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ぬいぐるみ物語②

―朝。その声は、とあるマンションのとある部屋のベランダから響いていました。
「とうっ!!やぁっ!!」
昇ってきた太陽が、街を明るく照らします。
「たぁっ!!てやぁっ!!」
大きな掛け声の主とはとても思えない小さな影がカーテンの向こうで動きます。キリっと口元を引き結び、まなじりをつり上げて剣を振っているのは、埴輪のぬいぐるみの玉人(ぎょくと)くんでした。
まるで剣を持って踊っているかのようなしなやかな動きと、鋭い剣の突き。朝の光が刃に宿ったかのように、すがすがしい空気を切り裂きます。
「―はぁぁぁぁっ!!!」
―気合、一閃。
「ギャン!!」と高く叫んで、来た道を飛ぶように一目散に走っていったのは、このあたりに住みかをかまえている野良猫でした。マンションの屋根からベランダに降りていつも通りの道をのんびり散歩していたところで、玉人くんの体から発する闘気といきなり目の前を横切った剣の鋭い動きにあい、びっくりして逃げて行ったのです。
「・・・ふう・・・。」
剣を下ろして汗をふく玉人くんに、うすぼんやりした女性の声がかかりました。
「ぎょく・・・と・・・くん・・・おあよー(おはよー)。今日も気合入ってるねぇ・・・」
「弥生殿!やっと起きたな、この、ねぼすけ!!」
「玉人くんこそ、早すぎるよ・・・今、何時だと思ってんの」
「聞きたいのはこちらの方だ。今、何時だと思っておる!!我(われ)の声が聞こえなければ昼まで寝ておるだろう!!ええい、しっかりせんか!目を覚ませ、バカ者!!」
「うあ~~~・・・まぶしい・・・玉人くん、痛ーい!頭、叩かないでよ!」
カーテンを開けてまぶしそうに目を細め、弥生さんは剣のさやで頭を叩いてくる玉人くんをテーブルの上に置き、寝グセで爆発したようになっている頭をかきました。
「何でアンタそんなに元気なのよ~・・・朝っぱらから大声出して。・・・あれ?いつもここらにいる猫がいない・・・今日はお休みなのかな?猫はいつも同じところをパトロールするっていうけど」
「そういえば・・・さっき、何者かの気配を感じたのでとっさにそちらの方向に剣を向けたら、獣の鳴き声のようなものが聞こえて気配が消えうせた・・・」
「それだ。きっとその気配って、いつも来る猫だよ。あーあ。きっとあの子、もうここには来ないねぇ」
「そうか・・・それは、猫には悪いことをしたな。ところで弥生殿、このあたりにどこか、清らかな水が流れている川はないか?」
「ないことはないけど・・・どうすんの、そんなところに行って」
「滝に打たれて、心身を鍛えるのだ」
「玉人くん、お願い。それはやめようよ。あまりに過激だよ!」
弥生さんは歯ブラシを持つ手を止めて、叫びました。そりゃ、そうでしょうね。ぬいぐるみに水がかかると、それこそ命に関わりますから。
「それだけ素振りやってれば、もう充分鍛えられてるって。あんまり熱入れすぎると、ケガするよ」
玉人くんは口元をきりりと引き結ぶと、言いました。
「何を言うか。武人の道に終わりなどない!鍛錬を怠れば、あとは落ちてゆくだけ。刀とて、手入れをしなければサビてゆく。武人は常に、自らを高め・・・」
「わかったわかった!!さー、テレビ見ようか」
弥生さんは玉人くんの言葉をさえぎるように言うと、リモコンのスイッチを入れました。画面に野球選手の姿が映り、玉人くんは身を乗り出して画面を見つめました。
『サムライジャパン、連戦連勝!!このままの勢いを保ち続けてほしいですね!!』
ピッチングやバッティングの練習をしている日本の代表選手の姿に、アナウンサーの声がかぶりました。選手たちは笑いながら楽しそうに練習しています。白い歯が光ります。玉人くんはテレビににじり寄っていくと、つぶやきました。
「おお・・・!我が同志よ・・・!!そなたたちはあの朝の光よりもまぶしく見えるぞ!」
『サムライ』というところに通じるものがあるのか、玉人くんはWBCに出ている日本選手が大のお気に入りで、栗山監督をはじめ選手たちが画面に映ると、パチパチ手を叩いて喜ぶのでした。
「『やきゅう』の鍛錬とは、このようにするのか?皆、楽しそうだな。我には鍛錬というとつらく厳しいものだという思いがあるが・・・こういう鍛錬も、よさそうだな!」
玉人くんは大きくうなずきながら、興奮して言いました。
「ずいぶん気にいったんだね、サムライジャパン」
