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ロットゲイムの物語6:お嬢様と元海賊《新生》

 次の日からは都市内にあるギルドやらお店やらを見学したり品物を見て見たり魔物の討伐を請け負ってザナラーンの砂だらけの土地を駆け回ったりして過ごしてた。討伐なんかの依頼は土地勘が出来始めてから、だけど。しばらくはウルダハに滞在して気候と、1人で過ごすのに慣れてからもっと遠く…ドライボーン(干からびた骨とかおっかない地名だわ)とかに行ってみようかな、なんて思っててだいぶ、ウルダハにも慣れてきたある日。

エーテライトプラザのあるあたりをブラブラ歩いてたら、道の端っこで、女の子が泣いてるのが見えた。ヒューラン族で…10才とかくらいかな?近くにいる冒険者の武具を手入れしてくれるララフェル修理屋が困った顔でどうにかせんと、と慰めていた。これ絶対首突っ込んだら面倒な奴だよなぁと、思いつつほっとけなくてひとまず困り顔の修理屋に声をかけた。

「どうしたんだい?」

「!いや、よく分かんないんだがどうも、なんか盗られたみたいでねぇ。」

「えぇ…こんなちっちゃい子から…。お嬢ちゃん、何があったのか話せる?」

しゃがみこんで目線を合わせてから問いかける。涙でくしゃくしゃになった顔がこっちを向いた。幸い、怖いとは思われなかったらしい。アタシはルガディンで体が大きいから、初対面の人とか子供には結構、怖がられるんだけど…よかった。

「…おばあちゃんの石…おじさんがもっていっちゃったの…。」
「おばあちゃんの石…?」

泣きながらな上まだ小さくて、語彙もないから理解するのに苦戦したけどおチビさんが言うには『数人の男におばあちゃんから貰ったピカピカする石を盗られた。』と言うことらしい。多分だけど、お気に入りの石だったから手に乗せて見てたのをそのおじさん達に見られてたんだろう。なんにせよこんな小さな子からモノを盗って行くなんてろくな奴じゃないのは間違いないけどね。

「おにいちゃんがおいかけていった。」
「おじさん達を?」
「…うん…ここでまってなさいって…。」

誰か、すでに追いかけた奴がいるらしい。ちょうど、奥に入っててどれもこれも、全然見てなかった、と修理屋がどこか申し訳なさそうな顔をした。自分が店先に居たら大人の人の目がある事にるしアホがおチビさんに絡まなかったかもって思ってるのはアタシにも察しがついた。

「おじさんとかおにいちゃんはどっちに行ったか覚えてる?」「…あっち。」

おチビさんが指差したのはナナモ新門。西ザナラーンに出る大門で、アタシがウルダハにやってきたときに最初に通った門もこれだ。

「…兄さん、悪いけどちょっとこの子見ててやって。」

「えぇ…あ、いや、俺じゃ追っかけても何もできないからそっちのが良いか…。わかったよ。」

「アタシも悪いおじさんを追いかけてくるからここに居るんだよ?」

「…ぅん。」

お嬢さんに会った日のこと思い出すなぁ、と思いながらナナモ新門を抜けて西ザナラーンに出る。ササモの80階段っていう、名物みたいになってる大階段があって。正直ここの上り下りはシンドイ。その上、その日の天気は砂塵で砂だらけだった。肌を出してると砂つぶで結構痛い。ざっと見渡した感じ怪しい人影は見当たらない。

新門を見張ってる番兵に、怪しい人を見なかったか?と聞いてみると、少し考えた後に、怪しいとは思わなかったけどちょっと前に酷く急いで階段を下りて行った奴と、そのあとアタシみたいに怪しい奴を見なかったか?と聞いてきた冒険者が居る、とのことだった。どっちに行ったのかも聞いてみると、階段を下りる姿までしかここじゃ見えねえしなあ…と困った顔をされた。確かにそれもそうだ。

「降りてすぐに、スコーピオン交易所があるから、そこでも聞いてみるといい。」

「わかった、そうするよ。ありがとう。」

ひとまずそこに向かってみる。この砂塵じゃ、足跡も当てにならないし物音もちょっと聞きづらい。スコーピオン交易所は、あちこちの荷物を運びだしたり、運び入れたりしてる場所で、ラプトル運輸、とかいうのがよく宣伝をしてる。ここの仕事もちょっと手伝ったことがあるよ。荷物の運搬とか移動とか整理とか、お嬢さんたちのところでもやっていたからアタシには慣れたもんだしね。

入ってすぐのとこにいる人、何人かに話を聞いてみたけど、どうもここを突っ切るようなことはしなかったらしい。そりゃ人目につくのは避けるよね。ただ、なんかソワソワしてる二人組を見たって人が何人かいて…その人たちによれば、ノフィカの井戸のほうにこそこそ歩いて行った、との話だ。

ノフィカの井戸ってのは、ザナラーンの方面では貴重な川の事。ここは乾燥しているのに、水源がある…地の女神ノフィカ様のお恵みに違いないってんでそんな名前がついてるらしい。おもしろい名前の付け方だよね。アタシだったら西ザナラーン川、とか安直につけちゃう気がするよ。

とりあえず、そっちは人の眼が入りづらいのは確かだ。なにせ、断崖絶壁の下にあるし、降りた先に洞窟みたいのがある。一時しのぎだけどそこに隠れて、夜を待ってから闇夜に紛れて本格的に逃げる、なんてことも出来るし。

徒歩で追いかけるとなるとちょっと時間はかかるけど、おチビさんの泣き顔を思い出すと手ぶらでは帰れない。いや、見つけられなかったら手ぶらで帰るしかないけどさ。いるかいないか、わかんないけど、行ってみるしかない。行かなきゃわかんないからね。

