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『スーツ=軍服⁉』(改訂版)第111回

『スーツ=軍服⁉』(改訂版)連載111回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。

エリートのための熊毛帽、貴族のためのパパーハ帽

冬場となれば防寒用の帽子も出番となる。
特に毛皮の帽子となると、先ほども挙げたが、ウズベキスタンの民族帽チョギルマからオスマン・トルコ軍経由で広まったカルパック帽が有名だ。
カルパックとはトルコ語で皮帽子の意味で、十八世紀以後、ナポレオン軍はじめ各国の精鋭部隊用の帽子となった。今でも英国の赤い制服の近衛兵があのタイプの黒い皮帽子を被っているが、これは一八一五年にワーテルローの戦いでナポレオン軍の皇帝親衛擲弾兵連隊を敗北に追い込んだ英国近衛擲弾兵連隊が、勝利を記念してフランス式の毛皮帽を採用したのが由来。まさにエリートの中のエリートを意味する帽子だったわけだ。
ロシアから生まれたのが大きな耳当てのある毛皮のウシャンカ帽。ウシャンカとはそのものズバリ「耳当て帽子」という意味だ。大きな耳当てを頭頂部で留めるタイプの防寒帽は、ロシアで古くから民族帽として存在し、有名になったのは一九一八年、ロシア革命の時期。この内戦の中で赤軍の帽子として使用が始まり、以後、ソ連をはじめ共産圏中心にこの帽子が普及した。それで「共産帽」という異名もある。ツバ付きのタイプはケーバ帽とも呼ばれる。なにか外国語から来た言葉のような気がしてしまうが、これは「競馬帽」の意味であるらしい。
労働帽というイメージのウシャンカに対し、ロシアには「銀河鉄道999」のヒロイン、メーテルが被っているような、耳当てがないタイプの毛皮の貴族的な帽子もある。近年、女性向けに人気が高まっているが、これは一般にコサック帽と呼ばれる。ロシアでは正式にはパパーハと呼んでおり、グルジアの民族帽から、騎馬民族であるコサックの帽子として広まり、特にロシア帝国の高位高官の帽子というイメージになった。だから実は、ソ連革命期には着用禁止だった。その後は再び独特のゴージャスさが受けて上流階級の帽子として復権。今では世界的に用いられている。
耳当て付きの帽子といえば、第一次大戦で普及した「飛行帽」もある。当時の飛行機は操縦席が露出式で、パイロットは風をもろに受けたので、裏皮製の特別の帽子が広まった。これは第二次大戦まで広く使用されたが、操縦席が密閉式になり、また軍用機ではヘルメットを被るのが普通になったので、近年では実際にパイロットが使用することはまれである。

 ◆ニット帽は「モンマス帽」に「バラクラーバ帽」

 ウインタースポーツといえばスキーとスケートが代表格だろう。雪上を板で滑るスキーも、氷上を滑走するスケートも、石器時代から存在していたそうだ。
スケートについては寒冷期だった十七世紀頃から欧州各地で普及し、十八世紀にはスポーツ化した。一方、スキーは古くからヴァイキングの人々のお家芸で、十九世紀の中頃からノルウェーで近代的なスポーツとして成立したといわれる。
 当然ながら最初の頃は、専用のウエアと言うほどのものもなかったが、しかし当初からウインタースポーツの付きものとなったのが、ニットキャップである。今やカジュアルな帽子として大人気だが、歴史は案外古く、十五世紀には英国で使用されており、その当時、よく用いられていた町の地名をとってモンマス帽と呼ばれていた。これを大人がうまく取り入れるには、ほかのアイテムをリュックやチェックシャツといった、若向きのものにしないことが大事だろう。どうしても子供っぽい印象になりがちである。
 さらに寒いときには、頭全体をすっぽりと覆う、いわゆる目出し帽がある。何かと強盗のアイテムのように思われがちだが、実は歴史的な由緒があるものだ。十九世紀半ばにクリミア戦争の寒い戦場に送られた慰問用衣料がルーツで、この戦争の激戦地バラクラーバの名にちなんで、英語ではバラクラーバ帽(バラクラーバ・ヘルメット)と呼ぶ。ちなみに、そのバラクラーバの戦場で軽騎兵旅団の指揮を執り、負傷したのが、カーディガンの名のもとになったカーディンガン伯爵だった。

帽子の消滅と復権の兆し

二十世紀に入り、第二次大戦から特殊部隊の制帽としてベレー帽(バスク・ベレー)が採用された。もともとはスペイン、バスク地方の民族帽であるが、第二次大戦から英軍空挺部隊、ドイツ軍戦車隊、英軍戦車隊などの制帽として普及した。英国のモントゴメリー元帥はベレー帽を愛用して、その普及に貢献した。戦後、男女問わずカジュアル帽として一般化したほか、第二次大戦後は、それまで舟形帽を好んだアメリカ陸軍でも一九五四年に、特殊部隊「グリーンベレー」の制帽としてベレー帽の使用が広まり、世界的にも「ミリタリーベレー」として人気が高まった。現代では制服、戦闘服を問わず、もっとも一般的に被られる軍人用の帽子となっている。ただ、アメリカ陸軍は二〇一九年から導入した新しい常装制服の略帽を舟形帽に戻した。二二年に採用したアメリカ宇宙軍の略帽も舟形である。そういう意味で、ベレー帽はアメリカ軍では、本当の特殊部隊以外で姿を消しつつある。
一九五〇年代まで、世界中の紳士のマナーとして、屋外ではなんらかの帽子を着用するのが常識だった。しかし、モータリゼーションの普及やビジネス環境の変化、日本では通勤環境の悪化、などさまざまな理由から帽子着用の習慣は廃れ、一九六〇年代には無帽が普通となった。ケネディ大統領が帽子を嫌ったのも、間違いなくその背中を押したといわれる。
しかし、二十世紀後半以後、帽子をカジュアルユースで使用する習慣が増え、さらにフォーマル系の帽子も復権の兆しがあるという。


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