見出し画像

【11話】せめてウサギは逆しまに【ディストピアSF小説】

「ああ!もう!どれだけ数居るんだ!」

上級街外殻の一角。横転した車を盾にして、少女と男が身を潜めていた。
彼女達の周りのビル影には無数の人影。人影から単発的に行われる射撃は少女達を殺すための攻撃ではなく、二人をその場に釘付けにする意図を感じさせるものだった。

「おっさん!なんで着いてくるなんて、言ったんだよ!」
「ひい!ごめんなさい」
「アンタみたいな足手纏いが居なければ、とっくに仕事終えてたんだ!」
「す、すいません!」

男口調で中年の男性を罵る少女の手には、大型の拳銃が握られている。
肩まで伸ばした赤い髪を耳元で二つに括っている少女。ネコと呼ばれる運び屋で、遊沙の代役でこの作戦に参加している。

中年の男性は大森製作所の社長、大森浩二である。少々太り気味で動作も緩慢なこの男が、戦いの中にいるのは相応しくない気がした。
それもその筈で、大森は荒事とは関わりのない、職人上がりの二代目社長。
不景気の中、他の零細企業と同じく大森製作所も業績が芳しくなかった。そんな中で、なんとか取ってきたのが相良コーポレーションとの取引だった。成功すれば業績は一気に上向くが、逆に失敗すれば倒産が決まる様なリスクの高い仕事だ。

特殊な場所と機材、素材を必要とする加工であり、それを得るために相良コーポレーションに代金の一部を入れなければならなかった。
そのために相良コーポレーションは、取引にフクロウの店を使うことを指示した。入れるべき金は現金で二億円。金は大森が方々駆け回ってなんとか作り出した。その金を防弾のリュックに入れて、ネコに渡すところまでも手筈通りだった。

しかし、運び屋が女の子だと知った大森が不安になり、自分も着いていくと言い出したのが運の尽き。
仕方なく大森を連れて仕事に掛かったネコだったが、大森の顔は当然知られていて、あっさり妨害にあったという経緯である。

『元気ですか?ネコさん』
「ああ、元気だよ!銃弾の雨の中に走り出したいぐらいさ」

ネコのイヤホンに、通信の声が入る。
声の相手はフクロウだ。

『自棄にならないでください。味方が行きますから』
「味方?ワニガメか?オルカか?」
『オルカさんは帝都に出張中です。ワニガメさんは、ぶっぱなすしか能が無いので、運び屋としては、貴女以上に役に立ちません』
「わ~ってるよ!誰が来るかって聞いてるんだ!」
『ウサギさんです』
「はあ?誰だ、それ」
『この仕事をやる筈だった、新人さんですよ。援護してください』
「新人ん~!資料見たけど、ひょろい餓鬼じゃねーか」
『同い年でしょ?寧ろ、数か月ウサギさんの方が姉でしょう』
「そんな話はしてねーよ!新人なんか寄越して、どうしろってんだ……」

車は壊れ、周りを囲まれ、道中にかなりの敵が配備されているらしい。
数十人単位の敵を倒さねばらない状態であり、半端な増援など気休めにもならない。

「ん?なんだ?向こうが騒がしくなったな」

ネコは自分が見捨てられたのだと思い、肩を落として涙を堪えた。しかし、戦場中で響き出した銃声に、顔を上げた。
闇夜に響くのは敵のマシンガンの音。そんなに人数が居たのかと驚く程、多地点で銃弾が吠えている。
あっちこっちからてんでバラバラの方に向けて銃が撃たれているらしく、数十人単位のゲリラでも相手にしてる様な混乱ぶりだったのだ。

「どうしてそうなるんだ?増援は一人だろ?」

ネコは顔を顰めつつ、車の影から音の方を伺った。
そして、『それ』を目撃したのだ。

「へぇ…確かに、あいつは、すげえや」

ネコが目にしたのは青い稲妻だった。
四車線の道路を右に左に曲がりながら迫ってくる光速の青。車や建物の陰と陰を縦横無尽に走り抜ける稲光は、信じられないが『人』らしい。

「状況から考えて、あれが『新人』かよ!おっけ!元気出た」

ネコは車の陰から顔を出し、敵に向けて拳銃を撃った。

「おら!新人、こっちだ」
「ほいほ~い!」

援護に気付いたのか、青い光は方向を定め、車の陰に一直線に突っ込んだ。

「とうちゃーく!」
「お疲れさん……って、本当に子供かよ!?」

遊沙を労おうとしたネコは、彼女の姿を見て呼吸を止めた。

「子供じゃないよ、もう十五だし!」
「いや、年齢とかどうでもいいんだよ!」
「どうでもよくな~い!」
「今、体力の計算してるから、黙ってろ」
「ぶ~!なんなん!」

