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表裏の縁Ⅲ:壱

 ターゲットを追い詰めて黙らせる。喉を掻っ切ってから胸を刺してそのまま腹へ縦に切り裂いた。悲鳴を出させない為の一撃の瞬間に、今日は聞いてないぞと絞り出したのが聞き取れていた。それだけが引っかかる。《今日は》聞いていない?何をだ?俺の仕事に関してなら《少し前でならば聞いていた》とも取れる言葉だ。やけに周囲を警戒して過ごしているなと思ったが何かしら、誰かしらと接触があったのか?もし《俺の情報》が漏れているならばよろしく無い事態だ。コイツに何かタレ込んだ奴がいるという事になる。昨日から付け回してたがその間はやたら警戒する以外は気にかかる事も無かったのだが……。始めの頃にコイツを調べた後、一日、二日は装備の下準備に時間を使ったからその時に誰か接触したか……。なんであれ情報漏れが疑わしいのは由々しき事態だ。真っ先に疑わしくなるのはドライ・ドロップの同僚達だが情報漏れなど当然、元締めの決めたルールを破る行為で厳罰対象になる。その厳罰具合がエグいせいで滅多にルール違反は起きないのだが……。不穏さを感じ取って、それでも仕事はせねばならないから黙らせたターゲットの遺体を掃除しようと屈み込む。その瞬間に殺気を感じ取って身を捻るが放り込まれて来た小さな袋が胸のあたりにぶつかった。それ自体は痛くもかゆくもないが、胸に当たった後に地面に落ちたそれから分かりやすく煙幕が立ち上る。僅かながら吸い込んでしまってソレが不味かった。神経毒か。指先や足先からわずかに痺れを覚える。大量に吸うとマズイ。強毒性はないと見たがそれでも麻痺させられるだけでかなり危険な事だ。偶然でこんなもんが飛んでくるはずが無いんだからな。マスク越しの瞼が微かに痙攣しだすのが分かる。マズい。身体の感覚が明らかに鈍っていて視覚はともかく、聴覚やら触覚も鈍り出していて相手の位置が詠め無い。倒れないようにしながら周りを警戒していたが、足がもつれ出していた。これではロクに動けない。これは死ぬ可能性があるなと、そう思って直ぐに走りこんでくる音を聞きつけたが距離感が全く分からない。相手の位置が分かった時には完全に間合いに入られていた。ズブッと腹の真ん中に大振りなナイフが突き刺さった。痛みには鈍い体質だが、身体を刺されるのは流石に素直に痛い。肉が裂けて血が溢れ出し、皮膚にも水気がべちゃりと張り付いて来て、黒い防具にも当然染み込んでいってさらに暗い色に染まり始めた。神経毒のせいでどこか痛みにも痺れが混じっていて混乱するな。相手の姿がはっきりと見えないが、毒を吸わないようにフルフェイスのマスクをつけてるようだ。ガスマスクとか呼ばれる類。だから俺の目でなくても素顔は拝めない訳だな。状況は悪いが頭は多少なり冷静で、なら他に何かヒントはないかとソイツの胴体やらをぼやけた目でも確かめておく。抵抗する力もうまく出ないがナイフを持ったままの相手の手首をどうにか掴んだ。

「ッ……!何処のどいつだ……。」
「……。」

当然だが返事はない。問い掛けるのもまだ多少なり煙幕が辺りを漂ってるから良くないのだがこれは情報が欲しいからだ。何かしら僅かでも反応が有れば推測が出来る。掴んだ手首。はっきりしないが手袋はしてるな……?強引に手袋と地肌の境目に指を引っ掛けた。細かい動きがしづらいからかなり乱暴に。相手が振り払おうとしてスポンと手袋がすっぽ抜けて、結果としてナイフからも手が離れる。勢い余って俺は背中から倒れ込んだが奪い取った手袋は握り込んで相手が取り返せぬようにした。当然相手が手袋を奪い返そうと倒れ込んだ俺の手を探って拳からはみ出た手袋を引っ張り出そうとするが放さない。簡単に諦めて死ぬと思うなよ?ソイツが舌打ちをするのが分かる。小声ながら放さねえクソっと悪態をついたのが聞こえた。……お前か……誰だか分かったからな……?これはこのまま死ねないな。どうしたら助かるか考えなきゃならない。もう一度舌打ちの音。グッと刺さったままのナイフを掴まれて、無理矢理引き抜かれて負傷が大きくなる。

「かはッ……!」

思わず空気と一緒に血を吐いた。流石に重い痛みがしっかりとわかる。出血もそれなりだから早めに手当てしたいが俺自身は麻痺が進んできていて自力での止血さえ厳しいか?厄介な。幸いなのは煙幕が晴れつつあるからこの毒を吸う量は減るだろうことくらいか。ソイツが何をしてるのか、俺の近くで転がってるターゲットの遺体を弄っているらしい音がする。それから程なくして立ち去っていった。足音と気配が遠ざかる。微かに聞こえてきた去り際の言葉は、明らかに俺を知っている言葉だった。

