一人旅紀行千葉  


転職で内定が出て、免許もあと少しで取得ということで落ち着いていたとき、今のうちに遠くへ行っておこうと思い立った。しいたけ占いでも、今月は美しいものを見て何も考えずそれに浸ってゆっくりしなさいって言っていた。Instagramでジョゼフ・コーネル展が明日までだと知って、急遽計画を立て、宿を予約した。こんなに出発まで時間がないのは初めてだったけれど、うまくいく気がする。今度は充電バッテリーもあるし。根拠の薄い自信をもって、うきうきしながら出発の日を迎えた。

一日目 佐倉・養老渓谷


東京駅から高速バスに乗り込み、そのままDIC川村記念美術館へと向かう。


日差しが強く差していて、道に落ちる木漏れ日の光がきらきらしていた。コーネル展に合わせて着て行った蝶の柄のワンピースを着ながら、歩みを進める。
コーネル展は最高だった。ボックスアートとコラージュ、モンタージュ映画の巨匠であるコーネルの作品には、小さな子供や天使、小鳥、天体、犬や猫などが登場する。残された手記からも、愛情深く穏やかで繊細な人なのだと思った。恋人や知り合いの子供にコラージュを施した手紙を送ったりしていて、思い入れのある品を雑貨屋で集めて箱に収めるという作風もとても尊敬できる。中学生の時に作った箱庭作品を私は自分でも気に入っていたけれど、そのルーツをちゃんと確認出来た気がした。最終日に諦めず来てよかったと思った。
バレリーナの恋人へ宛てた手記が私は一番好きだ。
佐倉駅へと昼ご飯を食べるために向かう。平日だからか、到着するころには閉まっているお店が多かった。入りたいなと思った手作りハンバーグの店はランチタイムが終わり入れなかった。結局駅構内のNew Daysのおにぎりと水で済ました。


ローカル線の小湊鐡道に乗車し、養老渓谷へ。


目的地に近づいていくにつれて、乗客が減っていく車内。乗りながら、生い茂る森や暗いトンネルを抜けて、このまま千と千尋の世界に行ってしまうような気がした。カオナシが出てきて、みたいな。養老渓谷駅に到着したころには、自分以外誰も乗っていなかった。
駅から降りると、開けた視界の中に青空と森と、ぽつぽつと点在する民家が見えた。タクシーをiPhoneで呼ぶ。
もしもし、すみません。タクシーを呼びたいんですが。今どこにいるの?養老渓谷駅です。あのねぇ、今からそこに向かうと40分かかるの。歩けば20分でつくからその方がいいですよ。…
 まじで。
 頼れるタクシー会社は周辺で一社だけのようで、そこから無碍にも断られた私は残り少ないバッテリーと闘いながら、野道を歩き始めた。※持参した充電バッテリーのプラグが自分の携帯に対応していないことに途中で気づいた
どうしていつも旅先ではバッテリーの消費量と闘う羽目になるのか、考えてもしょうがなかった。GoogleMapのアプリは特にバッテリーを消費する。ルートを目で見て覚えて、スリープモードにして、時々マップを見返して、といった感じで不安を抱えながら人気のない山道を進む。途中までは人気はなくとも、民家がそこにあるだけで歩いてくことが出来た。ただ、私が道端にモノを落とした音に過剰に驚くおばあちゃんがいて、申し訳なかった。ごめんなさい。落としただけです。それぐらい、普段も人気が無いんだろうなと感じた。
橋を渡ってしばらく進むと、民家がなくなり、車道だけの道に出た。奥には鬱蒼と茂る木々。怖すぎた。


去年の下田の海からの雷雨に晒された車道も不安でいっぱいだったけれど、今回は話が違
いすぎた。
熊が出てきて食われたらどうしよう。見えないはずの何かが声を掛けてきたらどうしよう。私こんなとこで一人で死にたくないな……。
後で思うと本当に心配すべきなのは不審者の存在なのだけれど。
とりあえず、何者かに襲われたらリュックを投げ捨てられる体制をしっかり整えながら、息
を切らして山道を駆け下りた。日は落ちかかっている。どうしてリフレッシュしに来たのにこんな目に合わなきゃいけないんだ。

