一人旅紀行青森 白い雪に包まれた國


視界には一面の白が広がっていた。見渡す限り白、白、白。
白い息が漏れる。ここは雪の降る国。
旅のはじまりは七戸十和田。そこから十和田市へと向かう。

「十和田市現代美術館前」というバス停で降りる。青空と雪面のコントラストが眩しい。
ずっと待ち望んでいたフラワー・ホースの姿が目に入る。街中なのにここだけ異国のようだ。そう思った。白い雪がキャンバスで、その中に描かれたカラフルな馬の姿はより一層映えて見えた。




美術館を後にして歩を進める。松本茶舗の店主のおじさんの話が壮大だった。美術館の作品の話から、昔の東京の話まで。語り部になったおじさんは最後に普通の少しシャイなおじさんに戻って一言、話を聞いてくれてありがとう、と言った。松本茶舗は第二の美術館といわれる場所だ。瀬戸物や我楽多、レトロな食器、日用品まで雑多に愉快に陳列された棚が面白く目に映った。


夫婦が営むオーガニックなカフェで軽食を摂り、雪が降って人気のない道を闊歩する。所々に馬のモチーフがあって思わず写真を撮る。地面に刻まれた蹄鉄のマークを辿って歩いてみたりする。


現代アートの町十和田。街中にも作品が散りばめられていて、歩きながらアートを見つけるのが楽しかった。

七戸十和田駅から弘前へ。腹ごしらえに「うまみ なんこつ」「うま味 とば わかさぎ」を購入。弾力があって自然のうまみがよく染みている味わいだった。


弘前に着くとかなり雪が強く降っていた。宿からの送迎車に乗り込み「アソベの森 いわき荘」へ。寡黙な運転手さんと森の中へ入っていく車、そして吹雪。不安を感じるのも束の間、車は宿に着き笑顔の女将さんが迎えてくれた。




宿は、女子一人が肩身狭く思うほど、豪華だった。落ち着きのある雰囲気、鳴り響く津軽三味線、仄明るい灯篭。おもてなしの極意の込められた接客。20代の女一人に、これほどの豪華な時間を与えてしまっていいのだろうか、と思いつつ、自分自身へのご褒美だ、もてなし旅だと言い聞かせ、部屋にチェックインした。

夕飯の会席も、地元の食材をふんだんに無駄なく使ったもので、舌鼓を打って味わった。皿の上に盛られたそれらは私の味覚のみならず全身、心と体を満足させるのに充分すぎるものだった。幸せだと思った。一人でも、こんなに幸せな時間を過ごすことができるのだと感じた。


大浴場は内風呂と露天風呂があった。内風呂の天井を眺めながら、時間の許す限り何も考えず湯に揺蕩っていたいとぼんやりした脳みそで感じていた。海月みたいに足をゆらゆらさせる。極楽浄土だ。永遠にこの時が続けばいいのに。セリフの使いどころを間違えたので、頭を急冷するために私は外の雪見露天へと向かった。
雪見露天には誰一人としていなかった。独り占めだ。冷たい空気にさらされていた体を湯につけると、じんわりつま先から温まっていく。湯に降り落ちては溶ける雪を見つめる。しんしんと時間が流れる。音は雪に吸い込まれて辺りは静寂に包まれている。

朝早く起きて、チェックアウトしてからまだ朝ぼらけの朝日を見た。雪国で見るぼんやりとした光の中の朝日は不思議な感じがした。朝日も私と同じ、寝ぼけ眼みたいだ。

枯木平線で弘前市内へ。駅前の赤いポストの上のりんごが出迎えてくれた。



徒歩で雪の中、弘前カトリック教会を目指した。観光ガイドに載っていたので訪れてみたものの、正直観光目的で行くのはよろしくないと感じてしまった。信者の方々に迷惑だったかもしれない。
ただ、ステンドグラスから漏れる光は神々しかった。信者でない私のことも許してくれているだろうか。


次に向かったのは宣教師館と併設されているサロン・ド・カフェ アンジュ。宣教師館の部屋は小さなころに遊んだミニチュアのドールハウスを想起させた。窓から光の差し込む子供部屋の机には、さっきまで誰かが座って手紙を書いていたんじゃないだろうかと感じさせる空気が漂っていた。



カフェでは名物アップルパイと津軽藩の再現コーヒーを頂いた。和洋折衷でレトロな趣のある器にちょこんと載せられたアップルパイは、あっという間に私の口の中へと消え去った。コーヒーはブラックで、渋みと香ばしさがあった。コーヒーには疎い私だが、飲んでるだけで幕末の藩士に魂を憑依させた気になっていた。大雪だったので私と、金髪の不愛想な青年しか店内にはいなかった。青年も、再現コーヒーを飲んでいた。地元の人なのだろうか。不愛想で強面な雰囲気と色白な繊細さが絶妙な、山田詠美の小説に出てきそうなひとだと思った。静かな店内で、これからどうしようかなあとコーヒーを啜る。店主のおばさんが、丁寧に100円バスに乗るための方法を教えてくれた。寒いのに暖かい気がした。



バスに乗り込み新青森駅へ。そこから青森県立美術館へ。今回の旅の目的二つ目、「あおもり犬」を見た。SNSでみるそれよりもずっと存在感があり、雪の中に佇むあおもり犬は視線を物憂げに下に落としていた。ずっと、春も夏も秋も、そして冬もここにいるせいだろうか。外の世界を見てみたいのか、それとも美術館のシンボルとして館内を守り続けるのか、その間で葛藤しているようだ。



青森駅へ向かい、A-FACTORYと物産館アスパムへと向かう。旅の思い出はあえて形の残らないものを多く持ち帰りたい。そう思っているので食い意地を張り名産品を買い込んだ。これで、帰路についてからもしばらく青森のことを思い出せるだろう。



夕方の青森駅は青白い光に包まれていた。雪国の情緒ある雰囲気を瞼の裏に焼き付けて、私は在来線の開閉ボタンを押した。


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