歩いてるだけだと時間かかりすぎるから、時々走ったりしつつ…。ノフィカの井戸は断崖絶壁の下なわけだから、昇降用の階段っていったらいいのか、そういうのが着いてるからそこから降りる。ヤバイ、これ結構疲れる。リムサ・ロミンサにもにたような感じの絶壁があるし、あそこも同じように昇降する建物くっついてるけどあそこより狭くて怖いし。ともかく、どうにか降りきって、洞窟のある方を覗いてみたら…二人組のいかにもゴロツキってのと多分、冒険者だろうっていう男が1人見えた。

ゴロツキが悪態をついてるのを、冒険者のほうが呆れたようにしつつ、あのおチビさんのモノを返すように話をしてるっぽい。砂塵のせいでちょっと声が聴きとりづらいけど。

「大丈夫かい?」

後ろから、一応、斧を握りつつ声をかける。ゴロツキ2人が面倒そうな顔をしたのが見えた。同時に、冒険者のほうがチラっとこっちを振り向いて確認してきた。

「…何ともない。」

近づいて分かったけど冒険者らしき男はアウラ族だった。黒い髪に黒い角と黒い尻尾が生えてて。否応無しに、絶影を思い出すけど彼奴の素顔は知らないし…それにあいつは白髪だったね。でもなんか…雰囲気似て感じるね。このにーちゃん。

「アンタたちかい、女の子からモノ盗ったってのは。とっととおチビさんの石を返しな。」

まったく別の悪事なりで問い詰められてるのかもしれないし、下手すると冒険者のほうがダメなことをしてる可能性もある。けど、とりあえず話題として振ってみた。なんか反応あるんじゃないかと詠んでだけど。

「こんな高そうな石あんなチビが持っててもしょうがねぇだろう。俺らで売って金にしてやるよ。」

なるほど、ビンゴだわ。わざわざなんで盗っていったかも教えてくれたよ。見つけられなかったら盗品扱う商人に流されて、探せなくなっちゃってたね。

「はぁ〜馬鹿だねほんとに…。返さないなら無理やり返してもらうよ。」

「たかが冒険者が正義漢面しやがって!」

確かに別に、冒険者は正義の味方じゃないんだけどさ。アタシはあんなちっちゃい子がこんなゲス共に泣かされてると思うと腹立っちゃう質ではある。…これって正義感なのかね?

ゴロツキの二人は片方はエレゼン片方はハイランダーっていう組み合わせでガタイもいいし、背も高いんだけどアタシとアウラのにーちゃんもがっしりしてて背が高いから威圧感としてはドッコイドッコイか。二人組が苛立つように得物を構えたのを見てアウラのにーちゃんが呆れたように肩をすくめてみせる。

「…あの子にとっては金銭的な価値が重要なわけじゃないんだがな。」

「うるっせーよこのトカゲ野郎!」

罵り言葉なんだろうけどたぶん、あの罵り言葉はアマルジャ族にぶつける言葉じゃないかねぇ…まんまトカゲが直立したみたいな種族が居るんだよね。ただしすごいマッチョで…。ルガディンの男たちよりもさらに筋肉質で…それでいて頭も良い。さらには戦いで強い事が重要な、生まれ持って全員戦士って種族だから敵対すると厄介な連中なんだ。そいつらをバカにしたり、挑発するときにトカゲ野郎、なんていうんだけどさ。…まぁアウラも鱗あるし尻尾もトカゲっぽいのは確かだねえ…。多分、トカゲ野郎なんて言われたら、怒る人も居るんだろうけど…。

「…トカゲ?…トカゲか。考えたことがなかったな。」

どうやら、このにーちゃんに対しての罵り言葉としては失敗してるっぽい。面白がってるよ。相手の得物は槍とナックルだった。エレゼンの方が槍ハイランダーの方がナックル。目の前にーちゃんといえば得物が何かわからない。装備を見た限りアタシみたいに斧とかそういうのを持ち歩いてるようには見えない軽装備だ。

うおぉっ!と雄叫びをあげながらハイランダーがアウラのにーちゃんに殴りかかる!砂塵で視界は悪いけど、正確にアウラのにーちゃんの顔を狙って右手が伸びてきた。多少なり喧嘩か荒事か慣れてるみたいで、それに立派な体躯のハイランダーだけあって腕が太い。これがぶつかったら痛い…じゃすまないかもだね。危ない、と思った矢先ふいっとにーちゃんが体をひねって拳を避けた。見た目によらずしなやかで素早い動きでハイランダーの方も、エレゼンの方も驚いたのが解る。アタシも驚いたけど。図体が大きいっていうのは、素早そうには見えないもんなんだよね。避けられて、たたらを踏みながら驚いてるソイツの足をアウラのにーちゃんが自分の足で払う。ぎゃっと短い声をあげてソイツが情けない格好で地面にビタン、と倒れ込んだ。こりゃあ全身砂まみれだねえ。それにしてもこのにーちゃん、マジで動きが早い。

「て、テメェ!」
「…トカゲに転ばされる気分はどうだ?」

さっきの罵り言葉をからかいの声音でそのまま使うあたり、このにーちゃんはそれなりにねちっこい性格らしい。ムッとなったハイランダーが立ち上がろうとするのを見て、アタシが斧をそいつの目の前に落っことして牽制しておく。ドッスンと音を立てて斧の刃がそいつの鼻先を掠めた。多分砂埃が目に入ったろうね。斧が直撃するよりずっといいっしょ。

「ひっ…!」
「良いからそこで転がってな?あんたじゃこのにーちゃん殴れやしないよ。」

力量を測れないのは危ないと思うよ、アタシ。このアウラのにーちゃん、間違いなく戦い慣れしてる。エレゼンの槍使いがこれはマズイと思ったらしい得物を構えたまんま気持ち、後ずさって居る。最初の威勢はどうしたんだい…屁っ放り腰すぎる。でも、まぁ無理もないか。アウラのにーちゃんが単なる正義感だけの冒険者じゃないというのがコイツには分かったってことだし。

