌というほど覚えがあった。案の定、こちらがどうぞという前に玄関の戸が開いて、でっぷりとしたニット帽の男が窮屈そうに入ってくる。そうして、人の昼餉を一瞥するとなんとも不満そうな顔をした。
「なんだ、また焼き魚なんて食べてるのか。牛肉を食え、牛肉を」
「やかましい。お前こそ魚釣の神を名乗るのなら、魚を推せよ。なんで牛肉なんだ」
「誰だって二千年以上も魚ばっか食べてたら飽きるわ。明治になって牛鍋を食べて以来、俺は牛肉を司る神になりたいと真剣に思ってるよ。和牛の霜降り肉の神になりたい」
 どっこらせ、と腰を下ろしながら、貴重なイワシ明太の一匹を無造作に食べたので思わず悲鳴が出た。
「何するんだ、この野郎!」
「いてて。腹を掴むな、腹を!」
「人の好物を横取りする奴だけは許すなというのが、我が家の家訓なんだ」
「ははは。西高辻家にそんな家訓、残ってるものかよ。油断している方が悪い。いいツマミになったが、腹にたまらんな」
「高価なんだぞ、イワシ明太! 返せ!」
 イワシ明太を知らないという者は恐らくいないだろうが、念のために説明しておくと、イワシの腹部に明太子を詰めた至高の傑作である。私のように明太子も焼き魚も好きだという者からすれば、夢のような組み合わせだ。勿論、説明するまでもなく美味い。
「腹の中に入ったもんは返せんわい。菅原よ。お前さん、今年の花見のこと覚えとるか?」
「ついこないだのことだぞ。覚えてるさ」
「少彦名命様との約束とは、なんのことだ?」
 思わず箸の動きが止まる。
「……そういえば、キャンプに誘われていたのだった。ああ、すっかり忘れていた」
「今日、吉塚のアウトドアショップの前で掴まってな。週末のキャンプに誘われた。菅原くんも来るから勿論、君も来るだろう?と。話は花見の時から決まっていたとかなんとか」
「断ればいいだろ」
「断れる筈ないだろ! 日本神話の王貞治だぞ! 国造りの二大神、その一柱の誘いを蹴れるか? ワシには無理だ。年功序列には逆えん」
 残りのイワシ明太を齧りながら、同意せざるを得ない。
「しょうがない。パワハラだと相談したいが、御本人に悪意はなし。そもそも訴え出る所もなし」
「100%善意というのが手に負えんのだ。週末は魚釣りと決めていたのに。沖ノ島も今では近づくことも出来なくなってな。こないだは危うく捕まる所だった」
「世界遺産だからな。無許可で上陸する訳にもいかんだろう」
「以前は女人禁制ということだけだったが、世界遺産に登録されて、関係者以外は上陸禁止になってしまった。係累の神だと訴え出たいが、宗像大社で門前払いにされるのが関の山だ」
「宗像三女神様はなんと?」
「イケメン俳優も来なくなった、と嘆いておられた」
 さもありなん。
「しかし、この酷暑にキャンプか。私はこう見えて、あまりアウトドアの得意な神ではないんだが」
「こう見えても何も。お前さんは、どう見てもインドア派だろう。なまっ白いモヤシのような顔しおって」
「外でやる仕事じゃないんだから、当たり前だろ。まぁ、休日も太宰府図書館に入り浸って外になんか出ないけれど」
 はぁ、と二人でため息をつかずにはいられない。
「キャンプそのものに関心がない訳じゃないんだけど、よりによって何故こんな真夏日なんだろうか。秋とか春とか、もっと良い季節があるだろうに。虫もいるし、暑苦しいし、人も多い」
「ワシに聞くな。何か深いお考えがあるのだろうさ。多分」
 おかずを齧りながら、白米をかっこむ。今日のだし巻き卵は会心の出来だ。
「なんだかワシも腹が減ってきたな。菅原、なんぞ食べるものはないかな」
「残念だけど、白米はこれでおしまい。おかずもなし。そこのコンビニで何か適当に買ってくればいいじゃないか。お湯なら沸かせばある」
「そう何度もこんな陽射しの中を出歩けるか! 火傷するわ!」
「そこはこう、御神徳でなんとか。紫外線バリアーを張るとか」
「魚釣の神にそんな力あるかい。お前も天神を名乗っとるんだから、雨のひとつでも降らせてみい。少しは涼しくなろうて」
「無理むり。雨雲ひとつ呼ぶのがどれだけ大変か。相当に気分が落ち込んでないと曇りもしない。おまけに2、3日は寝込むからやらないよ」
 二柱の神が四畳半に揃っておきながら、たいしてやれることもないというのも寂しいものがある。
「ああ、本格的に腹が減った。菅原、適当に漁るぞ」
「肉は使わないでくれよ」
 がさごそと冷蔵庫やストッカーを物色しながら、「暑い暑い」と呻くので暑苦しいことこの上ない。