―若造の癖にウザいから死ね。―

と言う、しょうもない悪態。俺に声を聞かせたのは間違いだったな……?二度聞かせてくれたお陰で確信が持てたぞ。手袋も後々見れば情報になるだろう。が、後々見れる状態に持っていけるか現状怪しい。自力での手当てが難しい状況では助かる確率が下がる。かと言ってすっかり手足が痺れてしまったのでリンクパールを引っ張り出して誰かしらに助けを求めるのも無理そうだ。もっとも《絶影》である以上、使えるリンクパールは限られてたとえ体が動いたとしても助けを呼べるとは限らないんだが。まぁ成るように成るだろう。常々死にたがってるが、我儘な事を言うと俺が死にたい瞬間に死にたいのであって気に食わない相手でも死ぬなら殺されていいとは思って無い。大概は常に死にたいと思ってるがあの野郎に殺されるのは許容しかねる。ので、どうにかしてこの毒が弱まるまで耐えて手当てして動かにゃならない。麻痺毒を中和させる薬も持ってるが手が痺れたままだとポーチからその薬を取り出すと言う動作がままならない。さっきから試してみてるがうまくいかないな。あの手袋を離すわけにはいかないから片手でやらざる得ないのも良くないのかもしれないが。失血で意識を保つのが厳しくなってくる。気力はあるが貧血には勝てない。出来れば意識は保っていたいが厳しそうか。なら《何時ものよう》に死なない前提で考えとくとしよう。頭から暗がりに落ちるような錯覚を覚える。少し後にちゃんと目が覚めりゃ良いんだが。

 夢だが現実だから分からないが、ふとした拍子に俺を刺したクソ野郎が戻ってきたように思う。多分、俺が死んでるかどうかを確かめるために。それでいてあの野郎は俺は死んだと判断したらしい。いや、もしかしたら幻覚かもしれないが何故かそう言う行動と判断をした、と感じていた。これは幻覚なのか現実なのか。よく分からない。《そうと感じて》程なくまた何にも感じなくなったからこそ余計、意味がわからないままだった。またそれからどの位、経過したか判別が出来ない。そもそも俺は今、息があるのか?分からん。

「争い合って相打ちか?こりゃ。」
「自分達でアレコレやらなくて楽でいいじゃねえか。金目のもんだけ貰っとこうぜ。」

トン、と身体に振動を感じて一瞬だけ意識が浮上する。ゴホッと咳が出たのと同時にキツめの痛みが腹から走ってくる。それだけで動けはしなかったが、周りからざわざわと人の気配も感じ取った。……囲まれてんのか?目を開けられないし、結局朦朧としてしまってしっかりとは理解が出来ないままだ。

「嘘だろ……生きてんぞコイツ!」
「今、たしかに息止まってたぞ?気持ち悪ぃ。」
「まぁ動けねー見たいだからどっちでも良いだろ。」

何か、荷物を触られてるのかこれは。小さな道具だろうと一つでも持ってかれるとそこから足がついて正体もバレかねないから困るが意識がしっかりと戻らない。当然だが抵抗するどころか身をよじるすら出来ない有様だ。マズいなとボンヤリ思って直ぐにか。

「良くありません!」

どっかで聞いたような気がする声だな、と思って直ぐにまた意識が落ちてしまう。もうめちゃくちゃだな。ホントに夢なんだか現実なんだか分からない。聞こえたと思った音は果たして本当に現実で発生した音なのか、体だか荷物だかを触られた気がしたのは気のせいなのか本当なのか。判別がきちんとつかない程度に俺は参っている状態と言うわけだな。半分くらい死んでないかこれ。

「なっなんだお前!?」
「野盗に名乗る名は持ち合わせていませんので。」
「うわっ!?」

夢にしては、具体的だな……?いや、具体的な夢などいくらでもあるんだがそれにしても成り行きが随分と整然としている。金属音と悲鳴が入り混じって聞こえてくる、気がする。音さえぐにゃぐにゃな認識で何色か絵の具をぶちまけてぐるぐる捏ねまわした見たいに感じてるが、果たしてその感覚も正確なのかどうなのか。いや、しかし、しばらくそのグチャついた音が聞こえるように感じたから一応現実なのかもしれない。目を開けられないかと試みると酷くほんの少しだけ瞼が動いた。瞼が痙攣してるせいか、素直に動かないのは。認識が曖昧のままなのは負傷と失血のせいと神経毒の名残か、と悟る。なら夢ではない……んだな?この物音、争うような声は。

「イッテェ!?」
「命が惜しいなら去ってください。今すぐにです。」
「偉そうな口をきく姉ちゃんだなおい!」
「警告はしましたよ。」

ガチっと言う武器を握り直す音。多分、俺のすぐ側だと思う。エーテルが練り上がる気配にこの体調だと言うのに悪寒やらとは違う鳥肌が立つ。強烈なエーテルと言うのはやっぱり圧が強いな。程なくギエッと潰れたような悲鳴が複数と、何人か弾き飛ばされて地面に叩きつけられてるらしきドシンと言う音がした。それこそ僅かながら振動も背中に伝わってくる。痛えと呻く声。身体を庇うように捻るだから捩るだかする服の擦れるような音。ガチャンと言うのは甲冑がぶつかりあう音だ。何人か吹き飛ばした誰かは、まだ仕掛ける気があるらしい。この感じだと本当に殺すぞ?容赦しないと言う気配だけは俺にも伝わって来ている。

「く、クソ!」
「逃げろ!マジで殺す気だぞコイツ!」
「そう言いましたよね?命が惜しいなら去りなさい、と。」
「ひっ!」

余程の気迫だったのか、バタバタと団体が逃げていく足音がする。その音が遠くなるまで俺の側に残った甲冑の奴は動こうとしなかった。戻って来ての不意打ちを警戒してるんだろう。あの感じなら多分戻ってこないだろうが。いや、ロクに見えてないが音から察するに大分、びびったと感じる。

「……戻って来ませんね。しっかりして下さい。」

ふいっと俺の肩のあたりに、甲冑に覆われたままの手が触れる。指の腹の方はレザー質らしくて硬くはなかったがゴワゴワとした感触がする。首を軽く動かそうと思ったが意思に反して動かせない。そもそも、少し息が苦しいな。これ俺は今、息してるか?分からんな。