睨み合ってたらどっからか足音が近づいてくる。砂塵の音がしてるからどのくらいの人数か、とかは分かんないけど。方向的に…ホライズンのほうの階段かな?ホライズンって場所には転移用の大型エーテライトがあって、リムサ・ロミンサと行き来する連絡船が来る港に近いから、罪の中継地点に使われたり、冒険者たちの休憩に使われたりする場所だ。とはいえ、ノフィカの井戸のほうへわざわざ降りてくる人ってそんなに居ないと思うんだけど…。

「やや!見つけたであります!」

小さな武装したララフェルが数人、そっくり同じ装備をしたルガディンやヒューランを連れて駆け寄ってくる。この装備は…たしか銅刃団、とか言ったか。ウルダハの傭兵部隊…みたいな連中で一部は腐りきった根性してて賄賂とかそういうので悪党と繋がってるらしいけど…今、現れたララフェルはそういう手合いには見えない。なんというか、それこそ正義感が顔どころか全身から満ち溢れてる感じ。

「幼い子から物を盗むとはなんたる卑劣!観念するであります!」

「な、なんだぁ?!」

動揺しているエレゼンを見てアウラのにーちゃんが素早く距離を詰めた。エレゼンがそれ気がついてあって言った瞬間に、アウラのにーちゃんが手早くそいつの腕を掴んであっさりと捻りあげて、槍を落とさせる。ガッシャンという派手な音。槍って結構重いんだよね。悲鳴をあげたエレゼンの足を容赦無く払ってひっくり返すと腕を掴んだまんまララフェルの方を見た。後ろでに捻ってる感じになってるからあれ、痛いと思う。腕、痛めるねえ。事実、エレゼンのごろつきがイテェ放せ!とわめいている。…あれだけ喚けてれば大丈夫か。

「ありがとうな、フフルパ。」

「こちらこそであります!逃さずに済んだのであります!」

ピシッと敬礼をしながら銅刃団のララフェル—フフルパって言うらしい—がすぐに、仲間達と一緒にハイランダーとエレゼンを縛り上げた。最初から捕まえに来てた感じだったけど…アウラのにーちゃんが通報でもしたんだろうか?持ち物もしっかり見てくれておチビさんから盗ったらしいピカピカの石も見つけてくれる。小さいけど、綺麗な石。翡翠かな?

「この石は…。」「彼女に頼む。」

「了解であります!ええと、被害に遭われた子にお渡しして下さい!」

えらく元気のいいララフェルだ。勢いに押されて分かったよ、と石を受け取ってしまった。

「では、自分はこの悪党たちを連れて行きますので!」

「手間をかけてすまん。」

アウラ族のにーちゃんがいたって軽い感じにそう声をかけるとフフルパが再び、ビシッと敬礼して他の仲間と一緒に2人をしょっ引いて言った。なんだかこう急展開すぎない?

「やれやれ…。…それを返してやらんと。」

「え、あぁ、うん。アタシ来なくても大丈夫だったねぇ。」

「いや、助かったぞ。」

斧で牽制してくれたおかげで楽に動けた、とアウラのにーちゃんが言う。漸く、しっかり顔が見えたけど光を遮るために色をつけたグラスをはめたメガネのシェイデットグラスをかけてて、なんというか、目つきが怖いにーちゃんだわ。ともかくおチビさんが待ってるはず。一応、無事だって知らせないと不安になるだろうから、とアウラのにーちゃんも付いてきた。

帰りの道すがら、教えてもらったところによると、テレポでホライズンに先に行ってあのフフルパっていうのに連絡をしておいたんだそうだ。ハズレだったら悪いことした、と謝る所だったがあの野盗もどきが逃げたであろうと目星をつけた通り、あの穴倉に隠れていようとしたのを見つけて問い詰めていたらしい。それでいて、フフルパとは仕事を手伝ったことがあって顔見知りなんだってさ。だからなんかこう、なれなれしいというか、そういう感じだったんだね。

しかし、ササモの八十階段は一日のうちに徒歩で何回も登るもんじゃないわ。チョコボにお願いしたい…めっちゃ疲れる、と思いながら仕方なく階段を登ってザル大門を通ってちょっと行くとあの修理屋の兄さんがおチビさんに果物かなにかをあげて見守ってくれてるのが見えた。おチビさん泣きながらも、しっかり果物は齧ってて面白い。まぁ、ちょっと気がまぎれるくらいの事させたげたいよね。

「お、あんたはさっきの。…だ、大丈夫だったんだな!」

ホッとしたように修理屋の兄さんが疲れた笑顔になる。心配してくれてたらしい。

「大丈夫だったしコソ泥はしょっ引かれていったよ。ほら、お嬢ちゃんこれがピカピカの石?」

しゃがみこんで声をかけて石を見せてやると泣き顔だったおチビさんの顔がぱぁっと明るくなった。可愛い。

「おばあちゃんの石!ありがとう!おねーちゃん!」

「こっちのおにーちゃんが悪いやつをやっつけてくれたからありがとうは、おにーちゃんにもね。」

「うん!おにーちゃんもありがとう!」「宝物が戻って何よりだ。」

「ところで、この子親とかはどこなんだろな?様子を見てたけど…近くにいないっぽくてなあ。」

言われてみれば確かにそうだ。アタシが見かけたときにすでに一人だったんだし、この子。小さな子を一人で置いていく、ってのはウルダハに限らず危ないんだけど、親御さんはどこ行ったんだろう?奴隷目的の人さらいや、口にするのがはばかられる趣味の悪い目的で連れてっちゃうやつってのは、どこの国や地域にも居る。胸糞な話だと、わざと置いてっちゃう…ようは捨てていっちゃうなんてのもあるにはあるんだけど…。このおチビさん、身なりは普通だから難民の子ってわけではなさそうだ。ウルダハの外壁の外には帝国に侵略されたアラミゴから逃げてきたアラミゴ難民や、霊災で故郷や家を失くした霊災難民が結構いるんだけど、その人たちが着る服はもっとボロボロだし。さてどうしたものか。国内にいるんだし、近くにウルダハ正規軍の不滅隊もいるから預けても良いんだろうけど。

