読書記録『パンデミック』スラヴォイ・ジジェク

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内容紹介
世界はどうなってしまうのか――トイレットペーパーがダイヤモンドほどの価値をもち、愛する人と距離を置くことが最大の愛情表現となる時代
いかにこの未曾有の危機を乗り越えるのか、「最も危険な思想家」からの緊急提言!

最も危険な哲学者

本の帯に書かれた「最も危険な哲学者」による緊急提言。という言葉が目にとまった。本書は『Pandemic! Covid-19 Shakes the World』という4月に刊行されたばかりの本を緊急翻訳したものだ。訳者は『大洪水の前に』の斎藤幸平さん。3月にジジェクと会う予定がコロナ禍によって果たせなかったことが解説に書かれている。

ジジェクはコロナウイルスを巡る独自の言説を積極的に発表している。現代思想5月号『緊急特集 感染/パンデミックー新型コロナウイルスから考える』などで、その翻訳を読むことができる。それは、「監視と処罰?ええ、お願いします!」という好戦的ともいえるタイトルの論考であり、コロナウイルスに関する思想家の発言の中から、イタリアの哲学者 ジョルジオ・アガンベンに対して名指しで批判している。それがこの『パンデミック』の第8章にも収められていた。

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「監視と処罰?ええ、お願いします!」(第8章)

タイトルはフーコーの著作『監視と処罰』(日本では『監獄の誕生』)を揶揄したものなのだろう。世界中で感染症の拡大防止のために、今までなら、あり得ないような、国民を管理、規制する政策がとられた。その事に対して多くのリベラルや左派からは懸念が表明された。私自身も絶えず生政治・生権力という言葉が頭をちらついてはいた。しかし、感染を止めるために他のどんな方法があるというのか、規制を批判するコメンテーターは、感染爆発によって犠牲になる医療関係者や高齢者やエッセンシャルワーカーのことよりも、自分の思想にしがみついているように思えて私は苛立った。この論考ではその思いをジジェクが代弁してくれたようで、ここ数ヶ月のもやもやしたものがすっきりして嬉しかった。

アガンベンはコロナウイルスの感染拡大について、「狂気じみた理不尽な、絶対に不当な緊急対策が導入されている」とし、「メディアや当局が躍起になってパニックを煽り、本当の『例外状態』を招くようなことをしている」と言う。それに対してジジェクは、その事は国家権力や資本にとって利益にならないことと、国家権力自体が、状況をコントロールできないことに気づいてパニックをおこしているというのが実際起きていることであると分析している。私の実感も同じものだ。緊急事態において、莫大な権力を握ってしまうことを懸念していた政府があまりに何もできないお粗末ぶりに呆れた。

もっと繊細な語彙を

ジジェクは知人との私信から引用して「我々には、介入を表すもっと繊細な語彙が必要である。」と述べている。

「新型コロナウイルスで必要になった措置を、フーコーのような思想家が示す監視や管理の通常のパラダイムへと自動的に縮小すべきではない」と。私が苛立った言説もこれまでの思想を脊髄反射的にあてはめて簡単に現状を批判することへの苛立ちだった。現実から目を背けずに考え続けていくことが大切だと再確認した。今起きている不確実性の高い出来事に対して、わかりやすく答えを出すことに対しても警戒していきたいと思った。





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