「ちょっとごめんなさい。」

荷を漁るような音の後、甲冑の人物が俺の頭を支えるのを感じ取る。それから口元に何か冷たい感触もした。……ガラス瓶……?と思って直ぐに喉に水気が滑り落ちてくる。驚いたのと本能的な反応でゴホッとむせ返る。……水、か。咳き込んだ途端に血混じりに水を吐き出して、尚且つ腹から丁寧に痛みが全身へ巡る。苦痛に一瞬、身体が跳ね上がった。痛みには鈍いが重傷は俺にだって痛い。それから、苦しかった呼吸がいくらか楽になった。やっぱり呼吸止まってたか浅すぎたかしたんだなコレ。思わず唸り声が出る。

「動けない、ですよね。応急処置だけして少し運びますが辛抱して下さい。」

今更ながら女の声。それもやっぱり何処かで聞いたな?と思う。それからその気配にも覚えがあって心の中だけで首を傾げてしまう。実際に傾げようとしてもうまく動かないし体が痛い。まだ麻痺が残ってるせいもあるだろう。傷の辺りを何やら触られているのは分かる。応急処置をすると話していた気がするから多分、止血と簡単な傷の保護をしてくれてるんだろう。
……ちょっと待てよ、この声と気配はアレか……。

「……ジゼ……ル……?」
「はい、私です。」

淀みのない肯定の返事に苦笑したくなったが顔が動かない。解毒薬を飲まないとだな……。少ししてからすいませんが担ぎますと言われて身体を持ち上げられる。力の一切入ってない半ば気絶してるみたいな状態だから重いと思うんだが物ともしていないようだ。ただ俺の方が身長が有るので運びづらそうでは有る。ほんの少し考えた彼女がホイッスルを吹くと即座にチョコボがテレポの要領で彼女のとなりに現れてクェェと鳴いた。担ごうとしていたのを諦めてチョコボの背中にもたれ掛かるように乗せられる。それからほんの少しだけチョコボが飛んだらしいとも悟った。おそらく、足跡を残さないように。彼女がテレポで着地した分のチョコボの足跡を掻き消すような音がしてからゆっくりと移動し始める。結局、彼女自身の足跡は残ってしまうがそっちはどうするんだろうか。と言うかだな。

「……俺を見ても、立ち去れ、と……。」
「そう思いましたよ。でも、明らかに瀕死でその上、野盗まで集まっていたので流石に無視出来ませんでした。」

ごめんなさい、と付け加えながら、彼女が一度は離れる事を考えたのだと教えてくれる。が、状況を見て放って置けなかった、と。適当な穴倉に連れ込んでもらって、彼女が敷いた野宿用の毛布の上にゆっくり横にならせてもらう。痺れが取れきっていないからこそ情けないがされるがままだ。

「応急処置しか出来てませんから苦しいと思いますけど……。」
「……麻痺の……解毒薬、出して……もらえるか……。」
「毒飲まされてるんですか?」

俺が片手をどうにかポーチに動かすと、この中ですねと察して手早く探して取り出してくれる。ラベルに対麻痺毒の解毒薬と目印があるから細かか教えなくても分かるはずと思ったが案の定、すぐ分かったようだ。さっき水をやや無理やり飲ませてくれた時と同じように、麻痺の解毒薬を少しずつ飲ませてもらう。さっきより意識ははっきりしてるからきちんと飲み込めるし咳き込むこともなかった。多くは無いものの1瓶飲みきって礼を言う。コレで少し待てば麻痺は消えるだろう。消えてくれりゃ自力での手当てもなんとかなるかもしれない。とはいえ……失血が少々重いな。止血してくれたからマシになってるが傷を塞げたわけではないのでまだ危険に変わりない。さてどうしたものかとボンヤリ考えていたら、ジゼルが直ぐ戻りますと相棒のチョコボに乗って低空ながら飛び去っていく。なんだろうな、あまり外部の人間に助けは求めたくないし、恐らく彼女はそれも察してると思うが。待っている間に指を何度か動かす意識をして、麻痺の具合を確かめておいた。直ぐさま消え去る訳ではないから厄介だがじわじわと違和感は消え始めている。繰り返し手足を動かして麻痺からの回復を促しているうちに、割と手早く、ジゼルは帰ってきた。どうやら人を呼びに行ったりした訳ではなかったようだ。

「足跡だけ念の為に消してきました。」

相棒のチョコボに低空で飛んで貰いながら、足跡を消してきたらしい。箒か何か使ったのか知らないが念入りにしてくれているのは申し訳ないが有難い。

「どうしましょう。私の支度が竜騎士なので魔法での癒しは効率良く出来ないでしょうし、かと言って物資もそんなに……。」
「……応急処置、貰ったから……このまま休む……。」
「えぇ……?流石に危険すぎますよ!私が見つける前に結構に血を流してますし、それこそ絶影さんに気が付いた時、呼吸止まってたんですよ。」

麻痺は大分取れたが、純粋に負傷のダメージが重い。貧血も起こしているのは間違いない。彼女の言う通り、血を流してしまったから。応急処置をしてもらったからと体内の血がポンと戻ってくる訳でもない。それが可能だとしたら魔法による癒しだし、それでさえ即座に完全に肉体が元に戻る程、都合は良くない。どうしても幾らか、ダメージが残ってしまう。それでいて、ジゼルはエーテルの放出が必要となる技術がやや苦手であると以前、話していた。回復の技というのは大抵、自分のエーテルを他者に分け与えるという放出が必要になるので結果的にその辺りも出来はするが、得意ではないらしい。それでいて今は、攻撃役である竜騎士の身支度をしているからなおの事、魔法やらが使いづらい装備であるという事だ。この辺りは仕方ない。人間そのものに向き不向きがあるのと同じで道具や装備にも得手不得手が存在する。俺自身も、エーテルから影響を受けるのが苦手なので召喚魔法やらを扱うのは苦痛になるし。