なんとか駅から徒歩で宿に着いた。駅を出発してから、30分だった。20分じゃないじゃん。タクシーで向かうのが面倒だっただけじゃん…!色々な思いが交錯する中、やはり人気のないロビーの呼び鈴をチリーンと鳴らす。チリーン。……。……?チリーン……。
何度か呼び鈴を鳴らしたが、だれも迎えに来なかった。恐怖の末やっと宿にたどり着いて、人間に会えると期待していた私は宿の中にいるにもかかわらず、半笑いでiPhoneから宿に電話した。いや、誰が悪いかと言ったらしっかりリサーチしなかった自分だけれど。混乱していた。とにかく人間に会いたかった。
電話がつながり、奥から女将さんらしき人が出てきた。部屋の説明を受けて、年でエアコンの文字が見えないから付けてください、と言われたときは少し安心した。


前日に急遽予約した宿ではあった。だけど、夕食はめちゃくちゃ豪勢だった。ミシュランかな?ミシュラン良く知らないけどこんな感じかな?そんな感じだ。宿泊客は夕食の時には私のほかにも三人組の女子旅らしき人たちが隣の席で箸を突いていた。サバサバ系のキャリアウーマンぽい女の人と、清楚系の女の人、可愛い系の女の人のガールズトーク。私は目の前の豪勢な食事を残さず食べることに執心していた。隣のガールズトークは個性的な語り口で、肴にしてしまった。クリエイター系の彼氏がいて、なかなか変わっている、みたいな話だった。ガールズたちは一人でもっさもっさ会席を食べる私にも礼儀正しく、寒くないですか?と声をかけるなど、親切だった。
部屋に戻り、温泉に入る準備をする。時間帯によって女湯になったり、貸し切り湯になったりする宿の温泉は、夕食後は貸し切りだった。
温泉の中で、ぼうっと湯につかる。私は温泉の何が好きかっていったら、高い天井が好きだ。あとは、ミネラルでぬるぬるした浴槽。湯で蒸された木や石のにおい。反響する音。勢いのある暑いお湯。リラックスさせる要素とほど良い刺激がバランス良く共存している小さな箱。物思いにふけるのに打ってつけの個室。私にとって、温泉はそんなこんなでとっても大事な存在だ。
部屋に戻ってお茶を入れたら、パックでなく筒に入った緑茶であることに気づき感動し、かといって一人で山奥の宿の一室に一人で止まっていて何も感じないわけではないので、修善寺の時と同様にテレビはつけっぱなしにした。部屋の一角のモチーフには、ピーナッツが使われていた。と、思ったら多分ただの瓢箪だった。千葉だからって、なんでもかんでもピーナッツだと思うなよ。頭ピーナッツになっちまうぞ。

二日目 養老渓谷・千倉・野島埼


 早朝に目が覚めて、予定を練り直しながら眠ってしまったことに気づき、慌てて見直した。予定をちゃんと練り直して、汗を流すために、そして貸し切り湯の時入らなかった方の湯に入るため、温泉へと向かった。朝風呂も、大きな窓から差す光と夏の緑が明るくて気持ちよかった。今日は良いスタートダッシュを迎えられそうだ。そう思った。
 朝食もかなり充実していた。鯵の開きを自分で焼きながら、幸せを噛みしめていた。

チェックアウト後、今回の旅のオイシイポイントでもある、向山トンネルへと向かった。
トンネルの手前で、老夫婦に若い人が一人で歩いてる、若い人は身軽だねといわれた。好奇心に突き動かされて動くのはいつだって楽しい。
トンネルの中は真っ暗だった。インスタ映えスポットとして村おこしの一環を担っているらしいそこは、インスタでみたのとはだいぶ違っているように見えた。真っ暗で、天井からしずくが落ちてくる。怖かったけれど、撮影のために私はライトを照らしながら奥へと歩を進めた。真ん中あたりまで来ると、二階建てトンネルといわれるスポットまで来た。素早く、しかし一眼とiPhoneの両方でしっかりとその景色を収めて(しかも動画まで撮った)ダッシュして入り口のほうへと戻った。撮影した写真を確認すると、そこには肉眼で見たのとは全く違う景色が映っていた。
緑色の、明るい二階建てトンネル。


