見出し画像

『スーツ=軍服!?』(改訂版)第76回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載76回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
②紳士用下着と水着の歴史

米軍が普及させたTシャツ

第二次大戦期の米軍の戦闘用ジャケットは、シャツの上に羽織るジャケットという位置づけであった。下に着るシャツは普通のコットンシャツを流用なのだが、本来は米軍のシャツはネクタイ着用である。ドイツ親衛隊のように、「戦闘中もネクタイを外すな」という厳しい軍隊もあったが、米軍はそんなはずもなく、当然最前線ではいわゆる「クールビズ」である。そこで、シャツの襟元の下から覗いてもかっこいいようなかっちりした下着というのが出回るのがTシャツというものだ。あれも元々は米軍の衣装として普及したのである。
今では夏場、ごく普通に着るタウン・ウエアだが、もともとは下着であって、決して人前で着るようなものではなかった。
本項ではしばらく、男性の下着についての歴史を紹介しよう。

「ふんどし」から急所を隠す「股袋」まで

二〇一三年初め、島根県のある町で、公園にある裸身のダビデ像が卑猥だから、下着を着けてほしい、という声が住民から出ている、という話があって海外にまで報道された。ダビデに下着を着けさせるなら、どんなものになるだろうか? 
史実のダビデは紀元前千年頃のイスラエル王で、下半身に着けていたのはロインクロスと呼ばれる布だろう。腰巻きを股に通して縛るだけの、要は日本のフンドシと変わらない。宗教画で、十字架上のイエスが腰に付けているのもこれだ。フンドシ文化は延々と続き、ローマ時代の最後までこれが用いられた。
その後、ゲルマン人が大移動してくると、ロインクロスに代わり、ゲルマン系のブレーというズボンが欧州で主流になる。これは要するにステテコのようなものだった。その後、欧州人の上着は裾が長いロングスカートとなって、ブレーが廃れてしまう。
以後、十三世紀頃まで中世の男性たちは「ロングスカートの下はノーパン」つまり、スカートをめくると局部はすべて丸出し、という文化が続く。十四世紀頃、甲冑の形式がタイトになったため、男性の上着は短くなり、足回りには長い靴下を履くようになった。左右の靴下を合わせた急所の部分にコッドピース(股袋)というカバーを着けるようになる。十六世紀の英国王ヘンリー八世はいたくこの股袋を愛し、巨大な男根を模したものを流行させた。好色な王がセックスアピールを強調したとも、彼が梅毒を患い、大きめな股袋でないと痛かったため、とも言われている。
この後、欧州の男性は半ズボンを履くようになり、コッドピースも徐々に消滅。下着としてドロワース(ズロース)を着けるようになる。これまた、緩い膝丈のステテコのようなもので、十八世紀末の英雄ナポレオンも軍服の下はこの下着を着けていた。

上下つなぎのユニオンスーツからTシャツに

そして十九世紀、非常にタイトなズボンが流行する中、アメリカで「ユニオンスーツ」という上下ワンピース型の紳士用肌着が登場し、世界中に流行した。これは、一つには、十九世紀前半の紳士用トラウザーズ(長ズボン)が非常にタイトなうえに、色も白色で、それまでの緩い下穿き「ドロワース」(日本でいうズロース)が適していなかったことが理由としてあげられる。またシャツやトラウザーズは白が基本だったから、その汚れを極力防ぐ、という必要性もあった。
この上下つなぎの肌着が、十九世紀末から二十世紀初めに、上下に分離していった。つまり上半身用の肌着が、後のTシャツである。一方、下半身の肌着が、後の日本でいう「ももひき」や「ステテコ」になり、さらに短縮されて、今のトランクスに発展したのである。
Tシャツは初め、米西戦争(一八九八)で米海軍の水兵たちに支給されて好評を博し、主に米軍内で軍用の下着として普及、第一次大戦では兵士たちの必需品となった。
同じ頃、例えばドイツ軍などでは明解な記録もないのだが、というのは当時として当たり前の習慣はかえって記録に残らないからだが、ドイツ兵は、あの折り襟の軍服の下は軍用のシャツで、その形式も十九世紀以来の被りタイプだった。下半身はまだユニオンスーツの下半身部分、日本でいう「ももひき」あるいは「ステテコ」のような肌着、いわゆるロングジョンを着けていた。
丈が短いトランクスという下着を、部隊単位で支給し始めたのもおそらくアメリカ軍で、それがアフリカ戦線で上半身裸になる事の多かったイギリス軍にも好評、さらに敵方のドイツ軍にも好評となって、そのへんから今のトランクス式の下履きを支給するようになったようである。
ちなみにわが日本軍は終始、下半身の肌着は「ふんどし」であった。その上にステテコを穿いており、日本軍では「袴下(こした)」と呼んでいた。上半身は襦袢(じゅはん)と呼ばれる軍用シャツだけで、その下に肌着を着けることは、原則としてはなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?