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「スーツ=軍服!?」改訂版 第30回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)第30回 辻元よしふみ、辻元玲子

ドレスシャツに胸ポケットは無用?

最近、一部で話題になっているのが「ワイシャツの胸ポケットというものは必要なのか?」という疑問。それというのも、欧米の人々はシャツの胸にはポケットは付けない、というのが一般的で、ファッション業界を中心に「あれはやめた方がいい」という意見が根強いのだ。
ワイシャツというのは和製英語で、ホワイトシャツの略語。アメリカではビジネスなどに使用するシャツはドレスシャツと呼ぶ。
また英国ではドレスシャツというと、礼装用の立て襟のものを指すため、単にシャツでよいようだ。
関西方面でいう「カッターシャツ」というのは、日露戦争で日本軍が勝利した際、販売業者が「勝ったシャツ」の意味で売り出したのが由来、というのが通説になっている。
ああいう背広の下に着ることを前提にしたシャツは、原形が古代ローマ時代に登場して以来、長らく下着扱いで、寝巻き兼用でもあった。人前で見せていいものではなかったのだ。中に着込む下着なので、ポケットなども付いていなかった。
しかし欧州より暑いアメリカで、徐々に上着を着ない、さらにベストも着ないシャツ一枚で人前に出ることを気にしない習慣が生まれる。それで、十九世紀末になると作業用のワーキング・シャツに胸ポケットが付くようになり、さらにカジュアルな柄シャツなどでも一般的になっていった。このアメリカ流のカジュアル・シャツの流儀が日本に持ち込まれて、日本ではワイシャツの胸ポケットが常識となったのである。
しかし、原則として夏場でも上着を脱がない欧州の人たちはもちろんのこと、アメリカでもビジネス用のドレスシャツにはポケットを付けないのが今でも確かに一般的で、やはり胸ポケはカジュアル、略装用という定義がある。
翻って日本ではどうだろうか。シャツ一枚のクールビズ姿では、確かに胸ポケットにケータイやIDカード、人によってはタバコの箱などを入れたくなるだろう。今や夏場の日本は東南アジア以上の猛暑地帯で、日本国内では胸ポケ付きのシャツも外国の方には大目に見てもらってもいいのではないだろうか。ただ、欧州を中心とした海外に行く場合は、胸ポケなしのシャツを用意すると、現地での好感度が高まるかもしれない。

燕尾服に合わせるステッキは本来、護身用

今日の最上礼装は燕尾服(テイル・コート)だが、この服装の由来は本来、乗馬用のアウトドア・ウエアだったと述べてきた。十七世紀半ば以来、紳士はジュストコールという丈の長い上着を羽織っていたが、乗馬の際には前裾はない方が便利、ということで前部をカットした様式が登場した。さらに、乗馬時の強い風を防ぐために、ダブルの前合わせや、上まで閉じると詰め襟になる工夫も加わった。このような乗馬用デザインの服が、十八世紀半ばには軍服や日常の衣服、さらに宮廷の衣装にも取り入れられていった。フランス革命期を経た十九世紀初めには代表的な紳士の日常スタイルだった。
しかし十九世紀半ばになると、やはり十八世紀半ばごろの野戦服を起源に持つフロックコートが人気を呼んで、燕尾服は古臭い服と見なされるようになり、純粋に乗馬用のファッションとして使われるほかは、夜間の礼装として生き残った。ところが、ここで夜限定の正装としてドレスコードに残ったために、かえってフロックコートよりも命脈が延びて、二十一世紀の今日も音楽家の正装や国賓級の晩餐会の礼装に用いられている。
礼装としての燕尾服は元来、白いベストやスタッド・ボタン付きのシャツなどと共に、トップハット(いわゆるシルクハット)やステッキ、白いグローブなどの小物一式も携帯するのが正しいルール。足元のコート・シューズ(パンプス)は、十七世紀にルイ十四世が好んだリボン付きのスリップオン・シューズの流れを汲むもの。また手に持つステッキも、同じ時期のベルサイユ宮殿で、武官以外の貴族が帯剣する代わりにステッキを護身用に持ち歩くようになったのがルーツである。

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