「人を呼ぶのは避けた方が良いんでしょうし……人里に運ぶのも駄目ですよね。」
「……顔を見せろ、と……なる、からな。」

素顔を見せるわけにはいかない。今の俺は絶影であるのだから、《刹と同じ顔》を見せるわけにいかないのだ。彼女はそれを分かっているからこそ、助けを呼んだり、助けを求めて移動したりという行動を思い止まってくれている。本当なら他人の手を借りた方が早い。助けてくれと縋れる状況ならば縋った方が命は繋げる。縋り付いた相手が運悪く悪党だと悲惨だが、大抵の人はなんとか出来ないか?と助力を考えてくれるし、手を貸してくれる。が、素顔を見せないと言うのはその手を貸してやろうと言う気持ちを削ぐ行動だ。素性を見せられないような奴は警戒すべしと、ほとんどの人は思うからだ。実際その通りだろうと俺も思う。顔を見せると言うのは、こちらは胡乱な者ではないですよという主張を兼ねる。顔は《その人そのもの》だからだ。人体としても誰かと見分けるための記号としても。今の俺はその《俺そのもの》を見せるわけにいかない存在だ。《刹の方》に不利益になる。そして《刹の方》に不利益と言うのは表向きの冒険者であると言う姿を壊してしまう事を意味する。俺だけが表向きに終わるのならまだ良いが、どうあっても家族や友人への風当たりまで強くなる筈で、《俺達》はそれを避けたい。そのための変装と仮面、演技なのだ。

「……いっそ《お仲間》に知らせるとかのが良いですか?」
「……前から、思って、たが……お嬢さん、思い、切りが……いいな……。」
「命がかかってますから。」

たしかに表向きの仲間や市井の人々に頼るのが難しいならば、《そうじゃない連中》に頼るという発想は理解出来る。が、実行するとなると市井の人々側であるジゼルが危険に首を突っ込むと言うことになる。いや、もうこの深手の俺をこうして野盗から守って人目のつかない穴倉に運び込んでくれた時点で立派に巻き込んでるから今更といえば今更なんだが。だからと言って積極的に《此方側》に首突っ込ませる必要もない。

「私にも其方に助けて頂いた恩がありますので……。《お仲間》で頼れそうな方への接触方法を教えて下さい。」
「……。」

元はと言えば俺のヘマから始まった関係が、表にも繋がって助けられては助けて、今度はまた助けられる側。なんともおかしな縁だ。いや、本当ならば申し出を蹴っていいし、その方が彼女の為の筈だ。が、このままだと失血の所為で死ぬだろう。失血死ならまだ良くて、獣に血の匂いを嗅ぎ当てられて喰われる可能性もある。ここは荒野なのだし。その直接的な原因があの野郎になる、と言うのは俺には受け入れがたい。どうしたものか。俺の心持ちの問題に、彼女を巻き込むのも気がひける。

「私が自分で首を突っ込む決断をしたんですから気にし無いで下さい。」

頼まれたのではなく、自分で考えて決心したことだから俺の方が気にして思い悩む事はない、と言う意味だろう。理屈ではそうなる。助けてくれと縋ったわけでは無いから彼女が勝手に助けようとしているだけと言えば、確かにその通りだ。それに甘えてくれて一向に構わないと彼女は言ってるわけだな。《内側で見ている絶影》が有り難く頼って置けと急かしてくるのも《聞こえる。》……。

「……負けた。……ドライ・ドロップ、を知ってる、か……?」

根負けたと宣言してからあの店を知っているか問いかけると、彼女は存じておりますと頷いた。ザナラーンのちょっと変なとこにある食事処ですよね?と。知ってたか、なら話が早い。ならばと実はあそこは《俺達》の詰所のような所だと教える。表向きはレストランだが、裏の顔は殺し屋を斡旋する影の者達の店だ、と。彼女が少しだけ驚いたらしい空気になるが、成る程と落ち着いて聞いてくれている。その店に行って、誰でも構わないから表向きの店員を捕まえたら『椅子に座る前』に《ブラッディローズ》を予約していた者だと小声で伝えるように教える。俺と良くバディを組むレディを指名する偽物のカクテルの名だ。彼女が心にメモをするように、何度かその名前を口にするのが聞こえてくる。それから恐らくは《予約席》に通されて、指定した《カクテルの担当》がその部屋までやってくる。対面をしたらこの状況と場所を伝えてくれれば良い、と。

「分かりました。」
「コレ……もって、行け。」

手袋を掴んだ左手はそのままに、ある程度動くようになった右手で《絶影の時に》持ち歩く双剣を引っ張り出して地面に落とす。血塗れのように見える、黒い刃に紅い斑らの模様が塗り込められた武器。

「これは、絶影さんの武器?」
「……まず、疑われる……筈だ……。それ、見せりゃ、話が進み……やすい。」

まず手放す事のない代物だ。武器は俺の牙なのだから簡単には手放さないし、余程でなければ誰かに奪われる事も無い。誰かに預ける事ももちろん希だが、今回はそうした方がまともに話を聞いてもらえるだろう。少なくともレディならば、いきなり邪険には扱わない。疑いながら、牽制しながらも、訪ねて来た相手の話は一通り聞く人だ。きちんと聞かなければ受けるに値する仕事かどうか判別出来ないでしょう?と話していたのを思い出す。話の初めだけ聞いて、ロクな仕事じゃ無さそうと蹴るのも、美味しい仕事に聞こえると飛びつくのも危険な事だ、と。俺とバディを組む機会が多いから以前に、そう言ったきちんと話を聞こうとする姿勢も、こんな時には頼りになる筈だ。駄目押しに俺自身の武器が出て来れば、ただ事では無いと判断してくれるだろう。まぁこれは俺の希望的観測だが。