「菅原。エアコンくらいつけたらどうだ。今時、扇風機で乗り越えられるような生易しい夏じゃないぞ」
「私だってエアコンくらい使いたい」
「なら点ければよかろう。この部屋、サウナみたいだぞ」
 私は壁にかけられた年代物のエアコンを顎でしゃくって見せた。
「40年もののエアコンだ。年季が入っているだろ。早く付喪神にならないものかと期待していたんだが、期待虚しく先週ついに御臨終と相なった。買い換えようにも、設置は1ヶ月先らしい」
「熱中症で死なんといいな。田んぼの神なんか倒れたらしいぞ。笠と箕を背負っていては暑かろうなあ」
「笑えない冗談だ」
 冗談ではない、と釣神は言いながら袋ラーメンを取り出し、急に神妙な顔つきになった。
「菅原。ここのメーカーの塩ラーメンは置いてないのか。いや、そもそもうまかっちゃんがないぞ」
「残念だけど、切らしてる。ちなみに私は味噌派だ。あっさりの塩も悪くないけど、味噌しか買わないと心に決めてる」
 某メーカーの袋ラーメンだが、この醤油、味噌、塩の三つのテイストでいつも意見が分かれる。神無月に出雲に出向いた際に、二次会でこの論争が巻き起こってしまい、大変な騒ぎになってしまったことがある。一番支持者の少なかったのは醤油味だったが、最高神の天照大御神様が醤油推しだと宣告なさった時点で論争は終結した。
「嫌なら食べなければいいだろう」
「塩うまいんだぞ。あのカレー粉を感じさせるスープがたまらんじゃないか」
 そんなことを言いながら、雪平鍋に水を入れて袋麺を作っていく。なんとも手慣れた手つきである。
「そういえば、件のキャンプには他にどなたがいらっしゃるのだろう」
「菅原は何も聞いてないのか」
「全く何も。何か聞いたか?」
「詳しくは聞いておらんが、あとひとり若い神を誘うのだとか。なんでもキャンプには欠かせぬ神らしい」
 どんな神だ。
「寝袋の神とか?」
「そんな神いたかな」
「なにせ毎年、かなりの数の神が産まれるからなあ」
「まぁ、菅原も神々の中では割と若いがな。ワシの方が先輩なんだから、もっと敬え」
「友達相手にそういうことを持ち出すのは野暮だぞ。だいいち氏子の数でいえば私の方が圧倒的じゃないか」
「あー! それは言わない約束だろう! なんだ、社領に国立博物館なんぞ誘致しおってからに!」
「羨ましいだろう。私なんて毎月通っているもんね」
「ぐぐぐ。羨ましいにも程がある! あと、いい歳して『もんね』とか使うな!」
「私の方が若いからいいの!」
 ギャアギャアと醜い論争をしている内に、麺が茹で上がったのか、そそくさとスープを溶いて麺を器に盛り付けていく。
「ええい、話が逸れた。問題はキャンプだ。キャンプ」
「私、そういう道具は何も持ち合わせがないんだけど。レンタルできるんだろうか」
「身ひとつで来ていい、との事だが。最低限のものは用意すべきだろう」
「例えば?」
「携帯を充電する為のモバイルバッテリー」
 ずるる、とラーメンを啜る神の姿を見ながら、なんとも物悲しくなる。
「世俗的だなあ」
「今時、携帯がないと何もできんからな。ワシもスマホにしてからというもの、もうすっかり手放せなくなってしまった。潮見表もついてて便利だしな」
「そこは海の神の係累なんだから、携帯に頼るのはやめろ。なんというか、こうイメージが悪い」
「なら絶対持ってくるなよ、充電器。ワシのは貸さんからな」
 文明の利器とは恐ろしい。神さえも骨抜きにしてしまうのだから。もう今更、あの頃には戻れない。
「モバイルバッテリーは用意しよう。あと、諸々」
「まぁ、少彦名命様はその道の玄人でいらっしゃるというから、心配はいらんだろう」
「それもそうか」
「せっかくの機会だ。行くのなら目一杯楽しもうじゃないか」
 そう言ってニッカリと笑った彼の鼻には、青いネギが張り付いていた。

   ◯
 誰もが御存知のように少彦名命様は国造りにおける最重要人物の一人である。大国主命様と共に活躍したが、他にも酒造、医薬、温泉、呪術、穀物、知識、石工などを司る神であられる事から見ても、好奇心旺盛で非常に勤勉な神でいらっしゃることが分かるだろう。
 しかし、そのように高明なる少彦名命様は此処にはいらっしゃらない。
 此処、とは即ち霊峰宝満山にあるキャンプ場であり、これから我々が一泊する山谷の一角である。みっしょわ、みっしょわと蝉のけたたましい鳴き声が響いている。
 そのキャンプ場に三柱の神が途方に暮れていた。