「うむ!!自己を磨き上げ、鍛え上げて常に高め、勝利を得る。武人の生き方に通ずるものを感じる。次の試合はいつだ、弥生殿?ぜひ、見なければな!」
そう言っていた玉人くんの嬉しそうな表情が、やがて複雑なものになり・・・次第に曇っていきました。眉間に深いしわが刻まれていきます。
「ううむ・・・これは・・・」
「なに、どしたの、玉人くん」
朝食と昼食の間ですから、モーニング・・・ではなくブランチというのでしょうか、豆乳入りココアとパンを運んできた弥生さんが、玉人くんの眉間のしわを見て聞きました。
「あの・・・皆が身に着けておる、『ゆにふぉーむ』という防具・・・我のつけているこの鎧よりずいぶん軽そうだが・・・強度の方はどうなのだろう?確かに、軽ければ素早く動けるから、敵の攻撃をかわせることは多いかもしれないが・・・ううむ・・・」
そこまで言うと、玉人くんはパンを手に口をあーんぐりと開けている弥生さんの前に正座して、言いました。
「―弥生殿。頼みがある。聞いてくれぬか」
「なに?」
「あの『ゆにふぉーむ』という防具を、我にも一揃い、買ってはくれぬか」「えっ!!ダメダメ、高いんだよアレ。それに・・・」
「それに・・・何だ?あれほどの強度と素早い動きが可能になる鎧だ。それなりに金はかかるものなのだろうが、そなたがいつも食べている菓子を少し我慢してくれれば、買えないものではあるまい!見ろ。選手ではない者たちまでこぞって買い求めておる!よほど性能が高い防具なのだろう」
そこまで言うと、玉人くんは顔を赤らめ、目の前で両手を振りながら言いました。
「ごっ・・・誤解するでないぞ!!必要なものだからだ!我には守らねばならぬものがある。この家にいるぬいぐるみたちだ。彼らを守るため、少しでも性能の高い防具を身に着けたいと願うのは、武人の・・・その・・・なんだ・・・け・・・決して、着て応援したいわけでは―」
「着て、応援したいんでしょ」
ハモッたことに玉人くんはうっ!!と詰まり、弥生さんはニヒヒと笑いました。
「やっぱり~~~。あははっ!見透かしてるね。気持ちはわかるよ。私だって好きな野球チームが優勝したときは・・・」
「『ゆにふぉーむ』をつけたのか?」
がばっ。身を乗り出して聞いてくる玉人くんに、弥生さんは肩をすくめて笑いました。
「ううん。メガホン叩いて応援するのが精いっぱい。ユニフォームを着て応援してる人もいっぱいいたし、私も欲しかったんだけど、あきらめたわ。だからあなたの気持ちはわかるし、買ってあげたいんだけど、あなたの体にフイットするものがないのよ。ジュニア用でも大きいでしょ。それに、現地で行列に並んでも買えなかった人いっぱいいるし、通販も完売状態だもんね。ユニフォーム着なくても、十分楽しめるよ!」
弥生さんがそう言っている間も、玉人くんは画面をじっと見つめています。WBCにすっかり入れ込んでいるのでした。
チェコ戦が終わった後、日本の投手がデッドボールを当てたチェコの選手のもとにお菓子を持ってお見舞いに行き、ガッチリと握手をしているスポーツニュースの映像を見てはらはらと涙を流し、感動に打ち震えながら、
「おお・・・なんと・・・なんという美しい絆だ!日本も『サムライ』だが、ちぇこの選手も立派な『サムライ』だ!やはり、武人はこうでなくてはな!両者、あっぱれじゃ!!」
パチパチ拍手をしつつ、大きくうなずいていました。
さて、今日はいよいよ準決勝。「我も『まいあみ』へ参る!!」と言って聞かない玉人くんを「パスポートを持っていないし、取れるころにはきっと決勝戦も終わってるから」となだめすかし、やっとのことであきらめさせた弥生さんは、玉人くんと一緒にテレビの前に座りました。
「皆の者、出陣じゃ!!正々堂々と戦い、勝ち進もうぞ!!」
玉人くんの顔が、いつにもまして引き締まって見えました。
                            ―おしまい―

                                                                                                     

                                                                                                                           

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