漫画描きとイラスト描きは求める「画力」が違うか?(日記)

友達とLINEしてて、漫画を描く人とイラストを描く人じゃ絵において目指すものが全く違うよねって話したら、それは人それぞれ違うんじゃない?と正論パンチを喰らい、「まぁ、そりゃそうなんだが」とやや釈然としない気持ちになった。

色々理屈をつけるような話でもないので「私」視点で見ると、まず絵を描く際に求める時間、「速度」の観点が違うと思っている。
「画力」って言うと人がどんな力を想像するかと言うと、「描かれた絵それ自体の魅力」とそれを「アウトプットする作者自身の力」だと思うんだ。
それは全く正しいんだが、それは「画力」という言葉の"結果"の部分に偏っていて、三次元的に「画力」という言葉を捉えられていないんじゃないかと。

その「画力」という言葉のZ軸こそが、絵を出力する「速度」の観点で、漫画を描く人はその「速度」という観点込みの「画力」を求めざるを得ないと思うんだ。
何故?
何故って時間がないから……20ページの漫画を描くとして、人物のいるコマが毎ページ5コマあるだけで100人の人物を描かないといけない(まぁ、顔だけ、上半身だけのコマも相当数生まれるだろうが、一番気を遣って描くのもそこだ)。

人物1体のイラストを描くのに1日で仕上げるのは早い方と言えるが、それを漫画でやったら単純に100日かかる。20ページの漫画に、作画だけで3ヶ月以上かけるのはやや遅い。いやかなり遅いのではないか?と思う。
20ページは週刊連載漫画家の1週間でしかない。
一方で、イラスト100日チャレンジがTwitter上で流行してから久しい。100日で100体のイラストを描くことは、それがどんな程度のものであれ、凄いことで、難しいことだと理解されている。
そこが違う。

目指しているものが違うと感じる。

何故そうなる?理由は、絵に対する扱いの違い。イラスト描きにとって絵は「作品」だが、漫画にとって絵はある種の「素材」だから。
漫画描きにおいては、絵で""一定のクオリティを担保したい""という欲望があるのであって、""絵の部分で高みを目指したい""とは思わないのではないか。だって、漫画描きは""漫画を描きたい""のだろう?
例外はあるが、多くの漫画描きは絵の高みを目指す時間がない。物語やコマ割りやらの事も必死に考えている。
絵のことを本気で真剣に考えるのはイラスト描きと、一部の美術的な地力がある漫画描きだけがやれば良い。

苦しみの話でもある。漫画描きだって絵が好きだ。
漫画の中の「記号」としての絵が好き、というだけで済まない事が多い。ややわかりずらいか?
イラスト的な絵には「解剖学的見地」が大事だが、「記号」であれば、その見地の重要性は下がる。福本伸行の漫画の絵は「記号」として人物を描く事が非常に上手い(効率的に人の心情を伝える事が上手い)が、「解剖学的見地」において全く上手くない、とでも言うか。
漫画描きだって絵の高みは目指したいし日々研鑽を積んでいるよ。でも、目指せないんだそこは。自分が下手くそだと思いながら、漫画を描くために、速くあるために、「画力」のX軸とY軸はある程度犠牲になる。地力を鍛える時間はないし、常に最高の状態の絵で漫画としての絵は出力できない。

こういう事はわからないもんだよな、と思うかな。例え自分の絵が下手くそでも、最高のクオリティに到達していなくても、進まないといけないと駆り立てられている。この世界の隅っこにいる雑魚の漫画描きはそういうことを思っている。

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