 発起人本人が当日にドタキャンするという、にわかには信じられない事態が起こったからである。
「申し訳ない。もう一度、伺っても良いですか?」
「ええと、ですから少彦名命様はいらっしゃることが出来ません。少なくとも本日中にこちらに戻ってくることは不可能かと」
 困った様子で言いにくそうに話しているのは、背の高い若い男神で、腰には緑色のお洒落なエプロンを巻いている。肌は茶色がかった黒だが、短く刈り上げられた頭髪と身につけているシャツやズボンも真っ白だ。
「つまり、少彦名命様は常世の国へ去られたと?」
「去られたと言いますか、うっかり帰省したと申しますか」
 彼の話によれば、少彦名命様は朝食を買おうとコンビニへ立ち寄った所、トイレのドアを開けたらうっかり常世の国へ繋がってしまい、転げ落ちてしまったのだという。常世の国は水洗トイレの先にあるのだろうか。
「私もバスを降りてから留守電のメッセージを聞いたので、とにかくお二人にお伝えしなければならぬと思い、こうしてお待ちしておりました。荷物は昨夜のうちに事務所に預けておいたと聞いておりますが」
「荷物と言うと、つまりキャンプ道具か」
「『私のことは気にせず存分にキャンプを満喫してほしい!ようこそ、大自然へ!』とのことです」
 思わず空を仰がずにはいられない。キャンプに誘った当の本人が来ないなんて、誰が想像できようか。
「ちなみに、そちらはキャンプの神様で?」
「いえ、私はアウトドアはからきしでして」
 万事休す。
「いっそ中止にしてくれたら良かったものを……」
「言うな、菅原。乗り掛かった船だ。それよりも、御身は何処の神か?」
 日本人離れした長身と肌の色、おまけにこのなんとも言えない香ばしい良い匂いはなんだろう。
「ご紹介が遅れました。私、珈琲豆を司る神をしております」
 一瞬の沈黙。
「……珈琲豆。つまり珈琲の神ということですか?」
「はい。新参者ですが、少彦名命様とは懇意にして頂いておりまして。こうしてキャンプの際にはいつもお声をかけて頂いております。釣神様に天神様にお会い出来るだなんて光栄の至です。菅原様のことは参道の社からよく拝見しておりました」
 参道の社? うちの参道に他の神の社なんてあっただろうか。
「スターバックス珈琲です。国内にとどまらず、全世界のコーヒーショップが私の社なんです。珈琲豆は湿度にも敏感で、焙煎一つ取っても非常に難しい」
「コーヒーショップが社っていいなあ。ワシの社はほとんどが漁船の中だからなあ。おしゃれとは程遠いわい。羨ましい」
「祀られておいて文句を言うなよ。しかし、此処でぼんやりしていても始まらない。とにかくキャンプの用意をしましょう。ええと受付に行けばいいのかな」
 入り口のほど近くにログハウスがあり、そこに大きな看板で『非営利団体 八百万 保養施設』とある。どちらも非常に目新しく、新品同然であった。
 受付には年老いた一人の老婆がおり、頬杖をついて居眠りをしていた。ごぉごぉとイビキをかきながら、時折、息が気管支に詰まるのか、くぐもった咳を繰り返している。
「おい、菅原。この婆様、人間だぞ」
「ああ。どうみても只の人間だ」
「そんなに珍しいのですか?」
「当たり前だろ。神々が集う施設だぞ。只の人間だと色々と支障があるだろう。菅原、まずくないか?」
「何か深い理由があるに違いない」
 そう言うことにしておこう。あまり深く知りたくない。
「あの、御婦人。起きてください」
 耳元で声をかけると、老婆は目をこすりながら顔をあげ、それから大きな欠伸を噛み殺した。
「はい、いらっしゃい」
「あの予約をしていた者なんですが。砂川という者が予約していたんですが、急用で来れなくなってしまいまして。こちらに荷物を預けていると聞いたのですが」
「ああ、はいはい。少彦名命様の件ね。奥にしまってありますよ。あたしは腰が曲がってますから、好きにしてください。トイレは右手側、薪もそちらにありますから好きに使って。お兄さん方もどこかの神様でしょうからね、その辺りはうまくやってくださいな。おトイレはちり紙なんかは流さないでくださいね」
「え? あの、御婦人は何者ですか?」
「あたし? 麓の蕎麦屋を営んでおります年寄りでして。まぁ、店は息子夫婦が継いでますから、家にいてもやることがないでしょう。それで何かないかしらと思っていたら、こちらのお仕事を紹介して頂いて。いや、あたしも驚いてね。玉依姫様がアルバイトにいただなんて知らなかったもんだから。ああ、あたしは昔あそこの竈門神社で巫女をしてたんですよ。もう七十年も昔の話ですけどね。それがご縁で、こんな年寄りを雇ってくださるんですから、ありがたいことですよ」