「…多分、そろそろ親が顔を出すと思うぞ。」

なんでそう思ったのか分からない。けど、アウラのにーちゃんのいう通りその後すぐ親御さんらしき人がやってきた。至って普通の身なりのヒューランの男女の二人組で、おチビさんの名前だと思うけど、誰かを呼びながら不安そうな顔でフラフラと視線を巡らせながら歩いてる。おチビさんにアレはお父さんたち?と声をかけて視線を二人組のほうに誘導してやった。すぐに、おチビさんが顔を上げて、二人を見つけると「ママとパパ!」と叫んでくれた。すぐに二人組がこっちを見て、パッと顔が明るくなるのが見える。泣きそうな顔で母親らしき女の人が駆け寄ってきて、おチビさんを抱きしめた。遅れて走ってきた父親も、持ってた荷物を地面に置いておチビさんお顔を確かめてる。心配したろうね。

「ああ、よかった…!無事でよかった!」

「どこに行ってしまったのかと…心配したんだぞ…!」

「??ごめんなさい…??」

おチビさんはなんで、両親が半泣きなのか分からないんだろう。迷子になっている自覚が無かったんだろうね。それか、おばあちゃんの石を盗られちゃったことのほうが重要で、自分がどういう状況だったのかすっぽ抜けていたのかも。それでも、なにかしら自分が原因で両親が心配したらしい、というのは察したみたいで困惑気味に謝っている。カワイイ。

親御さんが気を取り直して、アタシたちのほうに視線を持ってくる。ちょっと警戒されたけど、まぁ仕方がないね。アタシもアウラのにーちゃんも見た目が…可愛らしくはないし。修理屋の兄さんがフォローするように、この二人がお嬢さんを助けてくれたんだぜ、と言ってくれている。この中じゃララフェルで小柄だから至って普通の人に見えるだろう。アタシらは一応、冒険者で防具も身に着けてるから…見ようによっては荒っぽそうに見えるだろうしね。

ともあれ修理屋の兄さんのおかげで、親御さんたちは警戒を解いてくれて、娘がはぐれたと気が付いて二人で通りを探し回っていたところでした、と話してくれた。なんでもマーケットで買い物中に逸れたらしい。手をつないでたはずがいつの間にかすり抜けて居なくなっていたんで肝が冷えました…と。子供って一瞬で居なくなるよねえ…。

こっちで起こった事の次第を説明したらびっくりした後になんども頭を下げてお礼を言っておチビさんにも改めてお礼を言うように促して。おチビさん、そこはあまり疑問に思わなかったみたいで、すぐに元気よくありがとうございました!って言ってくれて。ほんとに可愛い。礼になるものが何もない、と言いながらも、母親のほうが買い物したものの中からオレンジを一つずつ、アタシたちに分けてくれる。

まんまるのラノシアオレンジ。リムサ・ロミンサではなじみの果物はアタシには嬉しいね。本当にお世話になりました、とご両親が深々と頭を下げて、おチビさんを連れて帰っていった。おチビさん、親父さんに抱っこされたままバイバイ、をしばらくしてくれててなんだかなごむ。顔が勝手に緩むねえ。

「…お前さんたちお代を貰えばよかったのに。ここはウルダハだ。多少の恩に金もらってもバチ当たらんぞ。」

そういえば考えてなかったわ。お代頂戴って言ったら、もしかしたら貰えたかもしれないね。ウルダハは金の動きが活発で悪い言い方するとガメツイ奴が多い。小さなことでもチップみたいのを要求したり、貰ったり、払ったりするのは割とよくあるみたいでね。堅実、とも言えんのかな?最初は驚いたけど、まぁリムサの商人たちも儲けを出す事と、出費を抑えることは考えてるけどさ。でもまあ、オレンジ貰ったしね?

「ま、いいさお前さんたちのおかげで俺も後味悪く終わらずに済んだしな。」

これで石も帰らない2人とも戻ってこない、とかだったら夢見が悪い、と兄さんが苦笑する。確かに、それは夢見が悪くなりそうだわ。

「兄さんもありがとね。あの子見ててくれて。」

「本当に見てただけだけどな。」

「んじゃ、アタシは帰ろうかな。お疲れさん。」

修理屋の兄さんとアウラのにーちゃんに声をかける。修理屋の兄さんがお疲れな、と手を振って、アウラのにーちゃんも返事はしなかったものの、片手を上げて応える仕草をした。それを見届けてからそこを後にする。マーケットで夕飯の食材を探そうかなと思ったけど…なんか疲れちゃって面倒になってきた。だいたいあの階段のせいだわ。そういや、酒場があったな、と路地に入る。クイックサンドで済ませても良いけどたまには違う所でも。

夕方になってたから店も開いてるし、営業してるの確かめて砂塵で砂だらけになっちゃったからそれを払い落としてから、ドアを開けて入った。ガラン、とベルの音が鳴る。ドアにぶら下がってるやつだった。

いらっしゃいと店主らしきルガディンの男が声を出す。目つきの鋭いおっちゃんだった。アタシの顔を見て、ちょっとだけ、小首をかしげたのが解る。なんだろう、なんか変だった?砂は落としてきたと思うんだけど、まだ埃っぽかったかな?

