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妖気と魔性の世界・坂口安吾著「桜の森の満開の下」ブックレビュー(令和6年3月15日付「日高新報」掲載)

割引あり

 花見という風習が世間に広まったのは、江戸時代以降のことである。
 関西で花見の名所といえば吉野山や京都・円山公園が有名であるが、円山公園の枝垂れ桜は他の名所とは一線を画していると思える。というのは枝垂れ桜は昼間と夜とでは様相が一変するからである。夜に訪れると、そこには妖気が漂っているかのようだ。円山公園の枝垂れ桜のような桜の花の妖気と魔性の世界を描いたのが坂口安吾の「桜の森の満開の下」である。
 内容をかいつまんで紹介する。
 鈴鹿峠の山中に一人の山賊が住んでいた。旅人を襲い金品を強奪して生活をしている。あるとき里に暮らす美女を襲い、夫を殺して美女を奪い共に生活するようになった。しかし、次第に山の暮らしに飽きた美女は都での暮らしを望むようになった。山賊は山を下りると美女と共に都で暮らし始めた。美女は山賊に、白拍子の首、侍の首、僧侶の首を獲ってくるようにと命じた。美女はそれらの首を身近に置いて玩具として弄んで暮らし出した。しかし、山賊はその暮らしが嫌になり山に戻りたいと言い出した。美女は反対したがやがて一緒に帰ってもいいということになり、再び鈴鹿峠の山中に向かったのである。山道の途中に辺り一面に咲き誇る桜の森があった。ちょうど満開のときである。桜の森の下を通ると花が散って妖気が辺り一面を覆い尽くすのであった。
 以下、本文より抜粋ー
 彼は女の顔の上の花びらをとってやろうとしました。彼の手が女の顔にとどこうかとした時に、何か変わったことが起こったように思われました。すると、彼の手の下には降りつもった花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ多くの花びらになっていました。そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の身体も伸ばした時にはもはや消えていました。

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