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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第39話


佳太ー会いたい

名古屋に向かう日は、ちょうど8日だった。
リコが休みを取る日。

新幹線に乗るまで見送りしたいからと
ついて来てくれた。

マンションを出て
いつものように駅に向かう。
この道も2人で、何度歩いただろう。

駅までの道のりは、いくつもの思い出が
そこかしこに残っている。
でも、今日で僕は、戻る道は歩かない。
一人で歩く帰り道のリコを思うと
切ない感情でたまらなくなる。

何となく言葉が出なくて、リコの手を握った。
強く握り返す彼女の手は、細くて儚げで
このまま離さなくて済めば良いのにと
心から思った。

それでも駅に着いて電車を乗り継ぎ
東京駅までたどり着く。
出発の時刻までの30分。
「魔法使いになって
時を止められたら良いのに」
リコが呟く。
「おんなじ気持だよ」と僕。
「魔法の絨毯にも乗れたら
毎日の様に会いに行けるのにね」
「魔法は使えないけど、心はいつでも
リコの元に居るから」

他愛のない話をしている内に
発車5分前になった。

自販機で買ったお茶を、渡してくれるリコ。
乗車口に立ち
「元気でね」
「ケイもね」

発車の知らせが鳴り、ドアが閉まる。
ガラス越しに僕は
「あ,い,し,て,る」と
くちびるを動かす。
リコは大きくうなずいた。

新幹線はあっという間に
ホームを離れていく。

座席に座り、車窓を流れる景色を
ただ眺めていた
富士山が見えてきた。
カメラを取り出し写す。
そして、そのままカメラに残っている
リコの写真を眺めていた。

♢♢♢♢♢

会いたい。
会いたい。
会いたい。

毎日、朝起きる度
リコの写真を見ては思うんだ。
女々しいとか言われても良い。
彼女を意識してから何日も置かずに
会えていた事に、改めて気がつく。

だからこんなに会いたいんだ。
離れることがこんなに辛いとは
思いもしなかった。
彼女を守ろうとしていた
支えようとしていた僕だけど
そんなのは違っていた。
本当は僕が彼女から
支えてもらっていたんだ。

仕事で新しい企画が採用されると
東京の本社へのプレゼンテーションに
行く事があると、上司から聞いて
めちゃくちゃ頑張った。
そうして、ようやく僕の企画が通り
東京への出張が決まった。

コロナがなければ
自腹でいつでも帰っても良いんだけど
個人的な移動は、控える様言われていて
仕事でも無いと戻れなかった。
リコも看護師だし
お互い行き来は出来ないと
暗黙の了解だった。
だから、僕達は毎日のように
LINEで連絡取り合っていても
「会いたい」と言葉に出せなかった。

スマホ越しに声を聞いたり
顔を見ていてもやっぱり会いたい。

リコに会いたい。

出張が決まってすぐ
リコに連絡を入れた。
彼女もすごく喜んでくれた。


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