「おう、お初さんだな。」

カウンター席に座りながら驚いて店主の顔をまじまじ見ちゃう。なかなかにイカツイ、ルガディンのオッさん。一瞥して即、お初さん、と断言できるってすごくない?アタシが怪訝そうな顔をしたからだろう、店主のおっちゃんがごまかすように笑う。笑うと割とやんちゃそうというか、悪戯めいた顔になって思いのほか怖くない。

「あぁワリィワリィ、なに見る顔じゃねぇなと思っただけさ、歓迎するぜ。」

「…来てるお客の顔覚えてるってこと?すごいね。」

「なぁに、長年やってると身につくもんよ。メニューは壁にあるの見てな。」

「あぁ、うん、分かった。」

びっくりしたけどとりあえずなんか軽い食事と一杯、頼もうと、メニューを眺めてると店主の居る側…アタシから見たらカウンターの向こう側から誰か歩いてくる。

「…あれ?アンタさっきのにーちゃん?」
「…奇遇だな。」

着替えを済ませてるらしくて、さっきとは風貌が結構違うけどおチビさんの事で関わったアウラのにーちゃんだ。シェイデットグラスからスッキリしたメガネに変わってて軽装備が黒いスーツになってる。正直、見てくれが怖すぎ。ウルダハの路地にある普通の酒場みたいなところにこんなの立たせるって…この店、治安悪いのか?と勘繰ってしまう。最も鉱山労働者や傭兵、冒険者なんかは血の気の荒いのも多いから、静かにイイものを食べたり飲んだりする店ではないだろうけど。そんな店は多分、お偉いさんや金持ちが多い区画にしかない。もちろん、支払わなきゃならない金額も別格のはずだ。

「なんだ、知り合いだったんか?」

「ついさっきな。」「あー、さっき話してた奴か。」

さっき話してたってアタシが来たのちょっと前だしお疲れって別れた時、このにーちゃん、まだ動き出してなかったはずなんだけどどう言うことなの…。着替えが済んでるどころか砂埃っぽさもないから汚れもしっかり落としてるっぽいし。飲食店で働くとしたらさすがに砂だらけやほこりだらけじゃダメだろう。

「っていうか冒険者じゃなかったのかい。」

「冒険者だぞ。たまに手伝いに来てるだけだ。マスターには恩があってな。」

「俺は助かってるぜーこいついると怖いらしくてアホやらかす奴が減ってなぁ。」

「マスターも大概だろ。」「まぁ、俺も元々傭兵だしな。」

がっはっはっと店主…マスターさんが笑う。言われてみれば顔には傷跡があった。あんな傷はたしかに、普通の人ならそうそう付かないだろうな、とは思う。どこか海賊みたいな雰囲気を感じるのは、きつそうな顔と傷跡のせいかな。このくらいのコワモテと傷のあるやつなら海賊にゴロゴロいたからねえ。

とりあえず軽い食事に、控えめな酒を頼むとその場にいた別の店員が厨房へ行って少ししてすぐに料理を置いてくれる。焼いたノパルにチーズと野菜のソースをかけた奴。美味そう。ノパルって要するにサボテンなんだけどサボテンが美味しいってのは結構な衝撃だよね。あのトゲのいっぱいはえた平べったい植物が食えるって。リムサ・ロミンサにはない料理だから初めて見たときはゲテモノかと思ったもんさ。でも食べたら意外と美味しいんだよね。

酒の方はあのアウラのにーちゃんが用意して料理の隣に添えてくれた。エールとかワインとか色々あるみたいだけど、アタシは船の上やリムサ・ロミンサで飲みなれたエールをだいたい飲んでる。目の前に料理とお酒が並ぶと改めて、お腹空いたなあって思うね。

「頂きますー。」

「…しかし、アンタはつくづく女の子を助ける事に縁があるな…。」

「…は?」

切り分けたローストノパルを一口、放り込んだとき。アウラのにーちゃんがどこかからかう声でそう言って素で、変な声が出た。今、なんつったこのにーちゃん。女の子を助けることに縁がある?お嬢さんの事、知ってんの…?

「なにを思って冒険者始めた…?あそこに勤めてる方が給金もよかったろう。」

すっかり、ノパルを食べる手が止まる。そこら辺の話が分かる角が生えたやつで思い当たるのは一人しかいない。さっきなんか空気は似てるかな、とは思ったけどさ。思ったけどね…?

「…ちょっと待ってアンタ…まさか。」

「《表》では刹—セツ—だ。ロットゲイムだったな。」

「…あぁ、はい、分かった、うん。」

まさかとは思ったけどこいつあの《絶影》本人だ…!髪の色が違うのは…今、黒く染めてるかあの時白く染めてたか、どっちかなんだろう。なんてこった。ここのマスターについさっきのアタシの話が伝わってんのにも変に納得だよ。こいつの事だから、どこかで姿消してアタシより先に店に入ってたんだろう。もっとも、アタシがこの店に入ったのは間違いなく、気分で、偶然。だのにこんな事になるのかい。しかもマスターを見るに多分、マスターは刹—セツ—が裏で絶影を名乗ってるのを知ってる。今のアタシとのやり取りに全然疑問を持ってないみたいだもん。

「…なんか雰囲気似てるかね、とは思ってたけど本人かい…!」

「残念ながら俺だな。」

「いや別に残念て訳じゃ無いけどさ。なんというか突然で混乱してるよ…。」

絶影を名乗ってた時と似たような、どこか不敵な笑みを浮かべて刹がそう言う。今は目元が見えてる分、余計なんか謎の自信満々な感じを受ける。ふるまいを意識的に変えたりはしてないんだねコイツ…。単にそういう性格なんだねこりゃ。

「刹は気のいい奴だぜ?話してて楽でいい。」「そりゃよかった。」

マスターが笑いながら割り込んで来て刹が苦笑まじりに応えてる。仲は確かに良さそう。親子みたいな。それにしたってマスターが一切、絶影の側の話題に突っ込んでこないのが逆に怖い。もしかしてこのお店も裏の人間が出入りしてるんだろうか。いやでも、営業中に積極的に裏の話はするもんじゃないよね、うん。

ほかのお客がチラホラ、入って来てたのを見てマスターがちょっと考えた後に刹に合図をするのが分かる。いいのか?と刹が確認したら《例のやつ》を明日作ってくれりゃいいってマスター応えてた。《例のやつ》って何だろう…裏に足突っ込んでる人間が言うと、凄いヤバそうなモンに感じるよね。刹が苦笑しながらお安い御用だ、と応えてからアタシの方を見た。