 リクルートの仕方がかなり雑な気もするが、玉依姫様のなさることに異議を唱えられる者もそうはおるまい。管理人にしてしまうあたり、きっと相当に信心深い巫女だったのだろう。かくいう私も信心深く年若い巫女が成長し、我が子の合格祈願に参拝した時などは、いつもよりも少〜しだけ頑張ってしまう節はある。
「そうでしたか」
 そう思うと、急に目の前の老婆が幼い巫女のように思えてきた。御近所だ。きっと私の社にも参拝に来たことがあるだろう。
「名のある神様とは存じますが、何分見ての通りの年寄りですから、どうかご寛恕くださいね」
 深々と頭を下げる老婆を見て、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
 それから私たちは利用申請の紙にサインをし、キャリーカーに道具一式を乗せ、少彦名命様が予約した区画へと移動することにした。
「驚いた。なにが驚いたって、あの婆様、もうかなりの高齢だぞ。片足こちら側じゃないか」
「失礼なことを言うな。縁起でもない」
「でも、朗らかな方でしたね。今時、あれほど信心深い方も珍しい」
 確かに。最近は御朱印巡りなどで神社にやってくる者は増えたが、信心深い人間というのは非常に少なくなってきている。誓願ではなく、祈願の方が多いのが現実だ。
「私たちに誓いを立ててまで成就させたい願いなんてないのかも。今はなんでも手に入りますし」
「確かにな。うちにも宝くじの当選祈願とか良く来るよ。うちは豊漁の神だぞ?」
「神々あるあるだな。ありとあらゆる人間が、ありとあらゆる願い事をしに来る。願うだけでは叶わないことに気づかない人間も多い。私たちに出来るのは、後押しだけだというのに」
 運と呼ばれる部分だけを、私たち神々が整えられる。あとは当人の努力次第だ。その努力を誓願する者こそ、御神徳が得られるのである。
「珈琲の神の元に祈願に来る者はいるのかい?」
「ええ。いますよ。特に若い女の子が多いですね」
「例えば?」
「そうですね。キャラメルフラペチーノのクリーム増やして、とか。限定商品が注文まで売り切れませんように、とかですかね」
 急に俗っぽい話になったので、思わず笑ってしまった。
「それは経営者に頼むことですね」
 指定されたサイトは非常に景観がよく、太宰府の景色が一望できる。おまけに大きな湖があり、その湖畔のサイトというのはなんとも物静かで素晴らしい。しかし、宝満山に湖などあっただろうか。少なくとも虹色の滝などはなかった筈だし、あの木陰から伸びているのは仙人が食すという仙桃ではなかろうか。
「無関係な人間が迷い込まないようにしてあるんだろうけど、職権濫用ではなかろうか」
「この湖もなんか棲んどるなあ。大鯰か? 菅原、この辺りはお前さんの管轄だろう。なにも聞かされていないのか?」
「なにひとつ、聞いてない」
 管轄もなにも事務ばかりを押し付けられているだけに過ぎないのに。
 八百万の神々というのは基本的に大雑把である。そもそも八百万という言葉も正確な数などではなく、とにかく沢山という意味でしかない。お米一粒に七柱の神々が棲まう国で、神様の総数を数えるなんてのは無駄なことだ。一事が万事そういう調子なので、それぞれが互いの都合などお構いなしに自分の都合を通そうとした結果、こういうめちゃくちゃな空間が生まれてしまうのだ。まぁ、そこで正面きっての争いにならず、テキトーに合わせてしまうのも『らしさ』と言えるだろう。
「とにかくテントを立てよう。寝る場所の確保が最優先だ」
 テントの袋から中身を取り出すと、なんだか布と骨組みのようなものが沢山出てきた。しかし、どこをどう探しても説明書らしきものが見当たらない。
「嫌な予感がする」
「やめろ。お前がいうと現実になる気が増す!」
 しかしながら、私の不安は見事に的中した。テントの中には設営の説明書はなく、ただとにかく大きな布と骨組みのような金属の棒が入っているばかりであった。おまけに他の小さな袋には杭のようなものと、紐が入っていたが、これもなんに使うのか分からない。おそらくは地面に突き刺すものなので、とりあえずその辺りに突き刺しておいた。
「そうだ。ネットで建て方を検索すればいい」
「おお、流石は勉学の神!」
「馬鹿にしてんのか」
