『SHORT TERM12』 駆け抜けた夜の先にある光


大学生のころ、ツタヤの棚で紹介されていた。
古い8mmフィルムのようなカバーに惹かれ、なんとなく手に取っただけだった。
それ以来、何度か繰り返し見ている。 

私はその頃まだ実家暮らしで、親との激しい諍いが勃発している時期だった。

「どんなに深い闇が続いても、諦めなければいつか夜は明ける」

始まりは短期保護施設で働くメイソンという男性の、なんでもない陽気な雑談から始まる。
その昼下がりの和やかな空気をぶち破るかのように、突然の叫び声とともに半裸の少年が飛び出してくる。施設からの脱走だ。

この施設にいる人間は、誰もが心に傷を抱えている。そこに暮らす少年少女はもちろん、そこで彼らのケアに当たるスタッフでさえも。

彼らを保護するグレイスという女性。彼女のパートナーであるメイソン。
グレイスはかつて父親から虐待を受けていた。母親は不倫。
メイソンは養子だ。

実の親から虐待を受け、傷を負った子供たち。
18歳のマーカスは出所の直前に自ら幸せを壊すような行動をとってしまう。彼は、幸せになるのが怖かった。母親から受けた虐待の痕が消えていても、心の中に烙印のようなそれは残り続ける。痕が消え、一時解放されたような気持ちになってもその見えない傷跡に振り回される。

ジェイデンという少女は、社会的地位の高い父親を持ち、一見裕福にも見える家庭に育っている。その父親から、虐待を受けていた。
ニーナというタコの女の子は、孤独の中で絵を描き日々を過ごしていた。その中で、「友達の作り方がわからなかった」から、「毎晩求められてお腹を空かせたサメに足をあげ続け」、「サメは別の友達を探しに行って」しまう。


傷というものは目に見えない。本人たちからすれば、それは恥であり、足枷でもある。蓋をして見えないようにしておきたい。
だけど、自覚せざるを得ないときが必ずやってくる。

私は、自分自身の傷と向き合うことが自分を救うことに繋がると思っている。
何がきっかけで傷がついたのか。どうやったら治るのか。それがわからなければ身動きが取れずに治らないままだからだ。

「本当はどうしたい?」「今のあなたの気持ちは?」「どんな自分でありたい?」

自分の心の声に耳を傾けて、わからなければとりあえず行動してみればいい。直感を信じるか、他人と話してみるか、その手段は人それぞれだと思う。

グレイスにとっては、彼らを救い続けることが自分を救うことだった。
同じように傷ついた者でなければその傷に触れ、癒すことは容易に出来ない。簡単に触れてはいけない。それなりの責任を負うべきだ。
時には傷つけあうこともある。
でも、そうして相手の中に自分の姿を見ることもある。
傷つけあっても、その先に優しい世界がある。それだけじゃないから生きる。
そうして共鳴し合う。救いあう。支え合っている。

傷つくことは間違いなく人生において足枷になる。傷ついて、傷つけて。他人を信用できず、自分の中の闇を両手で抱え、扱い方がわからずに苦しむ。突然暴れ始めたりして自分自身や他人を痛めつける。上手に手懐けられればいいものの、一向に大人しくならない。絶望する。

それでも、転んでそのたびに立ち上がる。重い闇を抱えていれば、歩き方をろくに知らずに一人で立ち上がることは難しい。

社会で不適応を起こす人々の多くは心が繊細で、同時に脆い。人生の初期段階で何らかの傷を負い、生き方がわからなくなるからだ。きっかけは機能不全のような家庭不和や、それをきっかけにしたいじめかもしれない。それが治癒しないまま社会に放り出されたら職場でも傷つき続けるかもしれない。自分を傷つくことから守り、逃げるために他人の感情に敏感になる。相手の期待に従順に答え続ける。そうして自分自身が何者であるか、わからなくなっていく。期待に応えるため、上手く利用されていく。そうしてまた傷を負う。そうしているのは自分自身であると自覚していても、軌道修正できなければ続いていく。


かつて美大に進学したかったことや、本や言葉を支えとしていたから日本文学を学び、出版社で働きたかったことはもう忘れるようにしていた。
自立も果たし、家庭と距離を取り精神的に穏やかになったと思っていた。コミュニケーションの取り方も、仕事を通して改善された。感情を隠し、取り繕うことを覚えたつもりでいた。


私が経験してきたことは自分にとって紛れもなく地獄だ。
でも、よく周りを見渡してみれば実はどこにでも転がっているような話でもある。自分だけが不幸なわけではない。

ただし、不適応により進むことを永遠に諦めればそれ相応の結果にしかならない。
幸せになることを恐れてはいけない。そうなる権利は誰もが持っている。傷つくことは生きていれば何度でも訪れる。
だけど、それだけで生きているわけじゃない。というよりも、生きるしかない。

上手に生きる方法を学ぶには時間がかかる。
でも、傷を重ねるうちにかさぶたは厚くなっていく。次第に、強くなる。
無駄なものはない。選択してきたことを、自分の手で正解だと思えるように動いていくしかない。どんな結果であっても、自分自身で納得できれば良い。間違えたり、足を止めて考えたりしてトライ&エラーを繰り返す。そして、痛みは強くなるために必要なものだ。
いつの日か、ハッピーエンドだったと思えるような人生であればいい。


感じる心を持っていれば、必ず自分の傷は癒すことが出来る。
そうして痛みを知り、今度は誰かを助けていく。

そうやって、私たちは生きている。そして、闇から這い上がる。
生きている限り、日々は続く。
本当に大切なものは目に見えない。心で感じ続ける。その繰り返しの中で、溺れている自分を見つけ、掬い上げる。発展途上でもいい。
マーカスが「俺だけのなにか」を見つけ、夜を駆け抜けたように。神頼みでなく、「永遠の魂」を信じたように。



夜明け前が一番暗い。

闇が深くとも、それはいつか大きな光へと変わる。

フィクションと現実は別物だ。
だけど、どこかで繋がっている。

時間は人の心を穏やかにする。傷ついて立ち直るまでの時間も次第に短くなっている。理解のある(同じように傷を持った)友人もいるので孤独ではない。

生きることを、諦めるな。

〈マーカスの歌(一部抜粋、省略)〉
創造の神 人とは違う 俺だけの何か 
どんな人生だって輝かせられる
光のように駆け抜けろ 肌の色なんか 関係ない
アフターパーティー 人生は空騒ぎ
思い切り騒ぎまくれ
いつかこの夜が終わる前に
神は見えない 永遠の魂を感じろ
最高の夜 独りじゃない この世はほろ苦いけど
大切なものは奪えない 地の底まで落ちてない
価値を探し出せ
意味を見出せ
アフターパーティー 今という永遠に
答えを求めて


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