「ちょっと付いて来てもらえるか。悪いな。マスターも。」

「いいってことよ。」

戸惑いながら、了解のしるしに頷いて席を立つ。マスターは気前よく笑いながらほかのお客の相手もしていた。アタシが食べてた皿と酒は刹が、トレーに載せてこっちだ、と案内しながら運んでってくれる。背筋が伸びてて見事にウェイター感あるけどやっぱ見た目が怖すぎ。冒険者の格好してたときのほうがいくらかマシじゃないかね…。連れてってくれたのは個室になってる部屋。何部屋かあるっぽい。

「本来は予約部屋なんだが…マスターが使えってな。」

テーブルにアタシの食いかけと飲みかけを並べ直しつつ刹がそう言う。ついでに言うと部屋代を別にとる上席らしい。確かに、大勢が入れる場所に比べて、なんというか備品が豪華だった。上等そうな花瓶に綺麗な生花が飾ってあったり。生花は結構、値がするものなのだ。テーブルや敷物も、広いとこに比べて上質なのが解る。それにしたって、なんで個室に案内してくれたんだか?それも本来は金をとるような上席に。アタシが不思議そうにしてるのが分かったんだろう、刹が肩を軽くすくめる仕草をした。

「突っ込んだ話をしやすいからと、思ったらしい。まぁ、その通りではあるな。ここなら人に会話を聞かれにくい。」

「なるほどねえ。…なんか作れって言われてたけど何を?変なモンじゃないだろうね?」

「…知りたいか?」

少しばかり、もったい着けるように刹が悪そうな顔で笑う。いや、もともと悪人面かコイツ。聞かない方が身のための、なんてもんじゃないといいけど。

「…ケーキだな。」

「…え…?え??アンタ、ケーキ焼けんの!?」

コイツがケーキ焼いてるのがまったく想像がつかなくて思わずちょっと大きな声が出る。そのうえ上ずって変な音の。刹が想像通りの反応でおかしい、と言いたげに笑ってるのがなんかじんわり腹立つ。アタシ自身はケーキ焼けないけど、お嬢さんが焼くんで一緒にどうですかって誘ってくれた時に手伝ったことなら何度かある。正直いって、むちゃくちゃ難しくてめんどくさい、が感想だ。お嬢さんは楽しいらしいし、アタシもお手伝いするだけなら楽しかったけどさ。段々形になっていって可愛いくて美味しそうなものが仕上がっていくのは楽しいよ、うん。でも、あれを1から自力で作るのは無理。絶対失敗するし、とにかく面倒だし。

「焼けるぞ。マスターがそれの一個気に入っててな。」

「それの一個ってことはいくつか焼けるのかい…正直全然似合わないよ。」

「似合わなくても困らないからな。」

ちょっと着替えをしてくるから、食いながら待っててくれ、と刹が席を外す。何気なく出ていくだけなのに絶影だと分かってから見るとまた、音が出てなさすぎる事が気になる。ドアの開閉も超静か。

少しして着替えを済ませて、ついでに自分の分の食事を持って戻って来た。あの格好だと、ここのバーテンとバウンサーをしてるって事になるから着替えた、そうだ。

「…にしても一応冒険者でもあったんだねアンタ。」

「表向きの仕事は冒険者だ。あちこちを見て回れるのは純粋に楽しいしな。」

楽しい、と言った瞬間の刹の顔が思いのほか幼い。本当に楽しいんだろうなっていう顔をした。なんだかちょっと意外に思う。絶影として会った時、なんか裏の仕事をそれなりに誇りを持ってるというか、拘ってやってるように見えたから…裏側の仕事が大好きなのかと。アタシがそう思ったのが、刹には分かったらしい。顔に出てんだろうか。

「…俺が表よりも裏の仕事が大好きで仕方ないと思ってたっていう顔だな。まぁ、間違ってもいないが大正解でもない。」

冒険者業も純粋に好きでやってる、と刹が言う。それなりに経験も積んでるらしい。少なくともアタシより先輩だろう。私はまだ駆け出しなわけだし。なんせ、まだダンジョンに潜ったことはない。あちこちにある変な穴倉とか、遺跡の後とか、荒らされた墓地、とか。そういうところをひっくるめてダンジョン、なんて呼ぶんだけど、非力な連中をダンジョン調査目的で安全に中に入れるために魔物の掃討をしてくれ、なんて言われたりする。刹はそういうのを、すでに結構な数経験済みらしい。人気のない場所がほとんどだから、たいがいそういうダンジョンには危険な生き物がいるんだよね。

「…それで、なぜまた冒険者に。アンタのとこのお嬢さん、若干、アンタに依存してたきらいがあったくらいだが。」

他人である刹にも、そういう風に見えてたんだね。婆やも同じように思っていたらしくて、お嬢さまはきっと、奥様や旦那様が居なくなってしまった寂しさを、ロットゲイムさんが居てくれたことで忘れていられたのでしょうね、と言ってた。だから、できればずっと一緒に居て欲しいと思っていたのでしょう、って。でも、それだとロットゲイムさんを縛ってしまうかもしれないから…冒険者として旅立つのは、お嬢様にも刺激になるでしょう、と。嬉しいような複雑なような。素敵な旦那さんが出来たんだし、お嬢さんがさみしいと思ってる部分が癒えると良いんだけどね。

「あぁ、うん。外をもっと見たくなったのさ。霊災から復興してあんた達アウラ族も増えて来てあちこちが変わっていってるだろ?アタシもその変化に乗っかって見たくなったんだ。」

「…なるほどな。」

「…お嬢さんは…寂しそうにしてたけど大丈夫だと思うし。」

「旦那もいるしな。」

当然のように知ってるのが正直怖い。なにせ、こいつは裏の住人でもあるわけで裏の住人に知らないうちに情報が漏れてるとか結構、怖いと思う。どっから仕入れたんだろう。最も、話してる感じ好奇心で人のプライベートを調べたりする趣味はなさそうだと思うんだけど。