 しかし、案の定というべきか、ここはバッチリ圏外である。人払いの結界かなにか知らないが、ネットくらい繋がるようにして貰いたい。これではなんの為に携帯電話とモバイルバッテリーを持参したのか分からないではないか。
「よし。テントは後回しにしよう」
「いいのか?」
「しょうがない。それよりも暗くなる前に火を起こさないと、真っ暗でなにも見えなくなってしまう。天井もない場所で眠るなんて絶対に御免だ」
 焚き火台なるものを組み上げるのは特に難しくもなかったが、問題はどうやって火を起こすかである。
「ライターの類が見当たりませんね。お二人は火起こしの経験などは?」
 二人揃って首を横に振る。
「メタルマッチなるものは見つかりましたから、これで火を起こしましょう」
「なんだ。そんな便利なものがあるなら話が早い」
 しかし、ここからが長かった。
 このメタルマッチなるものは金属の棒を、対になっている金属片で擦りつけると勢いよく火花が散るというものなのだが、これがどうにもこうにも着火しない。細かい枝葉に何度繰り返しても一向に火がつかない。要領が悪いのか、擦り方が間違っているのか。火花は落ちていくのに、煙ひとつ上がらないまま、一時間が経過する頃には、三人とも疲労困憊となってしまった。
「誰か、火の神を連れてくるべきだったな」
「三柱も神が集っておきながら、焚き火ひとつできないとは情けない」
「菅原、生前はどうしていたんだ?」
「平安貴族は自分で火起こしはしないので……」
「ボンボンめ! まぁ、ここ一世紀はマッチがあったからなあ。すっかり感覚がなくなっとる」
「神代の時代はどうされていたんですか?」
「そこはホレ、火の神が通りかかった時にくしゃみして貰うのよ。ただ雨が降っても消えんから、始末が大変だがな」
 それから暫く、必死にシュカシュカ擦ってみたが、一向に火が点かぬまま、辺りがすっかり暗くなってしまった。山間の闇というのは凄まじく、伸ばした自分の指先さえ判然としない。
「うう、もう嫌だ。帰りたい」
「弱音を吐くな!」
「コーヒーがないと、力が出ません……」
「アン◯ンマンみたいだな」
 ぎゃあぎゃあと暗闇の中で喚いていると、不意に頭上から眩い光が差し込んできた。次いで腹の底に響き渡るような爆音がドゴドゴドゴと近づいてくる。それは巨大な空飛ぶ三輪のバイクで、器用に木立の間を縫うように降りてくると、我々の少し先に堂々と着陸した。
「ハーレーだ、ハーレー! フリーウィーラー!」
 興奮した様子で魚釣の神が声をあげた。そういえば昔からああいう乗り物に目がなかったな。いや、まぁ、確かに男子たるもの心が沸き立つものがある。
「ん?」
 私はあの鋼鉄の愛馬に跨がる、あの大天狗に見覚えがあった。
「大山武蔵坊様では?」
 ヘルメットを脱ぐと、活気に溢れた中年の男性がこちらを見て驚いたように破顔した。
「むむ? おお、菅原公ではありませんか! やぁやぁ、ご無沙汰しておりましたな」
 遠雷のようなバリトンボイス。颯爽とバイクを降りると、ブーツの底を鳴らしてこちらへ歩み寄った。その背中には一対の大きな翼があり、歩くたびにみるみると身体の中へと消えていくのが分かった。
「関東からバイクで九州までいらしたんですか?」
「愛車で旅に出かけようと思い立ちまして、全国のキャンプ場を行脚おりました。まぁ、行脚と申しましてもバイクですが」
 がはは、と豪快に笑う大天狗の姿に他の二人が呆気に取られている。
「こちらは大天狗の大山武蔵坊様」
「どうもどうも。今は武蔵国で金属加工の会社を経営しとります。天狗業は副業ですな。なにしろ昨今、天狗業は儲かりませんから」
 呵呵大笑する大天狗の姿に、二人は圧倒されている。無理もない。大山武蔵坊様といえば、かの鞍馬天狗様の朋友であり、源義経の修行にも加わったとされる方だ。信心深く、旅好きでいらっしゃるので全国の山々や社へふらりと現れる。
「しかし、菅原公がキャンプとは意外ですな」
「いえ、実はやむにやまれぬ事情がありまして」
 かくかくしかじかと事情を説明すると、大山武蔵坊様はその分厚い胸板をドンと叩いた。
「私にお任せあれ。なに、野遊びは得意でしてな」
 大山武蔵坊様は腰から小刀のようなナイフを引き抜くと、細い薪を薄く羽毛のように削いでいく。
「フェザースティックと言いましてな。こういうものを先に作っておくと火の点きが良いのです。あとは火口となるようなものを。ええと、麻紐がありますな。こちらをこう解いて」