「分かりました。お預かりします。《ブラッディローズ》ですね。」
「……《スピットファイヤ》……に、やられた、とも……。」
「《癇癪持ち》……?ともあれ、覚えましたのですぐに行ってきます。」
「……済まん。」
「さっきも言いましたが私が自分で決めた事です。では。」

危険は元から、冒険者にとっては親友のようなものですよと笑ってから、ジゼルが側でジッとしていた相棒のチョコボと去っていく。この場でテレポしても良かったろうに、エーテルが発光する性質を知っているから離れてくれたらしい。ボンヤリとでも光れば、何かいるのかと悟らせてしまう可能性がある。この穴蔵から出て行くのにも、かなり警戒しながら出てくれたようだ。そこらへんの動き方はそれこそ冒険者やっててさすがに慣れてるな。さて、後はもう俺に出来ることはないな。彼女が上手いことレディと接触出来れば、助かるだろうがどうなるか。何にせよ動けんから大人しくしてるしかない。


 店の奥で控えていた時に、ボスから声を掛けられる。何かしら?と顔を出すとご指名が有ったと言われて。あらそうなのね?と、どんなお客に?とお客を確かめて驚いた。あの子、確か絶影が見逃してた目撃者ちゃんじゃなかったかしら。エレゼンの年若い女の子で槍使いで……。フルフェイスの兜の稼働するところをズラしてるから多少顔が見えてて……やっぱりあの子で間違いないわね。未成年なのに堂々とカクテルの名前出してるのには突っ込まないのねボス。エレゼンで大人びて見えてるから分からなかったのかしら?まぁいいわ。ボスにこの部屋に通すからな、と言われて分かったわと答える。少し遅れてその部屋へ行けば良い。ボスが彼女をきちんと誘導していくのを確かめてから、表の店員が用意してくれた二人分のお茶だけ持ってボスと入れ替わるようにその部屋へ。猫目石の印がついたお部屋。ノックをしてから部屋へ入るとあの年若いエレゼンちゃんが神妙に座って待っていた。ドアを閉めて鍵をかけてから向かい合う位置まで移動してお茶を置く。

「ご指名の《ブラッディローズ、》レディと言うわ、よろしくねお嬢ちゃん。」
「よろしくお願いしますレディさん。ジゼルと申します。」
「それで、要件は何かしら?」
「ええと急ぎなんです。助けに行って頂きたくて。」
「?助け……?」
「これを。」

ジゼルちゃんの手がゴトンと布に包まれた何かをテーブルに運んで来る。それなりに大きくて重たい物。彼女がスルスルと布を取り払って見えてきたものに驚いた。これ、絶影の愛用してる双剣じゃない?黒い刃に紅い斑らの模様。血塗れに見えるようなともすれば悪趣味な見た目の双剣。これを手放すと言うのは絶影にしたら有り得ない事のはずなんだけど、どういう事かしら。目の前のこの子が力づくで奪い取った、なんて事も無いでしょうし。なにせ奪い取った相手の仲間たちが居る場所にわざわざ顔を出す必要もないし、なによりこの子には悪いけど1人で絶影から武器を奪えるとは思えない。戦い慣れしているのは分るけどそれでも、正面からやり合ったとしたら絶影の暗器の類には即座に対応できないはず。正面からやり合ってないのなら不意打ちで奪うという可能性もあるけど気配に敏感な絶影へ不意打ちを成功させるのは搦め手が必要になるし、この子はそう言う小細工をするタイプには見えないわね。

「……貴女これをどこで?」
「持ち主から預かりました。私が嘘をついてないと証明になるだろうって。」

そう言われて、助けてほしいと言うのはこの持ち主を、と言う意味と悟る。何かあったのね?それでいてこの子が手ぶらでやってきて私に絶影を助けてやって欲しいと話しても、疑って話が進まないからと本人が双剣を預けた、と。多分、流れとしてはそういう事よね。何があったのか、詳しく説明出来る?と問いかけると彼女は小さめに頷いてみせた。話を聞いてもらえそうで良かったです、と。

「詳細は分かりません。ただ、《スピットファイヤ》にやられた、と伝えて欲しいと。」

《スピットファイヤ》に……?同僚の1人を指名する偽のカクテル名。という事は裏切り行為があったって事ね、結構に重大だわ。ジゼルちゃんによると、絶影は腹を結構しっかり刺されていて重傷だそう。その上で麻痺毒を飲まされたか吸わされているらしい。手足が痺れていて自力での手当てが不可能だ、と。ジゼルちゃんが言うに、彼女が絶影を見つけた時には呼吸が一時的に止まっていて野盗に囲まれており、私物を荒らされそうな所だったそう。成る程。ならもうすでに二段階で助けてくれてるのね。野盗を追い払って、応急処置してくれてるそうだから。