ネコは黙り込み、遊沙をしげしげと眺める。
少しの間考え込んでいたが、問診よろしく、遊沙に質問を投げかける。

「走りには自信あるんだな?」
「もち!」
「残存体力は?」
「元気!」
「道には詳しいか?」
「スラムだったら」
「パッシブワンダー使ったのは、何回目だ?」
「二回目!」
「マジか!……マズいな、ちょっと足だせ」
「足?」

遊沙がハーフパンツから覗く足を見せると、ネコは足にいきなり触ってきた。

「ひゃう!何するの!?ロリコン!?」
「ワニガメと一緒にすんな。あー、あー、熱くなってるじゃねーか!ほれ、冷やす!」

ネコは鞄から冷却スプレーを出すと、遊沙の脚に噴射した。

「はうううう!?」

肌が赤くなる程熱くなっていた遊沙の脚は、冷気と薬を掛けられて急速に冷やされる。

「痛い!痛くなってきた!?」
「元々痛かったんだよ。麻痺してたのが戻って、痛みを感じるようになったんだ」
「これじゃ、走れない!」
「もう少し冷やせば、また麻痺する」
「うく……あ、本当だ…」

再び鈍くなっていく痛覚に、遊沙は胸を撫で下ろした。

「でも、痛みの元は無くなってないからな。全力疾走は出来て二回だ」
「そうなの?」
「そうなの」

ネコはスプレーを止め、遊沙に缶を押し付ける。

「持ってろ。ヤバくなったら自分で使え。気休めにはなる」
「うん」

ネコは車の外に牽制射撃をすると、質問に戻る。

「前回の仕事の後、お前は止めたって聞いたぞ。どうして戻ってきた?」
「お金が欲しかったの……あと、ムカつく奴がいて!」
「ムカつく奴?」
「……ディアス」
「あはは!気が合うな。私もディアスは嫌いだ」
「うわ!」

ネコは大笑いすると遊沙に覆い被さり、肩を組んだ。

「オッケー、仲良くやろう。ウサギ」
「は…はい……ドキドキした…」

ネコは気さくに笑い、一応は仲間と認め合う。
遊沙は、これで生存率はマシになったかな、なんて、算数も分からぬ頭でカロリーを使う。

「あの……ちょっといいですか?」
「どうした、おっさん?」
「提案があるんです」
「提案?」

真剣な顔をする大森に、ネコは眉根を寄せる。
大森は青白い顔のまま、遊沙に話しかけた。

「ウサギさん…でしたっけ?」
「私?そうですけど」
「先程の走り、見ました。素晴らしかったです」
「えへへ~、それ程でも……あるかな~」
「……」

遊沙は褒められてテレテレだが、ネコは大森の変化に黙ってしまう。
大森からさっきまでのヘタレた雰囲気は薄れ、人の生を預かる『社長』の顔になっていたのだ。

「貴女に、これを持って行ってもらいたいんです」

大森は背負っていたリュックを下ろし、遊沙に見せた。
大森が命より大事と判断した、二億円の入ったリュックだ。

「ほう…言うじゃん、おっさん」
「私が持ってくの?」
「はい」
「いやいや!私はフクロウに、ネコを助けて来いって、言われたの。サポート!身軽な方がいいの!」

遊沙慌てて『二億円』から身を引き、腰のポーチから拳銃やら弾薬やらを取り出した。ここに来る前に、フクロウにネコに渡してくれと託されたものだ。
それらの補給を受け取りながら、ネコは首を横に振る。

「これだけじゃ、どうもならない」
「そんなの言われても」
「状況を変える一手は、リュックを運搬する以外にないんだ」
「え~!」
「もしくは囲いを殲滅するかだ。ウチにそんな戦力はないけどな」
「確かにない!それは分かってるけど…」
「なら、運べ」
「う~…やだな~、二億円って、触ったら火傷したりしない?」
「ただの紙切れだっつの」
「む~~~!」

ウサギは渋りながら、リュックを受け取る。

「って!重たぁ!?」
「二十キロあるからな。どうだ?背負って走れるか?」
「パッシブワンダーは衝撃を筋力に変えるから、むしろ簡単に走れると思う」
「それは良かったぜ」
「でも、速度が出過ぎる。やっぱり私が持つべきじゃないよ」

遊沙は自分だけが先行してしまうと難色を示す。
しかしネコはこともなげに答えた。

「言っとくけど、私ら勘定に入れるなよ?一人の全力疾走出来るか聞いてるんだ」
「それは出来ると思う。問題は体力……って、ネコは何言ってるの!」
「なにって、アンタ一人で行って来いって言ってるんだよ」
「ぴぃ!大森さん、早くここから連れ出さないと、死んじゃうって!」