 手慣れた様子で勢いよくメタルマッチを擦ると、先ほどの私たちの時とは打って変わって大きな火花がこぼれ落ちた。火はほぐされた麻紐に引火し、少しずつ大きくなりながらフェザースティックに火を点け、そこへ細めの枝を放り込んでいくと、あっという間に大きな焚火となった。
 おお、と感嘆の声があがる。メラメラと立ち昇る炎によって、あたりがじんわりと明るく照らされていく。遺伝子に刻まれた太古の昔の記憶か、言葉にならぬほど心がホッとした。
「要は慣れです。あとは火が消えぬように、時折こうして薪を放ってあげればいい。簡単でしょう」
「何から何まで申し訳ありません」
「お役に立てたなら光栄です。他に何か手伝えることは?」
 分別のある神ならば、ここで謝辞を述べて後のことは自力でなんとかします、とのたまうのだろうが、テントも設営できぬまま地面の上に寝袋を直置きして眠りにつくような真似だけは避けたい。
「じ、実はテントの設営もままならず……」
 ペグをとりあえず地面に突き刺しておいたまま放置している様子を見て、きっと実力は露見しただろう。
「初心者にこのタイプのテントの設営は難しいでしょう。分かりました。お手伝い致しますので、まずはそちらのシートを敷いていきましょう」
 こうして、偉大なる大天狗、大山武蔵坊様によってどうにかこうにか焚火とテントを手に入れたのだった。

 テントの設営が終わると、大山武蔵坊様は少し離れた区画へと帰っていった。そうしてテキパキと天幕を設け、焚火を起こし、椅子に腰掛ける。その様子は孤独を愛する、いかにもダンディなスタイルであった。
「さぁ、私たちもコーヒーでも呑んで一息つきましょう」
 そうだ。我々には珈琲豆の神がついている。最高のシチュエーションではないか。
 珈琲豆の神は手慣れた様子でヤカンに水を注ぎ、焚火の上に置く。水が沸くまでに豆を丁寧に挽いていく。私は珈琲にそれほど詳しくはないが、焙煎された珈琲豆のかぐわしい香りが心地いい。
「うーん、良い香りだ。今度、魚釣りについてきて貰えんか?」
「ええ。勿論ですとも」
 コーヒーミルのハンドルを回せば回るほど、珈琲豆の香りは際限なく増していくように感じられた。鼻腔をくすぐる香気が、もはや暴力的と言っていいほどの魅力に溢れていた。端的にいえば、腹が減った。喉が乾いて仕方がない。腹の虫が獰猛な唸り声を発し、喉が砂漠のように乾いた。
「ま、まだでしょうか?」
「慌ててはいけません。ゆっくりと丁寧に。珈琲豆、その一粒一粒に最高の働きをしてもらわなければ意味がありません。最高の一杯を煎れる為には妥協は一切許されないのです!」
 途轍もない矜恃を持っているのは分かる。しかし、この悪魔じみた香りをどうにかしては貰えないだろうか。魚釣りの神などは、血が出るほど強く唇を噛み締めているではないか。
「丁寧に、丁寧に」
 ああもう限界だ。頭がおかしくなりそうだ。もうお湯なんてどうでもいいから、豆をそのまま齧り付いてしまいたい。あとからお湯を飲めば腹の中で珈琲になるではないか。
「うう、うううう」
「ぐるる、るるる」
 しかし、この飢餓にも似た空腹に懸命に堪える私たちを他所に、お湯は一向に沸かない。早く沸けとばかりに二人で薪を放り込み、轟々と火柱があがる様子はもはや焚火というよりもキャンプファイヤーとでもいうべきだろう。
「ようやく湯が沸いたようですね。しかし、これでは熱過ぎます。珈琲を熱湯で煎れるというのは誤りです。正しい温度でなければ風味が飛んでしまいます」
 風味よりも先に、私たちの意識が飛びそうだ。魚釣りの神が服の袖を食べ始めているのを見て、私はそろそろ限界が近いことを知った。神の煎れる珈琲がこれほどの物とは思わなかった。正直、甘く見ていた。
 珈琲豆に適温となったお湯が、焦ったいほどに少しずつ、ごく僅かに注がれていく。フィルターを通して珈琲が抽出されていく度、凄まじい香気が辺りに広がった。
「一度に注いでは全て御破算。急いては事を仕損じると申しますが、正にその通り。ここで焦ってはいけません。どうですか? 素晴らしい香りでしょう」
 それどころではない。
 そして、ようやく珈琲がカップへと注がれていく。
「砂糖もミルクも不要です。どうぞ、そのままお飲み下さい」
 手渡されたカップを前に、思わず息を飲む。こんなものを飲んでしまえば、うっかり神去りしてしまうのではなかろうか。
「いただきます!」