「…なに、バデロンの親父が酒の肴にチラホラ話してくれただけだ。調べようとして知ったんじゃない。」

仕事でもないのに、他人の事情を調べたりするなんて悪趣味なことはしないぞ、と刹が苦笑する。コイツの基準でも悪趣味っていう判定なんだね。それでいて確かにバデロンの親父はなんやかんやあったの知ってるし、その後の話しが出ても不思議じゃないわ。無関係ならまだしも、刹は絶影としてがっつり関わってくれてる話だし。

「…しかし本当に女の子を助けるのに縁があるな。あの感じなら確かに冒険者のほうが向いてるかもしれん。」

「自分でもちょっと気持ち悪い、と思ったよ。絶対首突っ込んだら面倒になる、と思ったのにさ、やっぱ放って置けなかった。今回はケガもしなかったし、おチビさんの宝物取り返せたけど。」

「あれは…婆さんの形見の石だそうだ。」

そういう…?なら取り戻せてなによりだ。形見の品って事は…おばあさんはもう亡くなってて会え無くなってるってことだ。それはおチビさんには大事なものだね。思い出の品なわけだし…。だからあの時、刹は《あの子にとっては金銭的な価値が重要なんじゃない。》なんて言ったんだね。確かに高値のものだからとか、貴重なものだから、とかそういう意味合いで大事なものだったんじゃないね。むしろもっと価値のあるものだ。思いの詰まってる品は失くしたら替えが効かないんだから。

「…アタシはつい、おチビさんが泣いてるのほっておけなくて首突っ込んだけど…アンタはなんでまた?」

「思い出の品ってのはそう簡単に他人が手を出して良いものじゃない。あの子にとってはどういうわけか会えなくなった婆さんとの繋がりの品だ。死別の意味合いもまだ解ってないだろうしな。そういう品を自分達の利益目的で掻っ攫うような奴は俺は嫌いだ。」

正直な話、意外な動機だ。このにーちゃん、実は結構人が良いんじゃないだろうか?確実に厄介ごとで面倒な出来事なのにそういう理由で首突っ込んだとか…。

「…あんたってさぁ。自分では気づいてないかもしんないけど、だいぶお人好ししてるよ?」

少しの間言われた意味が分からなかったらしい刹がちょっとポカンとした顔をする。こいつ、こんな顔もするんだ。

「…考えた事がなかったな…。」

ようやっと出て来た言葉にはちょっと照れ隠しが滲んでる。面白い、こいつも照れたりはするんだね。お人好しなうえで、裏の住人もやってるなんて変わってるんじゃないだろうか。それともお人好しだからなんだろうか?

それからお互い食事をしつつあの時の話とかあの後の話をする。どうしても思い出話はお嬢さんのが中心になるけど。その話の最中に教えてくれたけどバデロンの親父との繋がりは双剣士ギルドとの関わり故らしい。双剣士って言うと、リムサの海賊なら震え上がる裏の掟の番人、て呼ばれる連中で昔は命さえ盗るシーフ、なんて呼ばれてたけど最近、冒険者をスカウトしたりするようになって、シーフじゃなくて双剣士、って呼び名を変えたとかなんとか。海賊の掟ってのはリムサ・ロミンサの民から略奪しないこと、盗品の売買で詐欺を働かない事、奴隷の売買はしないこと…とまぁ色々あるんだけど。

海賊ならでは、だね。普通の人はそもそも略奪しないし、盗らないし、奴隷なんかもってのほかだよ。でも、海賊連中…裏の連中にはそれなりに縁のある行動でね。基本、リムサ・ロミンサの海賊たちはこの掟を守ってるんだけど、破るやつだっているわけで。それを破った時、制裁を下すのがシーフ…今の双剣士たちってことだ。掟破りが深刻であれば最悪、命まで盗る。海賊たちが海賊の基準で真っ当に家業をしてても恐れおののくは双剣士たちの徹底した制裁具合があるからだろうね。

で、絶影=刹は双剣士ギルドに一応、所属もしてるらしい。技術を教えてもらう代わりに双剣士の仕事を手伝う事があるんだとか。バデロンの親父も双剣士ギルドとは面識あるから溺れた海豚亭で連絡付けてくれてた時も双剣士ギルドを経由してたんだって。刹に直接、ってわけじゃ無かったんだね。

色々話してる最中時々、刹が追加のオーダーを確認して他の定員に頼んでくれてしっかりした食事も取れた。本人も適当に何か食べてたけど。

「…あんた確か商人の真似事も出来たな?」

「え?んーまぁ多少わね。旦那に習ったから。」

「俺のところで仕事しないか。」 

「は?って、え?俺のところってどういう意味?」

詳しく聞くとこのにーちゃん家を持ってるらしい。実家、とかじゃなくて本人の建てた家って意味で。なにそれ、結構金持ちって事?確かに、各国が冒険者に土地解放してるのは知ってるけど確か、結構なギルが必要だった気が…。ともかく、その家でちょっとした仕入れをして欲しいって事らしい。ついでに、《仕事》が入った時の手伝いもして欲しいと。…何も殺しを手伝えとは言わない情報収集のほうを、って補足されたけど。アタシの都合優先で仕入れをしたり冒険者として長く留守にしても構わない、って。

「…なんでまたアタシなのさ?」

「裏の俺を知ってるってのは俺にとって都合が良い。家に出入りさせるなら尚更。」

「そういう?いやまぁ、冒険者したいときはしてて良いって言うしそんなに悪い話でも無いけどさ。」

「なに、すぐ答えを出せ、とは言わん。断るにしても乗るにしても、決まったら知らせてくれ。ここか、ドライドロップか…。それ以外で行方が聞きやすいのはバデロンの親父だろうかな。」