遊沙はほら、と遮蔽物の外を示す。遮蔽物の向こうでは、ジリジリと包囲が狭まっていた。
基本的に青い光の戦い方は、獲物を追い詰め、囲みを作り、一斉射撃で片を付ける方法である。しかし今回は包囲網の完成を待たずして、輪が狭まってきていた。増援の力を認め、不完全な網でも絞めるべきだと判断したのだろう。
その敵にもう一度牽制射撃してから、ネコは遊沙を説得する。

「そのリュックには、補助装置が付いてるから、背負えばもっと軽くなる」
「いや、そうじゃなくて?」
「聞け、ウサギ。補給したところで、大して拳銃の弾が残ってないんだ。奴らもそれが分かってるから、ゆっくりと詰めてくる」
「増援待ったらいいじゃない!呼んだら来るよ!」
「アホか!子供のサッカーじゃないんだぞ。乱戦に全力投入なんてするか」
「リングでは来たよ!」
「これはビジネスだ。其々の持ち場があるんだよ」
「でも!」
「言いたかねーけど、これは仕事の一つでしかないんだ」
「尻尾を切られるの?」
「ああ。おっさんには悪いがな」
「じゃあ、私は何のために来たの!ネコを助けて来いって言われたんだよ!」
「ああ、助かってるよ。荷物抱えたまんまじゃ、死んでも死にきれない」
「止めてよ、そんな言い方!」
「私は死ぬ時、心残りを残さないって決めてるんだよ。仕事を途中で投げ出させて、私の人生壊す気か?」

「だから、大森さんを逃がすんでしょ!ネコも撤退して、仕切り直し!」
「青い光ってのは、変人集団でな。相手の仕事を阻止するのが、目的じゃないんだ。『悪の殲滅』。それがお仕事」
「そ…」
「顔を覚えた奴は、取り敢えず皆殺し。悪を成す行為がどうの、とか言ってるけど、それは撃ち漏らした時に無駄に追ってこないってだけ。作戦行動中だったら、白旗上げて降参したって殺しに来るよ」
「そんな狂人集団が相手だったの!?」
「そりゃ、ディアスの仲間だぞ。あれ程融通効かない奴は、さすがに居ないけど」
「う~~……!」
「つか、ウサギはどう打開しようと思ってるんだ?」
「三人で囲いの薄い上級街中心街の方へ逃げて、後日、フクロウさんに届ける!」
「アホか。明日の朝にフクロウが金を受け取ってないと、仕事失敗だ。そいつ、首括るしかなくなるぞ」
「じゃあ、フクロウさんにお金受け取ったことにしてもらって…」
「馬鹿が。仕事舐めてんのか?」
「舐めてないけど…」
「相良コーポレーション相手に、そんなヤバいことしてみろ。殺されるのはフクロウだけで済まねーぞ」
「う…ごめんなさい」
「それに私は上級街中核に入れない。入ったらドローンで撃たれて終わりだ」
「う……でも!」
「ウサギさん!」
「ふぇ?」

遊沙がネコに食い下がっていると、大森の声がウサギを叩いた。

「私の事はいいんです。仕事をお願いします」
「え?いいって……」
「そのリュックがフクロウさんの下に届き、相良コーポレーションさんとの取引ができるかどうかに、我が大森製作所の未来が賭かっているんです。お願いします」
「でも、ここに居たら、大森さん、死んじゃうよ!」
「それでもいいんです!」
「はいい!?」
「私はどうなってもいい。ただ家族や従業員を路頭に迷わす訳にはいかないんです。それは私の責任と誇りと、ちょっとの見栄ですから」

大森はぎこちなく笑って見せた。
遊沙が戸惑っていると、ネコが大森を顎でしゃくる。

「相良コーポレーション絡みの仕事だから、『青き光』は取引先候補の大森製作所を直接は襲わない。まあ、そうでなくとも中心街でいざこざなんて起こさないけどな。
なんで、アイツらは運び屋の私達を狙うんだ。それが分かってて、このおっさんは私に着いてきた。意味分かるよな。ウサギ?」
「覚悟がある奴だから、私に大森さんを殺せって言うの?」
「違う。こいつの『自殺』だっつってんだ」

ネコは大森を蹴る。
大森は苦笑いし、精一杯の冗談を口にした。

「そのお金はヤバい所からの分です。どうせ、今生き残っても、私は殺されるか、刑務所に入るだけですよ」

力なく笑う大森の顔は、ぐずる遊沙をどう宥めるかを考えているみたいだった。
これでは二人を救おうとしている遊沙が悪者ではないか。

「……もう!子どもじゃないって、言ってるのに!」

グズグズしていれば、ネコは牽制射撃で銃弾を使い切ってしまう。そうでなくとも秒刻みで状況は悪くなっていく。なら、とっとと遊沙が出てしまって、敵を引き付ける方がネコや大森の生存率も上がるだろう。
そんな滅茶苦茶な理論で自分を納得させ、遊沙は顔を上げた。
しかし、2人の決断には怒りが沸く。遊沙は走る準備をしながら、文句をぶつけた。