 止める暇もなく、魚釣りの神が飛びつくようにカップを啜る。そして、解脱したような貌になった。ありとあらゆる表情が消え失せ、まるで仏のような神々しさがあった。まぁ、インドに行ったことがないので、直接お会いしたことはないが。
「お、おいしい?」
 私の問いにゆっくりと頷く。
「美味だとかそういう次元の味わいじゃない。ただただ、素晴らしい」
 何を言っているのか、少しわからない。
 百聞は一見に如かずともいう。ともかく飲んでみなければ始まらない。
「いただきます」
 ゆっくりと啜り、珈琲が口の中に広がった瞬間、あまりの味わいに舌がおかしくなったのかと思った。
「あ、ああ、あああ」
 香気が鼻腔をくすぐるどころか一瞬で突き抜け、脳の奥でよくわからない分泌液がドバドバ溢れ出るのを感じた。恍惚感と万能感が怒涛のように押し寄せ、脳裏でパチパチと光が弾け、余韻の奥で珈琲豆の味がそそくささと通り過ぎていった。
「こ、これは、本当に珈琲豆しか入っていないのですか? なんというか、こう麻薬的なものが入っているのでは?」
「まさか。100%、混じりっ気なしのグアテマラ産の珈琲豆です。まぁ、すこーしだけ神気を織り交ぜて抽出していますが」
 待て待て。かなり混じりっ気がある。
「いや、でも確かに美味しいです。うん、こう癖になる味わいですね」
「ああ、とにかく素晴らしい。さすがは珈琲豆の神」
 黒光りする顔で、にかり、と彼は笑う。
「喜んで頂けて光栄です。先程の大天狗様にもお裾分けして参りますね」
 そうですね、と返そうとしてコンテナの中身が視界に入った。各種アウトドア用品の数々が所狭しと入っているが、なにかおかしい。違和感の正体はすぐに分かった。
「まさか」
 コンテナの中身をとにかく外に放り出す。おかしいと思ってはいたのだ。だが、今の今まで失念していた。それどころではなかったからだ。
 あまりの衝撃的真実に私は膝を折らずにはおれなかった。叫び出さずにいられたのは、偏に極度の空腹からである。
「ど、どうした?」
「菅原様、如何なさったのです?」
 私は震える膝を叱咤しながら立ち上がり、コンテナを指差した。
「ないんだ」
「何が」
「食材が、ない」
 一瞬、二人が硬直し、次いで膝から崩れ落ちた。それでも手に持ったポッドを少しも傾けなかったのは、さすがは珈琲豆の神である。
 致命的なミスである。いや、そもそも最初に確認しておくべきだった。誰も買い物袋を持っていないのだから。
「そういえば、食材を買ってくるのは少彦名命様でしたね。ああ、そうか。おトイレに神去りなさってしまったから買い出しがそもそもできていなかったのですね」
「盲点でした。テントや焚き火に気を取られていましたからね。ああ、我が身を呪いたい」
「やめい。お前が落ち込むと雷雲が出て天気が悪くなるだろ。仕方ないわい」
 意気消沈してしまった我々の視界の先、そこへ自然と足が向いた。
 無言で息を殺して、林の木々の合間から盗み見るようにして、大山武蔵坊様のキャンプサイトを見やる。
 なんだか恐ろしく洗練された焚き火台、その隣には小さな丸い子豚のような薪ストーブがある。ストーブの上で焼かれているのはなんとも分厚いステーキで、それをナイフで豪快に切り分けるとモグモグと楽しそうに食べている。椅子に深く腰かけると、小型のテーブルの上に置かれた清酒をグビリと流し込むのが見えた。
 肉と酒で最高の夜を楽しんでいるのを、木陰の闇やが窺い見ている自分たちがなんとも情けない。
 ぐぅぐぅと腹の虫が泣いた。私も泣きたい。
「おい、見ろ」
 魚釣の神が潜めた声で示した先にあるのものを、私たちは見逃さなかった。
 食糧袋だろう。そこから覗く、複数のカップヌードルの姿に我々は光を見た気がした。これは天命である。恥を偲んで事情を説明し、あれにあるカップヌードルを分け与えて貰うほかに道はない。
 しかし、あれほど完成された男の浪漫を凝縮した世界に、軽々に足を踏み入れるのは憚られた。仮にも我ら三柱は神であり、乞食のような真似はできない。しても良いけど、恥ずかしい。
「菅原様、まずは私の珈琲を持参して糸口を探しましょう。その流れで事情を説明することができれば、食糧を分けて貰うことも叶う筈」
「珈琲豆の神様。貴方が来てくださっていて本当によかった。心から御礼申し上げます」
 彼がもし来ていなければ、私たちは二人で何もできぬまま、この木立の陰で途方に暮れていただろう。いや、更にいえば大山武蔵坊様と偶然ここで巡り逢えていなければ、私と魚釣の神は空腹のまま、焚き火も起こせず、テントも建てられずにいたに違いない。真っ暗闇の中、テントの残骸の中に身を隠していたのかと思うとゾッとした。