「覚えとくよ。」

それでも連絡が付かないなら、手間をかけるが日を改めてくれ、と刹が苦笑する。俺も冒険者してると長いこと音信不通になることはあるから、と。長く連絡がつかないようなら、ここのマスターに声をかけておくのが一番確実だとは思う、だそうだ。マスターには恩があるって言ってたけど、なんだかホントに仲がよさそうだね。あ、ちなみにこのお店の名前《パッシングマーシナリー》って言うらしい。《行きずりの傭兵》って意味なんだって。マスターが元傭兵で自分自身が行きずりみたいなフワッとした人間だからって付けたとか。それでいて世の中の人はだいたい行きずりくらいで終わっちゃうし、ってのもあるんだとか。店名一個にもいろいろ考えるんだねえ。

「とりあえず今日はその話はこれで終いでいい。急ぎの話ではないから、期日も設けない。」

「心得とくよ。」

「…さて、したい話はしたし、俺は満足できる量食ったから、また着替えて手伝いに戻る。」

「…自由だねえアンタは。分かった。でも話せてよかったよ。」

元気にしてるのが解ったのはやっぱり嬉しいし、思い出話をするのも悪いもんじゃない。なんせ、あの話題は共有できる人が少ないんだし。それにしたって店の一員として立ってると思いきや、平然とここで飯食いだすし、話が済んだとなると今度は即、店員に戻るらしい。自由過ぎやしない?マスターさんはこれをOKしてるってことなんだろうけど。あ、OKする代わりにケーキってことなのかね…?どっちにせよ、このふるまいが許されるってのは…マスターも人が良いね。

「アンタはお客で来たんだし、ゆっくりしていけばいい。それじゃあな。」「はいよ。」

軽く片手を上げて挨拶して、さっさと刹が出ていく。絶影の時も思ったけど、なんというかやりとりが、こざっぱりしてるというか…。そっけないとも取れるんだけど、そんなに嫌な感じは受けないね。ともあれ、頼んで運んでもらった食事がまだ残っているから、これを食べたらアタシもお暇しようかな。話しながら食べるってのはやっぱり楽しいんだね、思ったよりも食べちゃった気がするよ。最も階段往復して疲れてたから腹も減ってたんだけどさ。

少しゆっくりめに食べ終えて、そういえば金を払ってないんじゃ?と気が付いた。とりあえず部屋の外に出て、カウンターの方へ行く。刹はきちんとマスターを手伝ってるらしく、客が帰った後のテーブルの片付けなんかもやってた。なんかそういう作業は好きじゃなさそうに見えるんだけど結構丁寧に。マスターのとこによって、飲み食いした代金払った覚えが無いんだけど?と伝えると、ああ、とマスターが少し驚いた顔をする。

「ん?なんだ、刹何も言わなかったんか。彼奴が後で纏めて払うとさ。てっきり伝えてあるのかと。まぁそういうわけだから、気にしなくていいぜ。…そうだな、また来てくれりゃいい。常連になってくれりゃ俺は嬉しいからな。」

「ええ…そりゃ、食事も酒も美味しかったからまたくるけどさ。」

初耳だよ…。アイツそんなこと考えてたのかい。奢りにしてくれたってことだけど。いや、食費が一回分浮くのは正直助かるけどさ。それにしても一言、言ってくれりゃいいのに…。店員として働き出しちゃってる以上、声をかけづらい。一人の客に入れ込むように取られるのは刹だって嫌だろう。アタシも嫌だけど。

「…声かけづらいから刹にはよろしく言っといてもらっていい?」

「承知したぜ。アイツはなあ説明が足らねえんだよ。また来てくれな。」

「ありがとうマスター。また来るよ。」

マスターにだけはとりあえず挨拶して、普通に店を出る。ちらっと働いてるらしい刹を確認したけど、テーブル片付け終えて食器を下げていくとこだった。こういっちゃ失礼なんだけど、なんかああいう普通の仕事姿があれほど似合わないのも面白いわ。冒険者か、裏の仕事してるときにほうがそれっぽい。

店を出るとすっかり暗くなっていた。ウルダハは夜でも表通りは結構賑やかだけど、路地に入ってくれば話はちょっと違う。リムサ・ロミンサだってそうだけど、薄暗くなった路地なんてのはあんまり治安が良いとは言えない場所だ。てなわけで足早にクイックサンドに向かう。食事も済んだし、酒も飲んじゃったから、さっさと着替えて休んじまおう。あ、寝ちゃう前におチビさんのお礼に貰ったオレンジ食べようかな。新鮮なうちに食べるに限るもんね。デザートってことにしてそうしよう。ちょっと食べ過ぎな気もするけど、今日くらいいいでしょ。八十階段往復したし。

早歩きでクイックサンドにやってくると、受付に挨拶して泊ってる部屋に入る。着替えを済ませちゃってから、オレンジをナイフで剥いて皮をお皿にして、ちょっとずつ食べる。着替えた服は明日洗う事にして…。甘酸っぱいラノシアオレンジ。お嬢さんのお家に居る時にもよく食べたけど、冒険者として外に出てから食べたのは…多分、初めてかな。…なんだかちょっと寂しく思う。

思い出につながる食べ物とか品物を見ると、どうしてもお嬢さんと結びついちゃうんだね…。依存してたのはお嬢さんだけじゃなくてアタシもだねえこれは…。頼って貰えるのが嬉しかったんだねアタシは…。海賊中も戦闘員としては頼られてたけど…なんていうのか、ロットゲイム、として頼ってくれたのはお嬢さんが初めてだったから。

…まだお家を出てからそんなに経ってないけどお手紙、書かないとね、元気で冒険者をやってるよって。

よし、明日はお手紙に入れられそうな贈り物でも探しにいこう。オレンジを食べ終えて、皮をクズカゴに放り込んで、歯を磨いてからベッドにもぐりこむ。おやすみなさい、と返事はないのに誰にともなくつぶやいて…目を閉じた。


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