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~その時がついに訪れた~ ネガティブな過去を受け入れる【音声と文章】

山田ゆり
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※今回はこちらの続きです。
~無菌室から一般病棟へ~ ネガティブな過去を受け入れる

https://note.com/tukuda/n/naef583d520e0



弟はのり子が持っていないものをたくさん持っていた。
ユーモアがあり友達が多い。スポーツ万能でポジティブシンキング。

だから弟でありながらのり子は弟を尊敬していた。
年下でありながら自分とは違う偉い人と思っていた。



しかし、薬の副作用で吐き気をもよおしたり、高熱のあまり寒くてベッドをガタガタ揺らすほどになったりしたその都度、のり子は傍にいて弟の介護をしていて、弟が愛おしい、そう思うようになった。

入院中は「手が届かないほど上の存在の弟と、ダメな姉」という構図は全く無くなり、「姉と弟」の関係に戻れた。
だから、弟が愛おしくてたまらなかった。


ある夜、のり子の弟はこんなことを言った。

「これまで僕は、お姉ちゃんより優れていると思っていた。
でも、この入院中で、お姉ちゃんの献身的な看護を見てきてお姉ちゃんはとっても凄い人だと分かった。」


何でもできる弟。
何でも持っている弟。

それに比べて姉であるのり子は
運動音痴で人づきあいが下手。
一生懸命にやってもどこかズレている。
友達が少なく全く魅力のない姉である。


そんな姉弟が弟の入院という出来事で
本来の姉弟の姿に戻れたのである。



少しして弟のお友達がお見えになった。
たったお一人にしか連絡できなかったのに、10数人の方が来てくださった。
弟の人脈の深さを感じる。

のり子はすぐに病室を出て、ガラス越しで見る廊下に行き、皆さんにお礼を申し上げた。

そして、病名を聞かれ素直に本当の病名を告げた。
まさか生死をかけた入院だとは誰も思ってもみなかったから、「そうだったのか」というお顔を皆はされた。
その病名は当時、「不治の病」の代表的な名前だった。




大勢のお友達が廊下に集まっているところへ看護師さんがやってきて「他の患者さんのご迷惑になるため、今の時間のお見舞いはご遠慮ください」と言われた。

夜中にたくさんの人が集まっていると「その時」が近いのだと入院患者は感じるだろう。患者さんが動揺しないようにとの配慮が必要である。


それではということで、お友達はその場から去って行った。

先ほどまで黒い人だかりがあったガラス窓の向こうには誰もいなくなった。


のり子は心の中でありがとうございますとお友達に言った。



少しすると、目の前のエレベーターが開きそこから先ほどのお友達の半分くらいがやってきた。

そして、ガラス越しに弟をみつめ、少しすると階段を下りて行った。

少しするとまたエレベーターが開き、残りのお友達がガラス越しに弟を見つめていた。


それを何度も繰り返していた。
あとでお友達にお聞きしたら、1階の総合待合室に全員下りて、半数毎に上の階に上がって弟の様子を見て、下に降りたら残りの半数が上にいく。

もしかしたら、僕たちの思いが通じてヤマを越えることができるかもしれないからそうしようと、誰からともなく話が出てそれを実行していたそうだ。
なんと友達思いの方々なのだろうか。


これをずっと繰り返されていた。
普通、そこまでしないと思う。

弟の友達はその都度、1階から6階(くらい)までを何度も往復していた。




その内に、弟の勤務先の局長さんがお見えになった。
東京支社へ出張中の上司のTさんの奥様から局長さんに連絡がいったそうだ。

局長さんははあはあと息を荒くして横たわっている弟のすぐそばのすわり、弟に話しかけながら腕などを触り始めた。

ある程度時間が経てばお帰りになるだろうとのり子は思っていたが局長さんはなかなかお帰りにならない。

もう深夜である。明日のお仕事に差し支えると思い、お礼を申し上げても局長さんはお帰りにならなかった。

その方は弟に話しかけてずっと身体をさするのをやめなかった。

その行動を見て、この方は義理ではなく、本心からそうされていらっしゃるのだと分かった。




その内のり子は眠くなり、不謹慎にもウトウトしだした。

ここ2日間くらい、ずっと弟の様子が厳しく、ほとんど寝ていなかったから。


「お姉さんは横になって下さい。私が〇○君の傍にいますから。」
そう言われた。

弟が生死を彷徨っているのに、眠くてしょうがない自分を恥じた。
のり子は必死に起きていた。


何度か局長さんに「夜も遅いのでもうお帰り下さい。」とやんわりお声がけをした。
しかし、局長さんは帰ろうとしなかった。

本心は、できれば最後は水入らずでいたいと思っていたがその言葉は相手の好意を無にするようで、のどのすぐそこまで出かかったが、言えなかった。


やがて心電図がピーと鳴り、一本の水平な線になった。


すると医師がやってきて、両手に持った電気ショックを弟の胸にあてた。
弟はバンと音を立てて身体がベッドから跳ねた。


もう一度、電気ショックをかけ、同じように弟は大きくベッドの上で波打った。
しかし、心電図はまっすぐな線しかなかった。


医師が腕時計を見て時間を告げた。




終わったのである。


28歳の誕生日を無菌室で迎えた弟は
この世からいなくなったのである。


のり子は局長さんに深々とお辞儀をした。

集まって下さったお友達の皆さんにも挨拶をして帰っていただいた。

その中に泣き崩れる女性もいた。
その方は両脇を仲間に支えられながら帰られた。



のり子は入院中の弟の前では泣いたことが無かった。
目をはらした顔を見られて弟を不安な思いをさせたくないから、絶対弟の前では泣かないと決めていたのである。


でも、もう、それもおしまい。


のり子は首に下げていたタオルに口を強くあてて、声を殺して思いっきり泣いた。
これまでの3か月余りの涙が堰を切ったように溢れ出た。


涙は気持ちに任せてたくさん流したが、しかし、泣き声だけは出さないように注意した。
それは入院されている他の患者さんやご家族に不安な思いをさせたくなかったからである。


数日前の夜中に、突然、「わーっ」と泣く声を聞いた。そして周りがざわざわと動き出している音を耳にしたのである。
誰かがお亡くなりになったのだと推測した。

その時のり子は思った。
ご家族がお亡くなりになってお辛いだろう。
そのお気持ちはとても良く分かる。

しかし、同じような境遇の人がいる病室で思いに任せで大声で泣くのは、他の皆様が動揺されると思う。

だからもしも「その時」がやってきても私は、泣き声は出さないように気を付けようとのり子は決めたのである。



弟の傍で泣いているのり子に
医師が究極の質問をされた。





長くなりましたので
続きは次回にいたします。




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~その時がついに訪れた~ ネガティブな過去を受け入れる

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