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夕焼けの中の親子【音声と文章】

山田ゆり
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今回は、こちらのnoteの続きになります。

https://note.com/tukuda/n/ne0a64d7bf2a2?from=notice




「もう少しこちらでお待ちください」と言われ、看護師さんは部屋を出ていかれた。

そして、カチッと音がし外から鍵を掛けられた。



ベッドと空気清浄機とパイプ椅子だけの空間でのり子はじっと看護師さんが来るのを待った。


咳が少し出るからと軽い気持ちで受診したのに、あの疫病と疑われている。
予想外の展開にのり子は現実を受け止めようと努力した。


薄っぺらな座面のパイプ椅子だったからそのうちにお尻が痛くなってきて、お尻を上げ下げして痛みを逃してみた。


今いる空間は椅子の真横に空気清浄機があり肌寒い。
「具合が悪くなったらベッドに横になっていいですよ」と言われていたので少しの間横になりたかった。

しかし、ベッドにシーツは掛けられてなく、枕の代わりに畳んだタオルが置かれ、毛布などの掛けるものはなかった。

青いビニール製のベッドの幅は大人の肩幅くらいしかなく寝返りに失敗したら落ちてしまいそうなほど細いものだった。

シーツもないベッドに寝たら、以前の使用者の菌が付着するかもしれない。


のり子は頭を動かさずに目だけをぐるりと巡らして見た。
もしかして監視カメラがあるかもしれない。だから、ベッドに横になったらそれほど重症なのかと勘違いされるかもしれない。


通常の「待つ」状態と、カーテンで仕切られた空間で待つのとでは、時間の長さに違いを感じた。




少しして部屋の鍵が開き、看護師さんが入ってきた。
そしてこの部屋の先客と話を始めた。
僅か薄いカーテンで仕切っているだけの空間である。
プライバシーも何もないのと同じだ。


どうやらその女性は一週間くらい前にここを訪れ、薬も飲み切り症状も無くなったのでとりあえず受診に来たとのこと。

だから咳もせず私が入った時はその人の存在に気が付かなかったのだ。


「それでは今日はこれでお会計になります。どうぞ、こちらのドアから出てください。」
看護師さんとその女性は入ってきたドアとは違うドアから出ていかれた。


そうか、入り口と出口は違うのか。
私も早くこの空間から出たいとのり子は思った。

少しすると看護師さんに連れられてまた一人、患者さんが入ってきた。
そしてまた看護師さんは鍵を掛けていなくなった。


のり子はあえて軽く咳をしてみた。一応、同席者がいることを相手に知らせるためだった。

すると数分後にもう一人の女性が看護師さんに促されて入ってきた。
その方はのり子のすぐ後ろの空間に来たのを話し声で感じた。



やがてまた、看護師さんと一緒に男性が入ってきた。

その男性はとても咳をしていた。のり子のような軽くコンコンという咳ではない。

その咳をしている方向を感じながら、この部屋は恐らく6つのカーテンに仕切られているのだと想像できた。

看護師さんが出ていかれ鍵を掛けられた。
のり子と他には女性2名と男性1名、合計4名がその部屋に残っていた。
そして男性は盛んに咳をしていた。

いくらすぐ傍に空気清浄機があるからといって、彼の咳が蔓延した部屋で一緒にいるのはとても嫌な気がした。
これでは何でもない人でも感染してしまうではないか。



のり子がこの部屋に通されて30分位経った頃にやっと医師がやってきた。

名前や症状などのプライバシーが筒抜けの空間だった。

軽い咳が二週間くらい前から出ていること。その間、発熱は一度もしておらず、先ほどの検温でも平熱だったこと。
家族や職場で疫病に罹っている人はいないこと。
見るからに元気なことを理由に、先生はのり子を「タダの風邪」と判断された。

そして、咳止めとのどの痛みを和らげる薬を一週間分処方するから飲み切る用に。その後、特に症状がなかったら来なくても良いことを告げられた。



えっ?それだけ?
のり子はがっかりした。
これだけ待たされて、これからどんな検査をするのだろうと想像を膨らませていたから肩透かしをされたような気がした。

私は長い時間、疑われた人が集まる個室にいただけ。それで終わり?


せめて、聴診器を当てて肺の音を聴いてほしかった。

病人に聴診器をあてない。それは疫病の菌の付着を気にしてのことなのか。



晴れて「無罪放免」となったのり子は車のハンドルを握りながら遠い昔に思いを馳せた。



のり子が保育園児か小学校低学年の頃のことである。


のり子は風邪をひいて母と一緒に町医者に向かっていた。

高熱でぐったりしたのり子は駅からその町医者までの道のりを歩くことができず、母におんぶされ、母の背中に身を任せていた。



母は時々立ち止まり、「よっこらしょっ」とのり子を上に上げてまた歩き出す。

少し歩くとまた立ち止まりのり子を上にあげてまた歩き出す。

まだ幼いのり子だったが、お母さんが何度もしょい直してくれる度に、ごめんねと小さな胸を痛めていた。



高熱で歩けないのり子が母の背中に身をまかせ、時々上に突き上げられるのり子。
腰を曲げながら夕陽で染まる道を歩く母。
この親子の姿をもう一人の自分がわが故郷のお山の辺りから見ていた。


母が亡くなってもこの夕焼けの中の親子の姿がのり子の心の中に残っている。









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夕焼けの中の親子

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