「……なるほど?場所は?」
「ここです。小さめの穴倉に運んであります。この辺りが最初に見つけた場所で、そこから。」
「ありがとう。直ぐに向かうわね?」

地図を出してきて、印をつけた場所を指さして教えてくれる。なるほど……ギラバニアの夜の森って辺りね。あそこならあんまり人は通らないはず。誰か住んでいるらしい痕跡はあるのだけれど、ほぼいつでも無人の狩人の家があるくらい。周辺をうろついてるのが居たら、冒険者かならず者のどっちかじゃないかしら。ジゼルちゃんはなるだけ早めに店から離れて頂戴、と伝える。《スピットファイヤ》はまだ戻ってきてないけど、いつ顔出すかわからない。うっかり姿を見られて、私と話しているとバレたら恐らくアイツはこの子を警戒する筈。私と絶影がバディを組む機会が多い事も、裏側だけとはいえはぐれもの同士親しくしてる事も知ってるから。ジゼルちゃんの話だと絶影は息が止まってたらしいし、それを確かめたりしてるなら死んでると判断してる可能性があるのよね。なのに現場から絶影の身体が消えてて、私が何かしら誰かと相談してると気付いたら、多分勘繰るでしょう。

「お店離れたら出来れば数日人混みにいて。それか軍人の側が良いわ。」

木を隠すなら森。人を隠すなら人混みに限る。私達としても、大勢が目撃者になりかねないような人混みで仕事はしたく無いから。もし人混みに居られないのなら、警戒心の強い軍人なりに誰かに付けられている気がするとでも相談しておくのが良いわね。冒険者のようだから冒険者仲間達と群れておくのも良いかもしれない。手練れの冒険者はそれこそ軍人より強い事もあるのよね。迂闊に手は出さない方が良い職種だと思うわ。

「分かりました。あの、信用してくださってありがとうございます。」
「あの子にとって貴女が武器を託して良い相手だって事は《そう言う》事よ。それこそ私達に関わるのは危険なのに良く引き受けてくれたわ。」
「私からお願いしたんです、助けたいから出来ることを教えてください、と。絶影さんは恩人でして。」
「恩人、ねえ?じゃあ私は出発するから、直ぐに店を出なさいね?」
「はい、お願いします。」
「気を付けなさいね。」

良い子なのね、この子。絶影がヘマした時に守兵達の介抱をしたり、私がターゲットを始末しに行った時に警備の手伝いをしたりする訳だわ。見送りを呼んでくるから、そこでちょっと待っていてと声を掛けてから私が先に部屋を出て、ボスには仕事を貰ったからとだけ伝える。まだ《スピットファイヤ》の事は話さない。うっかりこのタイミングで《スピットファイヤ》が顔を出すとも限らないから、きちんと機会を伺ってからじゃないとダメね。そもそも絶影の状態が危ないわけだからそっちを優先しなくちゃならない。ボスだって《従業員》を失いたくない筈だしね。あの子を店先までちゃんと見送ってやって頂戴?と促しておく。ボスの目で監視してもらいながら送り出せば幾らかは安全性が違う。ボスが分かった分かったとジゼルちゃんのいる部屋へ行って、言った通りに店先まで送るのを見てから教えられた場所へ急ぐ。テレポでギラバニアの辺境地帯まで飛んで。細い川のある方に小さな穴倉があって、そこへ駆け込んだ。確か有毒って噂なのよこの小さな川。だからこそなのか動物もあまり近寄ってこない。人間も含めて。耐性があるのかどうか知らないけど、人の頭ほどあるアンコウに似た陸魚がうろついている程度。その子達もこちらの方が強いと察してるから興味を示してこない。多分、絶影も力量的にはちょっかいを出されない筈だけど弱ってるから……大丈夫かしら……?

「!絶影!」

洞窟の奥に、絶影がぐったりした様子で横たわっているのが分かる。応急処置しか出来ていないとジゼルちゃんは話していたから弱ってきてるのね。私の声が聞こえてはいるようで、ほんの少し顔を持ち上げようとしたのが分かる。

「動かなくて良いわ。少し辛抱して。」
「……彼女、本当に……行ったんだな……。」
「すぐに帰したわよ?」

応急処置をしたと言う腹の傷を確かめる。かなり深く刺されたのね……これで意識があるんだから怖いわね、この子。直ぐに、魔法の詠唱をする。シャーレアン式の占星術を齧って置いて良かったわ。ジゼルちゃんの応急処置で泥なんかの汚れやらは落としてくれていた見たいで助かったわね。なんども繰り返し詠唱をして、傷口をゆっくりと塞いで行く。痛みもマシになってでしょう、絶影の呼吸が浅くて早いものから少しずつ緩やかになっている。

「これでもう大丈夫ね。」
「悪い。感謝するよ。」
「私よりジゼルちゃんにね?危険犯して接触してくれたんだから。」
「あぁ……彼女も勿論な。」
「一旦ここ離れましょう。」

手を貸して立ち上がらせると、お得意の影に隠れる技を使わせて穴倉から外に出る。私にはこの子ほど達者な潜む技は無いけどそこはプロだから気配を断つのはお手の物。揃って穴倉から距離をとって、示し合わせるとテレポでリムサ・ロミンサへ。直ぐさま冒険者ギルド側の宿へ入った。きちんと連れ合いが居るから二人ねと申告しておいた。当然、宿の受付がどう言う意味だ?と不思議そうにしたけど、直ぐそばに居る酒場のバデロンおじ様が私や絶影を幾らか知ってて、彼が受付に目配せしてくれて何だかんだすんなりと部屋を借してもらえて。あとでゆっくりお礼をするわ、とおじ様に手を振っておく。ちなみにここ冒険者じゃなくても宿は利用出来るのよね。有料だけど。

部屋に入ってから、姿を消す技を解いた絶影を取り敢えず、ベッドへ座らせておく。流石に顔色が悪いわね。血を流したから無理もないでしょうけど。ともかく間に合ってよかったわ。

 