 私たちは一度、自分たちのテントへと戻り、新しい珈琲を一から用意することにした。折角であれば淹れたてをお持ちしたい。
 そうして準備を整えて、私たちはいかにも『食後に美味しい珈琲をお持ちしただけです。他意はありません』という空気を醸し出し、大山武蔵坊様のテントへと足早に直行した。お腹が減りすぎて最早痛い。
「大山武蔵坊様」
 私が声をかけると、ちょうどお食事を終えて焚き火の炎を眺めていらっしゃる所だった。
「おお、これはこれは。こちらに顔を出して頂けるとは面目ない」
「いえ、先程は有難うございました。実は先程の御礼というのもなんなのですが、こちらの珈琲の神を司る方が淹れて下さった、最高の珈琲をお持ちしました」
「おお! これはご丁寧に!」
 いや、申し訳ない、と大天狗は軽やかに立ち上がり、差し出された珈琲に口をつけた。そうして、おお、と感嘆の声を挙げられた。
「なんとなんと! いやはや、これは凄い。珈琲とはこれほどのものでありましたか」
「私も初めて神の淹れる珈琲というのを口にしましたが、筆舌に尽くし難いものがありますね」
 当たり障りのない会話をしながら、いつカップヌードルの話に持っていくかと思案するが、あまりの空腹に脳味噌がうまく回らない。常時ならばレースカーのエンジンもかくやという回転力を誇る我が脳が、今は空腹のあまりハムスターボールのような有様となっていた。魚釣の神が肘でゴスゴスとせっついてくるのも鬱陶しい。
「いや、もう少し早くお越し頂けたら何か御馳走できたのですが。生憎、天狗ひとりの気ままな旅なものですから。無骨に肉を焼いて酒を食らうばかりでして」
「いえいえ、お気になさらず!」
 こういう時に謙遜してみるのは、最早我が国のお家芸であるだろう。喉から手が出るほど欲していても、決してがっついてはいけない。人には分別があり、礼節がある。矜恃もまた然り。
 しかし、その時、ついに私の腹の虫の堪忍袋の尾が切れた。
 ぐるるるるるるるる、ぎゅぅうううう、ぐぉおおおおるるるる。
 まさしく咆哮ともいうべき腹の音が闇夜の山野に響き渡った。今頃、拝殿の狛犬たちが何事かと空を見上げているに違いない。
「菅原様。もしや、お腹が空いていらっしゃるのでは?」
「実は、かくかくしかじかで食糧がなく。途方に暮れておりました」
 後ろの二人が私と同じく肩を落とす。
「それならそうとすぐに言って頂けたら良かったのに。水臭いことを仰らないでください。しかし、大したものがないのです。ああ、そういえば非常食のカップヌードルがありますな。こちらでも宜しいですか?」
「ええ、勿論です!」
 こうして、我々三柱は今夜の食事にありつくことが出来た。
「こんなものしか御用意できず、申し訳ない」
 大山武蔵坊様はそう繰り返し仰っていたが、極度の空腹の中で待つカップヌードルというのは途轍もない魅力に溢れていた。焚き火にかけられたケトルが湯を沸かし、炎の気をたっぷりと含んだ熱湯がカップヌードルに注がれていく。3分を待つ間に、カップヌードルのしょうゆ、シーフード、カレー味を決める壮絶なジャンケンがあり、私は勝負を制して待望のしょうゆ味を手に入れた。
「いただきます」
 手を合わせ、黙祷する。
 付属のプラスチックのフォークを手に取り、蓋を外すと湯気と共に立ち上る食欲を掻き立てる香りに腹の奥がぐう!と鳴った。
 熱いスープへフゥフゥと息を吹きかけ、麺を一気に啜る。あまりの美味さと満足感に涙が出た。後はもう器の底が見えるまで、一息にむさぼり食べた。そうして汁の最後の一滴まで飲み干して、手を合わせると自然と涙が出た。
「ご馳走様でした」
 滂沱の涙であった。
 どうしてこう、真夜中に外で食べるカップヌードルは美味いのだろうか。
 焚き火の向こうで、大天狗が笑顔で酒器を渡してくれた。透明な液体をぐびり、と呑むと花の香りのする極上の清酒であった。はぁ、と思わずため息がこぼれた。
 夜空を見上げると、満天の星空が見えた。
 なるほど、キャンプも良いものだ。
「飲みましょう。交友を深めるべく、焚き火を前に酒を飲み交わす。キャンプの真髄はここからです」
 こうして、ようやく神々の宴は始まったのだった。
 

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