擦れ違い

もう閉店してしまったが駅前通りを二本ずれた脇道にあった本当に小さな花屋
新鮮な花に溢れているというよりは仕入れで余った花をかき集めてきたような
種類も本数も少ない花が
まばらに置かれた縦長の銀バケツの水に浸かっていて
僕は外観も内装もどこか古びた印象を醸し出すその店が好きだった

花を飾る趣味も贈る相手もいない僕が通った花屋
店内に流れる音はなくディスプレイのように置かれた白く丸い鳥籠の中に
色鮮やかな小さな鳥が一羽いて気まぐれに小さな声で歌っていた
彼女は常勤ではないようだった
僕はまず外から店内を覗き込み彼女を確認してから店内に入る

店内には鳥と僕と名前も知らない彼女だけ。
その時間がたまらなく好きで
しんとした空気の中ゆっくり花を眺めては彼女だけを意識していた

僕が見る彼女は
いつも不思議そうに鳥を眺めていたり
静かに微笑みながら花を束ねていたりした

僕の細やかな幸せにも当然終わりの時は来た

彼女は不安気に僕の口元を見つめる
怯えながら懸命に口元だけを見つめ続ける

僕はひたすら喋り続け伝え続けた
もう二度と
君に会いに来る事が出来ない事情と告白

僕は返事も待たずに走り去る
伝えたかっただけだ
返事など期待していなかった

これでいい、伝えることは出来たから。

知りたいの理解したいの読み取りたいの
精一杯喋るあなたの話しを聞きたいの
どうかもう一度ゆっくりと

待って、私の事を

待って、少し知ってほしい

お願いもう一度私に会いに来て
お願いどうかもう一度話して下さい

私にはあなたの声が聞こえない
声を聞く事が出来ないのです。

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