「大森さん、どうしてそこまでして、家族や従業員を守るの……」
「そこまでして?こんな程度じゃ足りないですよ。大切な家族や従業員を守るために出来ることは、一杯有った筈です。でも私がのろまだったから、大森製作所は潰れる手前まで来てしまった。だからこれは、せめてものお詫びなんです。皆への」
「私も出来る限り、おっさん生き残らせるしさ」
「……分かった!」

行く道は決まった。
見る末は決定した。
誰かを見捨てる選択はいつも苦しいが、彼らの覚悟を無駄にするつもりもない。
遊沙はリュックを背負うと立ち上がり、パッシブワンダーを起動させた。

「あ……いや。ちょっと待て、ウサギ」
「ふぇ?」
「私の命を吸ってお前は生きるんだ。だからせめて、最後に私のいう事一つ聞け」
「……分かった。何?」

呼び止められた遊沙は身を屈め、ネコの前に座る。

「ちょっと大人しくしてろ」
「わ!わ!」

ネコは遊沙を胸に抱き止め、小さな頭を撫でた。

「今までよく頑張ってきたな」
「え?」

それは、とても優しい声だった。
遊沙がこの世界に存在することを知らなかった声。
いや、この世界に存在することを忘れていた声だ。

母が子の成長を喜ぶような。
姉が妹を褒める時のような。
世界に溢れる在り来たりな福音。

「頑張ったな。ごめんな。私は別に何もしてないけど、アンタのプロフィールは見た。十年、一人で生きてきたんだな。ぶつけられなかった恨みや悔しさ、神様が見てくれなかった頑張り。全部私のせいにしていいから」
「や、止め……」
「動くなって言ったろ」

遊沙は感情の処理の仕方が分からずに、捕まった動物よろしくもぞもぞとくねる。
しかし一際強く抱きしめられると、ついぞ抵抗を止めてしまった。

「誰にも辛さ、打ち明けずに来たんだろ。馬鹿野郎、十五才の体じゃねーよ。小さい…本当に小さいな……」

たかが他人の為に、ネコは泣いてくれているらしかった。損得を考えない優しさに、遊沙の脳が拒絶反応を示した。
しかし誠実なこの人相手に、失礼な事はしたくないと思った。
だから潰れ切った勇気をもって、ネコの優しさを受け入れていく。

柔らかい肉体に落ちていく錯覚の後――

「う……ぁ……あ……」

――誰のモノかも分からない嗚咽を聞いた。

とても驚いた。何が起きたのかと理解が追い付かなかった。
子供の様に泣くこの声が、くしゃくしゃにしたこの顔が、目の前の他人を抱き返すこの腕が、自分のモノだなんて思えなかった。
制御できない感情。操作できぬ神経。そんなものは死を招く。
他人に弱さを見せては、食い物にされるだけと信じて生きてきた。

「ああああん!怖かったよ、ディアスが!」

けれど暴走する。
けれど激情する。
目を背けていた暗い海は、堰を切り流れ出す。

「皆…皆!この世界は歪んでるけど、祝福して生まれてきた筈なのに!なのに、あいつは全部殺そうとしてる。生きるために誰かを殺すんじゃないし、愉しむ為に殺すんじゃないし、恨んだから誰かを殺すんじゃない。分かんないよ…あいつはどうやって人を殺してるの!私の仲間は、この世界でどんな意味をもって殺されたの?私はあいつらを殺された恨みを、誰にぶつけたらいいの!」

「うん……うん…」
「え~ん…あいつ嫌いぃ……」
「よしよし」
「あ~~ん……ネコ~~」
「どうした?」
「なんでもないよ~……」
「はいはい」
「わ~ん……」

遊沙は恐らく十年以上ぶり。
恥も外聞もなく、他人に甘えた。
弱さを発露して、心からの恐怖を聞いて、自分が何に怯えていたのか理解した。

(そうだよ、ディアスは花壇から雑草を引き抜くように人を殺す。確かに、
理想の世界を作り出す有効な手段かもしれない。でも競争や淘汰による自然進化じゃなくて、神様による管理に他ならない。
人の死骸を敷き詰めて世界を作る様な残酷な神様だ。そんな神様が選別をしたら、私の知ってる人達は全部間引かれちゃう。なのに、その先にこそ理想の世界が繋がっていると言われることが何より嫌なんだ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?