 ベッドに座るように言われて素直に座り込む。知らずうちに溜息が出た。命拾いしたな。あのまま零しても良かったが出来たら表の時に死にたいし、気にくわない奴に殺されるのは御免だからな……これはワガママだが。

「で、何が有ったの?《スピットファイヤ》がやったってジゼルちゃんから聞いたわよ。」
「あぁ……素顔は見てないんだが、仕事済ませて遺体を片そうとしてたら……。」

麻痺毒の煙幕でわざわざ動きを鈍らされた後に、腹をしっかりと刺されたと説明する。単なる不意打ち程度ならアンタは防ぐだろうからどう言う事かと思ったらわざわざ麻痺毒をね?とレディがどこか呆れた笑みを浮かべる。ある意味、力量差を自覚してるから小細工をしたのね、と。

「素顔見てないって言うのは煙幕予防をしてたって意味ね?」
「ガスマスクだった。が、声を聞いたから間違いない。」
「アンタの角なら確かでしょうけど少し詰めるには弱いかもしれないわね。アイツ、何言ってたの?」
「去り際に、若造の癖にウザいから死ね、とさ。」

なにそれダサい捨て台詞ね、とレディが呆れたと言いたげに手のひらを上に向ける。やっかみかしらね?と。アンタが新米の頃、アウラ族が珍しくて角とか鱗とか貶したのもそう言えば《スピットファイヤ》だけだったわねと呟いている。どう言う訳なのか《スピットファイヤ》……従業員名としてはブレイズと言うんだが、ブレイズは俺が新米としてドライ・ドロップに加入したばかりの頃に嫌に突っかかって来たのだ。レディの言うように角や鱗、尻尾を貶して来たので正直に不愉快だと言い返した事を覚えている。種族的な特徴への侮蔑は安易に笑って済ませてはならないと思ってるからだ。何せ俺以外のアウラ達への侮辱にもなるし、先祖達への侮蔑でもある。それを受け流せる程、俺は寛容では無い。俺が真っ向から反論するのは予想外だったのかブレイズは取り繕うように冗談だと、ヘラヘラしていた。ので、相手への侮蔑を冗談だからと無かった事にしようとしたり大したことでは無いだろうと許して貰おうとするのは姑息だとさらに俺が腹をたてると言う非常に良くない対面だった。最初から馬鹿にするつもりでいたのが何より意味不明だが、俺が真っ向から否定と対抗をしたからなのかその後もなにかと嫌味で突っかかって来てたな。取るに足らないとマトモに相手をしなかった。種族的な侮辱に関しては別だが。レディはその辺も見ていたし、ブレイズに品が無い嫌味は辞めなさいと他の同僚と共に止めに入ってくれたのを俺も覚えている。

「店にはまだ戻ってない感じか。」
「ええ、不在ね。お陰でジゼルちゃんも姿は見られてないはずよ。」
「何よりだ。」
「ああ、それと、これ返しておくわ。」

ジゼルに託しておいた紅い双剣を、レディが手渡してくる。礼を言って受け取った。いつもの様に見えないように携帯する。流れるように隠し持ったからだろう、レディが何度見てもどう収納してるのか分からないわね……?と苦笑しているのが分る。隠し持つ技術はきちんとした俺の武器なので習得方法を教える気も無いし、秘密のままだ。兄貴も一応使えるが、俺ほど達者には出来ないと普段はあまり使っていないから使い手としては俺だけか。故郷由来の技術では、という意味で。武器や小道具を隠し持つ技なら別の技法ででも、大勢の奴が使えるだろうしな。手品師なんかはそれに近い。俺達と違って武器を持ってるわけじゃないだけだ。

「ジゼルが言うに俺は呼吸止まってたらしいから死んだと判断してるかもな。」
「よく吹き返したわよね。ジゼルちゃんに感謝しときなさいよ。関わらない方が良いのにここまで手助けしてくれて。」
「……去れと伝えたんだがな。大怪我と見えて立ち去れなかったと。」
「優しい子ね。だからこそ心配もあるけど。」

本当にお人好しだ。自分で決めた行動だから俺に責は無いと言い切ってこの行動力は恐れ入る。レディとしても彼女は良い子でまっすぐだと感じたようだ。だからこそ、厄介に巻き込んでしまわないか少々、心配している、と。邪魔とみなしたり、仕事を見られたと判断した場合は無関係な相手だろうが片付けてしまうような仕事人間のレディでさえ、心配だ、と。まぁレディは酷くこざっぱりしていて仕事には真面目で手を抜かない人だが、やはり優しくもあるなと思う。異邦の存在だった俺を結構に気遣ってくれたのは同僚だと彼女ともう一人、ベテランのスカーと言うおっさんくらいだ。他の同僚は良くも悪くも普通だった。ブレイズを除けば。

「俺はしばらくわざと店によらないでおく。」
「それが良いわ。私はどうにかボスに話を伝えるけど何にも知らないフリしておくわね。あんたとバディ組みやすいからなんか知ってると勘繰られやすいでしょうし。」

レディとは彼女の言う通りバディを組む事も多い。組ませると相性が良いと元締めが判断してるからだ。そうでなくても何故か気があって親しくしているからと言うのもある。だからこそ《スピットファイヤ》にレディは何か知ったかもしれないと思われやすい。

「ちょっと店に戻ってボスに話せないか伺って来るわ。」
「これ預けとく。ブレイズからぶん獲った。」
「……布手袋、ね。大事に預かるわ。情報収集に使うわね。緊急て事で久々にコレ渡しとくわね?」

