『BABY TEETH』


羊文学の塩塚モエカさんと写真家の川内倫子さんがコメントを寄せていて目に留まった。

“BABY TEETH”。

コバルトブルーの背景の中に佇む碧い髪と瞳の少女。絵本のように美しい装丁の告知ポスターに一目惚れした。

壊れていくほどに、死に向かうほどに美しく、儚く散っていく。誰もが誰かを愛しているのにすれ違う。創造的破壊から再生が始まる。


「普通」の少女だったミラ。彼女は心のどこかでアイデンティティを探していた。

「あの子はズレてる」と周囲から言われること。
「あたしだけ、皆とは違うドレスを着たい」と思うこと。
金髪になって生まれ変わっていく「自分」。
本当は「特別」になりたい自分。

「ダリアの美しさは長持ちしない」
彼女は白血病の治療で心が生きることを諦めかけていた。
「普通」でいい。もうどうにでもなれ。
毛が抜け落ち、女性としてのアイデンティティである髪を失った。
彼女は型にはまりたくなかった。
電車に飛び込み、自殺を考えていた。生きていく希望や、空っぽのアイデンティティを抱えていきて行くことはもう耐えられないとぼんやりと感じていたのかもしれない。


そんなとき、「普通」になりたいと希っていたモーゼスと出会う。
モーゼスは、初めはミラを自分の生活のために利用するつもりだった。それが、ミラとか関わっていくうちに次第に変わっていく。

誰かの思い通りに従って、自分の意思を失っていくといつしか自分の心を忘れてしまう。

ミラの家庭は崩壊していた。精神疾患の母と、不倫をやめられない父。
一方で、モーゼスも同じだった。元々裕福な家庭に育ち、離婚によりモーゼスは勘当され、帰る場所を失ってしまう。

全く違うようで似ている二人。初めは恵まれているように見えるミラに対して「完璧だからって偉そうにするな」というも次第に惹かれ合っていく。
それぞれの家族も巻き込んで、一つになっていく。

ミラはモーゼスと出会い、クラブで頭に花が咲く。恋をした少女の胸に花が咲くように。そして、脳内に花が咲くように。
夢の中で、踊っていた。
ミラは、モーゼスに命が長くないために「あたしのことをヤッて殺して」と言う。
モーゼスは「もう好きじゃない」と返す。本当は愛していても、不器用で愛し方がわからない。だから、愛することがきっと怖かった。
純粋なミラと、汚れてしまった(かのように見える)モーゼスは愛し合った。
不遇な境遇にあった二人は惹かれ合い、最後には家族も一つになる。
誰もが翻弄されつつも、彼女の幸せを願っていて、ミラという一人の少女を巻き込んで、すべてが一つになった。

「ダリアの美しさは長持ちしない」それでも、自分の美しい時間を駆け抜けていたかった。
「普通」になりたかったモーゼス。「特別」になりたかったミラ。二つの欠けたピースが繋ぎ合わさって一つになり、最期は碧い空へと還っていく。

この作品に出てくる人間は全員不完全だ。型からはみ出ていくほどに、人間は美しく、同時に壊れていく。人間は完璧な存在にはなれない。でもだからこそ、幸せになりたいと願う。死んでしまうから、生きたいと、その時を駆け抜けたいと願う。

「BABY TEETH」

乳歯が抜けて、大人になった。


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