肉眼と全く違うので、多分時空がちょっと歪んだ場所なんだと思う。ちなみに、心霊スポットでは無いみたいです。
 ついでに中瀬遊歩道も近くにあったので歩いてみた。先ほど会った老夫婦が川の石を渡っていた。年を重ねても、チャレンジングなのが若さの秘訣な気がする。快晴の青空と澄んだ空気と川音に、自分の存在は矮小だと思わせられた。


 ひとしきり渓谷を堪能したあと、さすがに帰りは路線バスを使い、なんとか駅の近くまで到着した。駅まで向かおうとすると、GoogleMapが道でないところを通らせようとした。かのように思われた。実際はただ私が勘違いして野原をぐるぐるまわっていただけだった。が、予定時刻をいくらか過ぎ、予定の電車には乗れなかった。予定通りであれば、もう一つのローカル線のいすみ鉄道に乗れたのだけれど、まあ仕方がなかった。

いくらか在来線を乗り継ぎ、館山へと向かう車窓から臨む海は広々していて綺麗だった。快晴の青空でリフレクションを起こし、真っ青だった。



千倉に着いた。雑貨屋巡りをここでしようとしていた私は、しばらくしてデ・ジャヴを体感した。
あっ、今日月曜日で平日だ。
そう。いつものパターンだ。
目当ての雑貨屋はことごとく閉まっていた。
しかし、雑貨は都会でも楽しむことは出来る。私は気を改めて散歩を楽しむことにした。
途中で買った「小間惣製菓」のキンセンカを使ったマドレーヌは美味しかった。千葉の味って、こんななのかな。
雑貨屋巡りを諦め、散歩をしていたがカフェは空いているらしかったので、向かうと狭い路地を抜けた海辺のそばにそのカフェはあった。
「Sound swell Café」というそのカフェの、アワビのクリームパスタを注文した。値段も意外とお手頃だった。


それまで消費したカロリーを取り戻すかのように、私は続けて季節のパフェを注文した。時間に余裕が出来たのでのんびり味わい、海を眺めて、時々明日から片付けなければいけない教習所の卒業検定のことなどを思い出してしまった。でもスケジュール帳とメモ帳を見直したらすぐに、忘れるようにした。旅は、まだ終わっていない。

路線バスで次の目的地である野島埼へと向かった。
当初の目的は星空を撮ることだった。しかし、残念ながら本日は満月なり。つまり、月がとっても明るい。星空は新月で月が隠れているとき、それに様々な条件が揃わなければ撮影することは出来ない。それに、この時期は月の入りから見ごろまで待つと深夜になってしまう。
 代わりに、夕陽を待つことにした。17過ぎごろから公園の中で岩に座って、撮影場所を探しながらその時を待った。一眼の操作もいつもよりレベルアップしたくて、色々操作してみていた。
一眼を触りながら、首の無い裸婦像の横で夕陽を待つ。彼女は首が無かったけれど、怖くなかったし、むしろちょっとお茶らけてる気がした。素っ裸で座って夕陽の正面にわざわざ向かい合って照らされるのは、一体どんな趣味だろう。あなたもなかなか変わっているね。でも、嫌いじゃないよ。

撮影を終え、今回の旅はほぼおしまいだとおもって帰り道を歩いていると、細い路地に入った時に突然野良猫軍団が現れた。旅の締めくくりに、思いがけないサプライズ。野良猫は珍しい存在ではないし、どこにでもいるけれど、旅先で遭遇できるとなぜだか嬉しい。近づくとほとんど逃げてしまったが、一匹だけガンつけて見つめてきた強い猫がいた。アイコンタクトをとり、触らせてはくれなかったので、会えたことに嬉しさを覚えて帰路に着いた。


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