俺が掴んだままだったあの手袋を、レディが素手で触らないようにしながら別の綺麗な布に包んでポーチにしまい込む。この片割れを持ってる奴が犯人だ。角で聞いた限り間違いなくブレイズだが、確かにそれだけだと証拠として弱い。だからレディがアレを元に、情報収集に回ってくれる。恐らく、元締めに報告すれば彼が直々に調査しだすだろう。なんせ裏切り行為が何よりも嫌いな人だ。手袋と入れ替わりにレディが手渡してくれたのは珊瑚色のリンクパール。お互い親しくても雑談なんぞ顔を合わせている時だけで事足りるし、連絡手段を持つのはあらぬ疑いを掛けられる可能性も有るから普段は持たないが、こう言う必要であろうと判断した時だけは持つ事にしている。レディからリンクパールを受け取ってポーチに隠しておいた。このゴタゴタが片付けば破棄する小さな真珠。

「気をつけて頂戴よ。私も用心するわ。」
「お互いな。ありがとう。」

世話をかけたなと礼を告げると、私よりジゼルちゃんにしっかりとねと釘を刺される。彼女の方にも改めて何か礼をせんとな。揃って宿を出た。一応、俺は姿を隠し直してだ。利用時間は少ないがきちんと金を払って礼もレディが伝える。僅かな時間で話し合いとその姿を隠すために利用させてもらっただけだからそのうち、きちんと泊まらせてもらおう。最も、宿の勤め人たちは嫌な顔をあまりしないが。やたら短時間に出たり入ったりする冒険者で慣れてるのもありそうだ。さて。俺は姿を隠したままでその場から静かに立ち去り、レディも颯爽と立ち去っていく。振り返ったりもしない。さも一人で来たように去っていく。あのままドライドロップに戻って《スピットファイヤ》が何をしでかしたか元締めに報告する機会を伺うだろう。俺の方は何であれドライドロップには近寄らないことにして、数日誰とも会わない方が良いな。何処かで兄貴達に数日帰れないと伝えておかないとだ。何処で潜伏したものか。恐らく、まだ死んだと思われてるだろうし、オサードの方に入り込んどくか。生きていたとして遠くにはいけないはずと思うだろうからしっかり遠い東方に逃げ込んでおこう。クガネやヤンサの大型エーテライトに交感した事が無い奴なら、リムサ・ロミンサからクガネまで下手すれば船でひと月はかかる距離だからな。その上で何処に潜んでるかだ。ヤンサの山奥にでも隠れるか。あまり人目にはつきたく無いし、故郷跡にも行きたくは無い。なら山の中でコソコソしてるとしよう。いくらか土地勘があるからな。テレポでヤンサ地方に飛ぶ。属州化から解放されたドマ近辺には今まで以上に冒険者達が入り込んで来ているお陰で人里に飛んでも疑われなくなった。解放前だと余所者は目立ったのだが今は余所者が比べ物にならない程ウロチョロしているからな。それでもあまり人目につかないうちにナマイ村の大型エーテライト飛んですぐ、手早く騎獣に乗り込んで空を行って、そのまま山の中へ入ってしまう。見知っている小ぶりな岩穴へ入り込んで火を焚いた。本当ならきちんとした宿の寝具で休みたいが今は人目をとことん避けよう。傷を直したての身体だから野宿はしたく無いんだがここでボロを出したらジゼルやレディの仕事が無駄になる。どうにか簡易的な寝床をこさえて置いた。俺が弱っていると察しているのか騎獣のブラックパンサーが帰ろうとしない。何時もなら降りて背を撫でてやるときちんと帰っていくのだが、穴倉の出入り口近くで座り込んで動く気配がなかった。

「カル、帰って休んで良いんだぞ。」

名を呼びながら背中を撫でると、カルが俺を振り向いて髭を震わせる。グルルという喉を鳴らす音を立てて俺の周りをぐるりと歩いてからまた出入り口に座り込んでしまった。

―お前は弱っている。置いていけない。―

喉を鳴らしながら伝えてきた意図としてらそういう事らしい。見張りをしてくれるという事なのだろう。この子は獣だが、クァールと呼ばれる魔物の近縁種で魔力も扱う力を持っている。迂闊に手を出せば麻痺を伴う雷撃や、体がまるきし石のように硬直する邪眼視を扱って攻撃して来るので侮れない。対応に慣れた者でないとあしらい辛いだろう。頼もしい番にはなる。

「……ありがとうな。」

礼を告げて頭を撫でてやると機嫌良さそうに髭を震わせるのが分かる。低いゴロゴロという唸りのような音が猫のソレと同じように一定のリズムで続く。本来、結構に凶暴な種族なのだが訓練と共同生活で俺にはしっかり慣れてくれているからこそだ。少し火で温まってから、毛布を引っ張りだしてきて横になって置くことにする。カル用の毛布も敷いてやるときちんとその上に座り直した。俺は少し休むから悪いけど頼むな、と声を掛けると返事のように弱い声で鳴いて応えてくれた。寝れるなら寝ても良い、と。寝れたら一番良いんだがな……。横たわって毛布にくるまってから、そうだと雷刃に繋がるリンクパールをポケットから引っ張り出して連絡を取った。訳あって数日、家には帰らない、と。彼は細かい事は聞かず、承知しましたと答えてくれた。無理なさらずに、と。手早く済ませてポケットにしまい直して目を閉じた。念の為に仮面はつけたままだ。人なんぞこの辺りには来ないはずだが誰一人来ないなどと断言は出来ない。なにせ現に俺はここに居るし。見知らぬ奴が近寄ってくればカルが知らせてくれる筈だ。何かしら近付いて来ても単独で襲い掛からないように教え込んであるからな。ともかく少し休もう。治癒を貰ったとはいえ負担は負担だ。

弐へ

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