正しい毎日の過ごし方
ども。ruggirl木之元です。
もうどんどん挨拶が雑になってきますね。
まだまだ寒い日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか。お身体に変わりはないですか?
ボクはめちゃくちゃ変わりある。
なんせ持病の躁うつ病がまた徐々に酷くなってきて、暫く病院にかかってなかったのにまた通院する羽目になった。がーっ、
ここ1ヶ月ほどとんでもないうつ状態が続いていて、ライブもなんとなくフラーっと箱に入って、
なんとなくフラーっと歌って、
なんとなくフラーっと帰る日々である。
それ以外の日はギター弾くか、寝ている。
あと生活費を稼ぎに出かけたり。
体調が悪過ぎて生活費さえ稼ぎに出られない日もあったりする。
まぁ酷い日は朝起きて、3〜4時間ほど布団から出られずに、仕事先に休む連絡を入れて、
訳もなくシクシク泣いたのちに、
ベットから手の届く範囲に置いたギターをちょろちょろと弄くり回したあと、
ベットから手の届く範囲にある駄菓子を食べ小腹を満たし、寝れるまで布団でじっとして一日が終わるという始末である。
どうしてこうなってしまったのか。
そういうときに、センチメンタルになって昔のことを思い出したりする。
昔やってたバンドのことや小学校の友だち、
中学校のいじめっ子や、嫌な事言ってきた先生。
あー、しんどくなってきた。
なんとなく、躁うつ病を患う前から、こういう感覚はあったような気がする。
恋人がいないときのクリスマスのムードはやけに心が嫌な胸騒ぎがしたし、ヤンキーを見ると嫌な思い出がフラッシュバックしてきた。最悪だ。
でもこのときのそれは、条件反射的であった。
慢性的ではなく、条件が重なったときにとんでもなく落ち込んだり体調を悪くしたりしていた。
これは現実を受け入れるための本能的な防衛方法だったのだ。
そう思うと今僕が躁うつを患っているのは、
僕が異常者などではなく、
むしろその逆で、とても動物的で本能的な、
自分を守る為の正常な精神異常なのだとも思う。
みんなだってきっとそうで、君が間違っていることなんてない。
いつだって君は正しいし、僕も正しい。
いつだって間違っているのは僕らが嫌いな彼奴等だけだ。
多分人間は全員多かれ少なかれ"うつ"を飼っていて、それは嫌な出来事を餌にバクバク食べて肥えていく。それが育ちきって、自らの手に会えなくなったときに、病名がつけられるのだ。
かの有名な小山田壮平は、「病名でもついたらいじめられないし少しは楽なのかな」と書いていた。
その気持ちは、その感覚はもっともその通りだ。
病名が付くまえは、この意味の分からない無気力さと体調不良に名前がつけば救われるような気がしていたが、実際はその逆で病名が付けられたことによってなかなか見えない寛解までの一縷の光をずっと待ち続けることになり少しも楽じゃないどころか、自分にもっと嫌気がさす。
きっと君もわかっているだろう。
きっと君も共感してくれるだろう。
我々が夜毎、迂闊に"死にたい“と言うのは、本当に"死にたい“からではなく、それを言うことによって自分の希死念慮を逃がしているのである。
言わなきゃ死んでしまうからね。
死にたくないから、"死にたい“って言うのだ。
こうしてブログでダラダラと話しているのも、僕の希死念慮への対策のうちの一つである。
そんな僕や君が"死にたい“って言わなくても死にたくなくなる未来を、僕はruggirlという活動を通して作っていきたいと思っている。
どうか君にも届いてほしい。
その未来への一歩として、
今年の春〜夏あたりでツアーを考えている。
その名も、「○○カル・○ス○リー・ツアー」
ふふふ。また名前も詳細も発表するから待っててね。ビートルズファンはニヤッとしたかね。僕の過去をなぞったりするツアーにしようとしているよ。ツアーの名前、予想しててね。それに伴って新曲も書いてるし、僕らが楽しく生きられるような準備はしているよ。
じゃあ、最後だし僕の敬愛する中島らも先生の言葉を借りて終わろうと思う。
「くたばれうつ病!」(引用元 心が雨漏りする日には)
んじゃ、ばいばい。またライブで会おう。
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